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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
1章 冒険者の終わり
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4

アシムのほか酒場に残っている客は、主に若い男たちだった。彼らはアシムの雰囲気を恐れず、むしろちらちらと、伺うようにしてかれを見ている。

よそ者に対する、威嚇なのだろう。その目線もずいぶんとアシムをいらだたせた。


そんな中、ある男が、酒場に入ってきた。


すると酒場に残っていた若い男たちが、みな一様に、げっ、という表情をした。そしてこそこそと逃げるように、隠れるようにして店を出ていく。


そのあとには酒場にはアシムとその男のほかに客は残っておらず、今日はもうカンバンだな、と、宿屋の主人は半ばあきらめの境地で考えていた。


酒場に入ってきた男の髪はすべて白髪、いかついからだに、つぶれた左目。見るからに歴戦の戦士である彼の名前は、エンサ。ショウの街で彼は「先生」と呼ばれていた。


そう呼ばれているのは、彼がこの街の剣術道場で、一時期師範をつとめていたためだ。

いまはもう引退したが、その苛烈な指導は有名で、街の住民、特に子供のころ、かれに指導を受けた若い男たちは、その姿を見ると、くもの子を散らすように逃げていく。


そんなかれは、酒場に入って来るや否や、大股で、一直線にアシムのもとへと向かった。そして、その目の前にどかりと座る。見知らぬ化け物に、見知った怪物が近づいていくのを見て、宿屋の主人は肝を冷やした。


エンサに気が付いたアシムは、特に何も言わず、イチジク酒を飲み続ける。

酔った頭であいさつの言葉も考えつかなかったし、がらがらの酒場で断りも入れずに相席してくる相手に、こちらから挨拶が必要だとも思わなかった。


エンサはエンサで、イヌムが注文を取りに来るのも構わずに「ホットミルク!」と叫ぶと、腕を組み、じろじろとアシムのことを観察した。


やがてぬるいにおいとともに暖められたミルクが運ばれてきて、エンサはそれをあち、あちと言いながら一口飲むと、言った。


「オジンの手下を叩きのめしたんだってな。」


アシムが黙っていると、エンサは野太い声で続けた。


「赤髪の、名前の通りむさくるしいやつだよ。一人で五人をぶちのめしたって聞いたぜ。」


アシムは赤髪でようやく思い当たった。あの貨物車の話だ。


「運が良かっただけだよ。」

「礼を言う。」


そう言って急にエンサは頭を下げた。酔った頭で、ついていけないと思うと同時に、悪い男ではなさそうだな、とアシムは思った。


「何の礼だ。」

「貨物車を守っていたのは、おれの友達だ。簡単な仕事だと思ってセイケに紹介したのだが、間違いだった。まさかセイケがあれほどずさんなやり方をするとは……」


話を聞くと、セイケの馬車を守っていた老兵の二人は、普段農業の仕事をしているエンサの友人だという。

農の仕事がひまな時期なので、二人は小遣い稼ぎの仕事はないかとエンサに聞き、エンサは以前、人手不足だと話していたセイケ商会の番頭を思い出した。


それが、あの貨物車に乗っていた男、ウタだという。


エンサはウタに、二人の話をした。するとウタは喜んで、これから隣町に貨物が出るから、それについていってほしいと頼んだ。

二人の友人が、剣も握ったことがないことはウタには話していたから、エンサはてっきり、荷物運びの仕事なのだと思い、二人を送り出した。


「それが、向こうについた途端、君たちは護衛兵だ、と言われたんだと。話が違うと言うと、もう荷物が出るからとか何とか言って、強引に押し切られたらしい。あの二人は人がいいから、そういわれると断ることができないんだ。」


素人の老兵二人が、荷物満載の馬車を運ぶ。隣町までは短い距離だが、街々の衛兵がそのすべてを見通しているわけではない。


当然のように、山賊に襲われた。赤髪のオジンは、周辺では目端の利く山賊として有名だった。オジンにとって貧相な護衛の貨物車を奪うことくらい、赤子の手をひねるにひとしかったろう。下手をすれば、二人は殺されていたかもしれない。


「それを救ったのが、あんただ。いま、二人はいまは肝をつぶして寝込んでしまっているから会いに来られないが、代わって礼を言う。ありがとう。」


エンサは頭を下げ、すぐに上げた。その顔には怒りがこもっていた。


「セイケもおちたもんだ。おそらく兵士を雇う金が惜しかったんだろうが、それにしてもやり方がずさんすぎる。聞けばあの番頭も同じ馬車に乗っていたというのに、何を考えているんだか。ケチも過ぎると、目が曇る。」


エンサはそうやって憤りを吐き出す。たしかに彼の言うとり、セイケはうかつだった。セイケほどの豪商であることを考えると、不自然なほどに、うかつだ。

ただ、いま、アシムが酔った頭で考えているのは、そのことではなかった。


「仕事を紹介した、と言ったな。」


エンサが一通り言葉を吐き出すと、アシムはそう聞いた。ちょっとした期待が、その言葉には乗っていた。


「そういうことはよくやるのか?」

「ああ?まぁ、そうだな。見ての通り、齢を取っていて、それでこの街も古いから、そりゃあ多少は、顔が利く方さ。」


アシムは唇を舌で舐める。


「それなら、おれに仕事を紹介してくれないか?明日にでもこの宿を追い出されそうなんでね。できれば住む場所のある仕事がいい。」

「追い出される?ははぁ……」


そう言いながら、エンサは自分とアシム以外の客がいなくなった酒場で、ピカピカのテーブルを熱心に拭く主人を見ながら言った。


「あんた、風来人か。」


エンサはちょっと、珍しいものを見るような顔をした。


「そうだ。だから、仕事がなけりゃ、野宿するしかないもので、必死なんだ。あんたの友達の恩人だろ?何とかしてくれよ。」

「ただなぁ、このショウの街は、なんだかんだと歴史が古い。おかげで住民も頭が固くてなぁ。よそ者を住み込みで雇うような仕事は、難しい。」


エンサはしばらくうーんと腕を組んで考えていた。アシムはその様子をじっと見つめる。かれにとって、一つの勝負所だった。


しばらくして、ふと思いついたように、エンサは顔を上げた。それからこうアシムに聞いた。


「あんた、流浪の旅が好きなのか。」


アシムが首をかしげると、エンサは重ねて言った。


「いまの生活は、好きでやっているのか、と聞いているんだ。自分の気質に合うから、各地を旅しているのか?」

「いいや。こんな身じゃ、どこも長くは居つかせてもらえないから、仕方なくやっている。ずっと落ち着き先を探しているが、見つからない。」


アシムがそう正直に言うと、エンサは手を打って、大笑した。


「はっはっはっは、そうか! それなら、うってつけの話がある。」


そう言って、エンサが話し始めたのは、この街で明日行われる、近衛試験の話だった。

アシムは興味深く、その話を聞いていた。


そして、その夜が、アシムにとって流浪の民、『冒険者』として過ごす、最後の夜となった。


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