こんにゃく先生からの手紙
星屑による星屑のような童話。お読みいただけると、うれしいです。ひだまり童話館企画「にょきにょきな話」参加作品です。
今年の春は、暖かい。
今日の新入生の入学式だって、もうだいぶ桜が散りかけていたくらいだもの。
ぼく「南 新一」は、最上級生の六年に進級した。
また、学級委員長になった、ぼく。となりの席の副委員長「美千代」ちゃんとともに、この六年一組を学年で一番のクラスにしていくつもりさ。
そして、六年生ってことは、中学受験の受験生になったってことでもある。
(さあ、今年はついに中学受験。がんばるぞ!)
なんて思っていると、一通の緑色の封筒を持った担任の赤城先生がやって来て、教壇の前に立った。
「さあ、帰りの会を始めよう! 委員長、かけ声を頼む」
いつも元気ハツラツな、若い男性。
そんな感じの赤城先生が、気合を入れるためなのか、ジャージの胸のチャックを、勢いよく上にあげた。
起立、礼――着席。
ぼくの声にそろえ、クラスのみんなが同時に動く。
全員の眼が自分に集まっているのを確認した先生は、満開の桜のような笑顔で、小さな封筒を頭の上にかかげた。
「うれしいお知らせだ! なんと、去年みんながお世話になった、あの、こんにゃく先生からお便りが来たんだ!」
ええ?
ざわつく、クラス。
そりゃあ、そうだろう。
だって、去年たった数日間だけどやりたい放題の授業――こんにゃくのいいところの紹介ばかりの授業――をして、あっという間に実家に戻ってしまった、先生だもの。
――黒いツブツブの混ざった、灰色のぬりかべのような体。そして、そこからほんの少しだけ飛び出た細く白い四本の手足。
ぼくの頭の中に、あのいまわしい、先生の姿がよみがえった。
となりの美千代ちゃんは、去年の悲しい記憶を想い出したのか顔を真っ青にしながら、おびえた目付きでふるえている。
そんなことも気づかない先生が、封筒から数枚の便箋を取り出し、楽しそうな声で、読み出した。
『やあ! みんな、久しぶりだね。こんにゃく先生です。
今、私は、ぷりっぷりのこんにゃく芋からぷにぷにの板こんにゃくを作り、それをぷるんとやさしい笑顔で売る――そんな、ぷにゅっとやわらかい生活を送っています。
まあ、そんなごくごく普通で当たり前の日々ですが、楽しくやってますよ』
(そんなぷるぷる生活の、どこが当たり前なんだ……かなり、特別だよ)
ぼくが、心の中で抗議する。
となりでは、短い手足と板の体でぷにゅぷにゅ生活を送る先生を想像している美千代ちゃんの瞳が、ぐるぐると回っていた。
『かわいらしい「こんにゃくの種」が取れたので、少しですが、送ります。花壇の片すみにでも埋めて、水をやってください。きっと、かわいく育ちますから。
それではみなさん、お元気で。再び教壇に立つことを夢見て――
こんにゃく先生』
(いや、もう立たなくていいから)
すかさず、ぼくが心の中でつっこむ。
手紙を読み終えた赤城先生が封筒をひっくり返すと、そこから、いくつかの小さな粒が、皿のようにかまえた先生のてのひらの上に、ぽろぽろとこぼれ落ちていった。
「この『種』は、学級委員長に預けておく。育ててみてくれッ!」
「はい……」
先生から手渡された、灰色の地に黒いつぶの斑点模様が入った数粒の種。手で触ってみると、ぷにゅると妙な感触がした。
(先生に丸投げされた気がする……)
仕方がないので、放課後、副委員長の美千代ちゃんとともに校庭に行き、誰も使ってなさそうな花壇を探した。
そうして見つけたのは、校庭のすみっこの猫の額ほどの花壇だった。
スコップでぼくが掘った土のくぼみに、美千代ちゃんが種を埋めていく。
土をかぶせ、じょうろで水をあげるぼくのその横で、美千代ちゃんがどこからか拾って来たアイスの棒に『こんにゃく』と黒マジックで書いて、種を埋めたすぐ横の土に、それを刺した。
(これでは、こんにゃくのお墓だよ)
ニヤニヤとゆるみそうになる口をなんとか真っ直ぐにしていると、「塾に行かなきゃ」と言い出した美千代ちゃんが、急いで帰って行った。薄暗くなった校庭に一人、ぼくは取り残されてしまった。
と、誰かに見られているかのような、そんな不思議な感覚。
ぞくり、寒気の走った背中をさすりながら、とぼとぼと家路についた。
☆★☆
それから、三日後の朝。
「大変! こんにゃくの芽が、にょきにょき生えてる!」
そう言って、目をむき出しにした美千代ちゃんが、教室に飛び込んで来た。今まで、見たこともない、せっぱつまった表情だ。
「どうしたの?」
「だから、こんにゃくの芽が出てるのよ」
「そりゃあ、種を埋めれば芽も出るさ」
「でも……なんというか、変なの。とにかく来て!」
もうすぐ授業も始まるというのに、ぼくは美千代ちゃんに引きずられるようにして、校庭に出た。
「ほら、これ!」
ぼくの背中に隠れるようにしてふるえながら、美千代ちゃんはそう言った。
「こ、これって……」
たった三日。
それも、最初の日にちょっと水をあげただけなのに、茶色い地面からにょきにょきと灰色の棒のようなものが、何本も生えていた。
