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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
1章 冒険者の終わり
3/48

3

アシムは酔ってきている。

久しぶりに上質な酒を飲み、うつうつとした旅の思い出に浸り、また宿屋の主人のうたがいぶかい視線にさらされて、ほのくらい自分の心の闇に相対しながら陶酔するような心地で酔っていた。


宿屋の主人は紹介状をうたがっているのだろう。アシムもできるならばあんな書状は使いたくなかったが、ほかにこうやって宿を得る方法がなかった。


この街に来る際にアシムは山賊の集団に襲われている貨物車を見つけ、救った。紹介状はそのときに手に入れたものだ。


はじめにみたとき貨物車に襲い掛かる山賊は八人。対して守りは、二人の老兵。


アシムはその光景を一目見て、これは貨物車を手配した男のミスだと思った。

二匹の馬に大きな貨物を運ばせているのに付き従っている兵士の数は少なく質も低い。これでは襲ってくれと言っているようなものだった。


ただアシムにとって幸運だったのは、盗賊たちもアシムと同じように貨物車側の弱点を見抜き、見抜いているがゆえに慢心していることだった。八人はそれぞれが互いの手柄を競うようにして貨物車に向かって殺到していた。周囲にはまったく目を配っておらず、アシムの存在にはまったく気が付いていない。


これならば勝てる――そう判断してから、アシムはかがみこんで足元の意思を拾うと、二つを吊族に向かって投げた。


ふたりの賊が後頭部に石を受けて昏倒した。三人目がこちらを向いたとき、その目の前にはアシムのこぶしが迫っていた。


三人目が殴り倒されて地面に倒れると、両脇から二人の男がとびかかってきた。


アシムはふっ、と息を抜き、背後に重心を寄せた。すると勢いあまった男たちはかれの目の前で激突し、その頭をアシムはつかむと、鐘を打ち鳴らすようにして二つの額をぶつけた。


がん、と鈍い音が鳴り、足元に二人が昏倒したところでアシムは腰を落として刀のつかに手をかける。


残りの三人の山賊はさすがに距離をとり、かれを囲んだ。守りの兵士は二人いたから人数では互角。


そう思ったが、ちらと味方の兵士を見ると、彼らの目は泳ぎ、脚は浮足だっている。戦いの喚声が上がるとともに逃げ出しそうな彼らを差し引くと、三対一。


敵の技量が足元に転がっている五人と同程度ならばやれないことはない。しかし残った三人盗賊のうち、燃えるような赤毛の男が発している気配は手ごわく、苦戦を予想させた。


その男の目が、動いた。来るか、と思ったが、男の目はアシムではなくその背後、貨物車に注がれているようだった。


何に気を取られているのだろう。アシムが不審に思っていると、その男は小さくうなずき、剣をおさめて言った。


「強いな、風来人。」


そう言った男は襲撃した賊たちの頭目のようだ。彼が剣をしまうと、残った二人もそれぞれ武器をしまい、臨戦態勢を解いた。


「あんたは不意をついて、おれの半分の手下を倒したわけだ。これはおれの予定にないことでな。正直腹立たしいが、同時に尊敬もするよ。腕のいい戦士は好きだからな。」

「それは、どうも。」


アシムはいまだ腰を落とし刀のつかをはなしていない。その様子を見て、赤髪の男は両手を上げて、おどけたようにして言った。


「おいおい、おれたちはもうあんたと戦おうなんて思っていないさ。今日は偶然、あの――」


そう言って男は貨物車と老兵たちを指さす。


「――貨物を見つけてな、楽な仕事ができると思ったんだ。だがまあ、幸運なんてそう簡単に転がっているもんじゃないということが分かった。」


男はアシムの足元でうめく手下たちを指さした。


「そいつらを拾って、おれたちは逃げるよ。それでいいだろ?別にあんた、真正面から三人と斬りあってまで、おれたちをぶちのめしたいって口じゃねえだろ?」


それは、そのとおりだった。アシムと貨物車は後ろに下がり距離をおくと、盗賊たちは怪我をした仲間を引きずっていきながら、逃げていった。


賊が去ってから、アシムはふうとため息をつく。するとさきほどまで怯えていた二人の老兵が、ありがとうございましたありがとうございましたとわぁわぁと騒ぎはじめた。

アシムが少し面はゆい気持ちで二人の感謝の言葉を聞いていると、貨物車から一人男が出てきた。


その姿を見た瞬間、アシムは嫌な奴だなとおもった。整った顔つきだが、青白く、どこか酷薄そうな雰囲気がある。男はウタと名乗り、甲高い声で言った。


「何が欲しいんだ?」


アシムがぽかんとしていると、重ねて男は言った。


「何が欲しいんだ、と聞いている。見たところ、浮浪の、流れ者だろう。聖人ぶらずとも、貴様の性根は見えている。何が欲しいんだ?」


アシムもけして気が短い方ではないし、流れ者として賊扱いされるのにも慣れているが、この言い草にはカチンときた。


「そういう言いかたをされるとな。それじゃ、貨物車ごともらおうか。」


アシムがそう言って刀に手をかけるふりをすると、老兵たちは小さく悲鳴を上げて一斉に身を引いた。ウタだけが侮蔑の目でかれのことを見ている。


「ふん、やはりそういうたぐいのものか。貴様も、あの盗賊どもと変わらん。しかし、後悔するぞ。この荷はセイケ商会のものだ。それを奪ったとなれば――」

「冗談だよ。」


アシムは鼻白んでそう言った。助けなければよかったと後悔しながら、しかし耳ではウタがセイケ商会と言ったことを聞き逃していなかった。


セイケと言えばサルマ国きっての豪商だ。下手をしたらそこらの中小国家よりも力を持っているかもしれず、ウタが高飛車に出るのも分かった。


「つまらん冗談だ。さあ、何が欲しい。私も忙しい身で、時間が惜しいのだ。」


アシムは少し考えてからこういった。


「それじゃ、紹介状を書いてもらえないか?」


そうやって手に入れたのがあの紹介状だった。

一応の効力はあった。不審の目を向けられながらではあるが、よそ者の身でこうして宿屋に泊まれるだけでも山賊たちをぶちのめしたかいはあったというものだ。


とはいえいつまであの書状に効力があるかと言えば、たぶんそう長くはない。あの手助けはいわばセイケの手落ちの証明だ。

自分たちの護衛が役に立たず、風来の者に助けられるなど、セイケからしてみれば決して名誉なことではない。書状の内容を保証してくれるのはせいぜい今日までだろう。


だとするとまた明日から仕事、それに宿探しか――酔った頭で同じことをぐるぐると考えるアシムの前に、一人の大柄な男が座った

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