同級生です。
短めです。
「じゃあ、今日はAコースね」
山田がコースの指示を出す。
路上の授業は、AからCまで三コースを中心に行われる。その三コースのうちの一つが、卒業試験のコースになるらしい。どのコースになるかは、試験の日まで秘密だ。
「今は夜だから大丈夫だけど、試験の時は、この場所、歩行者が強引に横断したり、路駐があるから注意ね」
山田がスーパーマーケットを指さす。今は、日が落ちたこともあって、歩行者の姿はない。
「そこの角を曲がったら、学校に戻るよ」
私はウインカーを出してゆっくりと曲がる。
学校の門が見えてきて、私はようやくホッとした。
「栗田さん、リラックス。緊張しすぎ」
山田が笑いかけた。
サイドブレーキを引いて、ライトを消す。
緊張の路上運転が終わり、私はホッと息をついた。
「ねえ、栗田さん、ひょっとして、山口の同級生なの?」
「え? あ、そうですが」
突然の質問に面食らったものの、否定するのもおかしい。
「なるほどね」
山田がニヤニヤと笑った。
「住所が近いから、もしかしてって思ったけど、やっぱりだ」
私はエンジンキーを抜いて、山田に渡す。
「ひょっとして、元カノ?」
「え? ち、違いますよ。とんでもないです」
私は苦笑しながら、即、否定した。
「山口……先生は、昔からすごく目立つ人でしたけど、私は地味人間ですから」
「栗田さんは、派手じゃないけど……地味でもないと思うよ」
山田は言いながら書類に印を押す。
「じゃ、また次の授業で。今日はご苦労様」
私は、山田から書類を受け取って、車の外に出た。山田は先に教室の方へ歩いていく。
大きく深呼吸をして周りを見ると、山口の姿が見えた。
つい見つけてしまう自分にため息が出る。
昨日。
山口は内藤と付き合ってはいないと言ってはいたが、定食屋の様子や佐藤の話を聞いた感じでは、内藤というあの美女は、山口が好きなのであろう。あんなに綺麗な女性に言い寄られたら、悪い気はしないと思う。それに、この前のバスで猛アタックをしていた女の子もいる。とにかく、彼の周りには、積極的な美人がいっぱいいるのだ。私の入り込む余地はない。
そんなの、最初から分かっていた。山口の優しさは、学校にいる間の一時の夢。
夢はいつか覚めるものなのだ。
ひんやりとした夜の空気。いい加減に、目を覚まさないとな、と呟く。
バスの乗り場へと歩いていた私は、携帯の着信音に気がついた。
『絶対送るから、勝手に帰るなよ!』
私の行動を見透かしたような山口からの文字。
今だけしか見られない夢を、もう少しだけ見ていてもいいってことなのかな。
「私ってバカだな」
小さく呟く。
二回目の失恋が確定しているのに、懲りない自分に呆れる。
私はそっと首をすくめ、いつものコンビニの方へと足を向けた。
「お前、山田に同級生だって、話した?」
車に乗るなり、私は山口にそう言われた。
「うん……ごめん。聞かれたから」
なんか、言ってはいけないことだったらしい。山口は「あーあ」と息を吐いた。
「ま、同級生ってだけで、どうってことは言われないだろうけど……一応、俺は予約するなよ」
「え?」
私と同級生って、そんなにいけないことなのだろうか。
「バカ。評価が甘いとか言われたら、栗田も嫌だろうが」
「ああ、そういうことね」
私は苦笑した。
「自動車学校の先生も、たいへんね」
「一応、生徒とのなれ合いは禁止事項だから。客商売でもあるから、人当たりはよくないといけないけど、必要以上に親しいのは望ましくない」
なるほど、と思う。特に実技の方面は、指導者側の『判断』で合否が決まる以上、視点の客観性は保つために、必要な決まりなのだろう。
こうして車で送ってもらっているというのは、親しい間柄に入るだろう。男女間の下心があるなしは、問題ではない。
「じゃあ、気になる生徒の卒業が待ち遠しいとかあったりするの?」
グオン、と山口が珍しくアクセルを乱暴に踏む。エンジンが大きく吼えた。
ちょっと、びっくりした。
「……栗田、それ、意識して言っている?」
「え?」
「あー、そうだ。そうだろうな」
山口はなぜだかふてくされたような顔で前を見た。何か気に障ることを言ったようだ。
「ごめん。そうよね、山口は昔からモテたから、そんなふうにガッつかなくても平気よね」
私は慌ててフォローにもならないフォローをする。
「……今の話の文脈で、どうして、そうなるわけ?」
山口は大きくため息をついた。心底ガッカリという感じだ。
「え? ガッつきたいの?」
「ガッつくって、露骨だろーが」
山口は視線を私に一瞬向けて、暗闇でもそうとわかるほど顔を朱に染めた。
「え、あの、そう言う意味では」
言われて、私も恥ずかしくなった。確かに下品だ。
「変なこと言ってごめん」
私は自分の膝に置いた手に視線を落とし、ゆっくりと今の会話をかみしめた。
そうか。山口の『恋人にしたい』子というのは、内藤じゃなく、生徒なのかもしれない。
あれだけ、若くてかわいい女の子に囲まれ続けているのだ。好みの女の子だっていてもおかしくはない。
私は車窓に目を向ける。だからあんなに必死に内藤との仲を否定したのだろう。
こほん、と、山口は咳払いをした。
「あのさ……一応、密室だから。発言には気をつけるようにしろ。派手なネオンの建物に連れ込まれても、しらないぞ」
「え?」
言われた意味が理解できず、思わず山口の顔を見る。
赤信号で止まった山口は私を興味深そうに眺めていた――からかわれているらしい。
「ばーか。規則違反だからしない。安心しろ」
山口は大人っぽく笑った。
「最初からそんな気はない癖に」
私は山口に聞こえないくらいの声で、小さく呟く。
大人のジョークに色っぽく返せるような女だったら良かったのに。
私は車窓に目を向けた。
街の明かりがゆっくりと流れていく。
いっそ。本当に、ひと夜の想い出を与えてもらったら、この気持ちを昇華させることができるのだろうか。
目に映る私の薬指に、赤い糸はやっぱり見えなかった。