大きさは、ちょうどぼくの中指くらい。さすが、こんにゃく先生からの贈り物だけあって、生命力がハンパじゃない感じがする。
とそのとき、ぼくの声に応えるかのように、その中でひときわ大きな一本のこんにゃくの芽が、ぷるぷるとその体をゆらしながら、むくむく、形を変えていった。
「きゃあぁぁ」
おどろき過ぎて体が動かなくなったぼくを残し、美千代ちゃんがいなくなる。
がくがくとふるえる足で何とか踏んばっているぼくの目の前で、その奇妙な芽がぐんぐん、成長していく。
やがてぼくの背丈を越えたそれは、今度は横に広がって、灰色の大きな板になった。そして、体の大きさに比べるとかなり細くて小さい、手足みたいなものまでが、にょきにょきと生えだしたのだ。
(この姿、前に見たことある……)
そう思った矢先、それは両足を土から切り離し、糸のように見えた二つの瞳を、かっと見開いた。そして、懐かしい景色を見るかのような表情で、ぼくを見下ろした。
「久しぶ――あ、ちがった、初めまして。私、こんにゃく先――じゃなくて、こんにゃくの『コン』でーす」
「どう見ても、こんにゃく先生だけど……」
「ち、違いますよ。私は、先ほど生まれたばかりの、こんにゃくの『コン』です」
「ふうん……でも、こんにゃくって地面からにょきっと生えるものだったんだね」
「まあ、私は特別でしてね――」
らちが明かないので、教室に戻る。
思った通り、コンと名乗るそのこんにゃくは、ぼくの後をつけるようにして、教室までやって来た。
ざわつく、教室。
それは、そうだろう。
だって、去年は担任だったあの先生によく似たヤツが、目の前に現れたのだから!
「あれれ、でっかい板こんにゃくが、こんなところに……。あ、もしかして、こんにゃく先生ですか? 突然、どうされました?」
すでに教室にいた赤城先生が、「コン」を見て、目を丸くする。
「いやいや、私はこんにゃく先生ではありません。コン、と申しまして、まあ……南新一クンの保護者みたいなものです。今日は、授業を見させていただきたいな、と思いまして――」
「ああ、そうですか。急なことでびっくりですが、いいですよ。でも、授業の邪魔にならないようにしてくださいね」
(いつからぼくの保護者に?)
そんなぼくの気持ちを伝えることもできないまま、赤城先生が、授業を開始する。
一時間目は、国語の授業。
しかしその後は、ぼくの予想どおりだった。「その教材にはこんにゃくが出てこない」だの、「先生の黒板に書き込む文字には、こんにゃくのようなやわらかさが足りない」だの、「その音読の仕方は、こんにゃくのようなしなやかさが足りない」だの、何かにつけて注文をつけだしたのだ。
結局、赤城先生につまみ出され、教室の外に出されてしまった、コン。
(ふうう……やっとどこかへ行ってくれた。このまま実家の群馬にでも戻ってくれればいいけれど)
背中なのか、お腹なのか……よく見分けのつかない部分をくにゅりと丸めながら、しょんぼり廊下に出て行くコンの姿を、ぼくは静かに見送った。
☆★☆
下校時間になる。
嫌な予感がしたぼくは、すぐに家に戻ることに決めた。もちろん、「コン」に見つからないようにするためだ。
忍者のように前後左右をうかがって、あちこちの電信柱に隠れ隠れ、道を進む。
何事もなく我が家にたどり着けたぼくは、一つ、大きなため息をついた。そして、ランドセルのポケットに入った鍵を取り出し、玄関のドアをがちゃりと開けた。
――そのときだった。
ぼくの肩に、ぷにゅんと冷たい、妙な感触のものが置かれたのだ。
ビキン、とぼくの背中に電気が走る。
「やあ、新一クン! 待ってたよ」
振り向くとそこには、コンビニ袋を細い腕で抱えながら、にっかり、温泉まんじゅうのような笑顔を浮かべる、コンがいた。
「うわっ! どうしてここに?」
「え? そりゃあ、新一クンの家ぐらい知ってますから。まあとにかく……おじゃましまーす!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
家の中に入るのを止めようとするぼくを振り切り、コンがぷにゅんと体を揺らしながら、家の中へとすべりこんで行く。
「さあ、食べて食べて! 近くのコンビニでどっさりと買って来たから」
白いコンビニ袋から中味を取り出し、コンは勝手にテーブルに広げ始める。
こんにゃくゼリーに、おでんのこんにゃく、こんにゃくの煮物――とにかく、こんにゃくずくしの食べ物ばかりが、台の上で所狭しと並んでいた。
「こんにゃくだらけ! こんにゃくは嫌いじゃないけど、そればっかりじゃあ……ね」
「おお? 気に入ってくれたようだね、うれしいよ!」
「……」
箸の進まないぼくを尻目に、コンが部屋の中で、はしゃぎ出した。
「さあ、お腹いっぱいになった? そしたら、こんにゃく体操をしようか。これ、最近思い付いた運動なんだけど――」
ついに、ぼくの堪忍袋の「お」が切れた。
「いい加減にしてよ! 突然押しかけてきて、こんにゃくばかり食べさせて、今度は体操だって?
それに――どう考えても、アナタはこんにゃく先生でしょ? 違うの?」
それを聞いたコンが、急にしゅんとなり、どこからどこまでがそれとはわからない首をがっくりと折って、うなだれた。
「そんなに、こんにゃくが嫌いか?」
「だから、違うって」
「頼む、新一クン! 一回でいい、こんにゃくが好きだと言ってくれ」
「だから、好きでも嫌いでもないんだって。本当にわからないヒト――いや、こんにゃくだな。もういいよ!」
ぼくは、テーブルの上の大勢のこんにゃくたちを置き去りにし、駆けだした。そして、玄関ドアを開け、道路へ飛び出した。
と、なぜかそのとき足元がよろけ、ばったりと前のめりに倒れてしまう。よりによってそんな時――ものすごいスピードを出してこちらに向かって来る、一台の赤いスポーツ自転車があった。
(うわ、ぶつかる!)
その瞬間。
コンが、体がすくんで動けなくなったぼくと自転車の間に割って入り、その灰色の四角い体を、ぼくの前に投げ出したのだ。
ぼわん
コンのぷにゅぷにゅした体に弾かれ、自転車とそれに乗った若い男が、数メートルも向こうに吹っ飛んだ。
「急にとび出したら、危ないだろッ!」
自分の「スピード出し過ぎ」は棚の上にあげたまま、自転車の男は、そう言葉を吐き捨てて、どこかへ自転車で走り去った。
「コン、大丈夫? しっかりして!」
「新一クン……」
体のやわらかいこんにゃくにとっても、かなりのダメージだったのだろう。コンは、ぐったりとなったまま、動かない。
血が、体に流れているのかどうかは、実はぼくにもわからない。が、元々灰色の顔が血の気が引いたように、どんどんと白くなっていく。
「新一クン……これで、こんにゃくのこと、好きになって、く、くれるかい?」
「ああ、もちろん好きになったよ、大好きだよ。だから、しっかりして!」
それを聞いたコンが、点と線でできた顔をうれしそうにほころばせる。
「うれしいな、そう言ってくれて……最後に頼みがある。私が死んだら、愛する学校の庭の隅にでも埋めて欲しい」
「そんなこと言わないで、コン――いや、こんにゃく先生!」
「なんだ。やっぱり分かってたんだ。
ありがとう……あの新一クンが、ついにこんにゃくを好きになってくれたんだもの。もう、思い残すことはないよ。
でも本当は……もう一度、教壇に立ちたかっ……た」
それが、最期の言葉だった。
もともと体温があったかどうかもわからないけれど、それっきり、先生の体は冷たくなった。よく冷えた保冷剤のようだった。
と突然、先生の体がばらばらとはじけ、灰色の粒の山に変わった。そう――封筒の中にあった、あの、こんにゃくの種みたいに。
ボクは、泣きながらそのたくさんの粒をかき集め、ビニール袋の中に収めた。そして、学校へと戻り、こんにゃくの芽がにょきにょきと生えてきたあの場所に、それらを埋めてあげたのだ。
「ありがとう、こんにゃく先生。これからは、こんにゃくをたくさん食べるからね。安らかにお眠りください」
ぼくは、その辺に落ちていた「こんにゃく」と書かれたあのアイスの棒を、もう一度そこに建てた。
今度こそそれは、本当にお墓になった。
☆★☆
それから数日たった、朝。
まぶしいほどの太陽の光を浴びながら、ぼくは、すがすがしい気分で校庭を通り過ぎようとしていた。
が。
ふと花壇を見下ろすと、こんにゃく先生が眠るあの場所に、いくつもの植物の芽らしきものが、にょきにょきと生えているのを発見したのだ。
(きっと、風で運ばれてきた植物の種が芽を出したんだろうね。こんにゃく先生も、賑やかになって喜んでくれてるに違いない)
ぷるんっ
見間違い?
ぼくは、目をこすった。
その芽が、やわらかいゼリーのように、動いたような気がしたからだ。
(気のせい……だな)
遅刻しそうな時間だったことを思いだしたぼくは、足早に教室へと向かった。
―おしまい―
今回は、ほっこり感があまり……。すみませんでした!