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Brave and Thief  作者: 枯木 落葉
運命の歯車編
1/3

人生の勝利者

 俺はこの人生で完全なる勝者だった。

 親父は大病院を経営しており、母親は演技派女優として活躍し、兄は医大で親父の跡取りとして勉学に励み、そして俺は生まれ持った最高級の幸運で6億円の宝くじを人生で2回当て、17歳にして老後の心配をせず遊び暮らせる人生に突入した。つまり人生フォーエバーフィーバーである。


「人生ちょろすぎ……。」


 自室のベッドで横たわり、女からのラブコールがやまないスマホを見ながらそうつぶやいた。俺はイギリス人ハーフの母親に似て美形なのだ。

 両親の職業、美形、将来有望な兄、美形、個人財産12億円、美形、そこそこ有名な高校に通う学もある美形。

 そりゃ女にモテるわ。


 おいおい、神様、人生イージーモード過ぎて張り合いがねぇよ。


「さて、今日は誰を抱くかな。」


 モデルの由香、ドイツ人ハーフのアリシア、現役アイドルの早苗、生徒会長の楓、女子大生の七美、幼馴染の里奈、双子の亜紀と真紀の3Pも悪くないな……。


 毎日違う女を抱くのが最近の趣味だ。

 だって仕方ないだろ? 抱かれたい女が世の中に多すぎるのが悪い。

 まったく、俺の周りだけ女の人口密度高すぎだろ……。


「やれやれだぜ。」


 これみよがしに肩を竦めた。

 さて、とりあえず着替えるか。

 そんで店の予約もしないと。

 あとコンビニのATMでお金おろすか。

 普段家にいない両親が雑費として毎月数十万振り込んでくれているので遊ぶ金には困らない。


 俺はちょっとした億万長者ではあるが、親の庇護下にある内は親の金で生きると決めていた。だってせっかく金持ちの両親がいるんだもの、利用しない手はない。

 親父もお袋も俺に超絶甘いからなぁ。末っ子だし、毎年母の日と父の日の贈り物と誕生日のプレゼントを欠かさず渡してるのが利いているな。

 兄貴は甘くはない。でも俺のやることに意見はしない。勉強を教えてもらうこともあり、仲が悪いということはないが、お互いほとんど無関心だ。

 そんな家庭事情もあり、俺は昔からやりたい放題できた。


 やはり、家、顔、金をもってる奴は最強だな。


「あ~くっそ人生楽しすぎだろ!」


 そう叫ばずにはいられなかった。

 

◇◇◇


 家から一番近いコンビニに来て、金をおろした。

 コンビニから出て周囲を見渡すと、日曜日ということもあり、お昼時の駅前は割と人が多い。


「あー! やっぱり幸時(ゆきと)じゃん!」

「ふん、やはりあのアホ面は君か。」


 背後から聞き覚えのある声で名前を呼ばれたので、振り向くと、見知った男と見知った女がいた。


「なんで後ろからアホ面だってわかんだよ! ていうかアホ面じゃねぇわ!」

「気付いてないのか……? ああ、アホだから気付くだけの脳みそもないのか。」

「あるわ! 立派な脳みそがふんだんに頭蓋骨の中に詰まってるわ!」

「君が頭蓋骨なんて難しい単語よく知ってたな……驚いた。」

「舐めくさりやがってこのくそ野郎!」


 失礼極まりない男は、『秋宮(あきみや) 京介(きょうすけ)

 黒髪のミディアムヘアーで緑縁眼鏡をしており、端正な顔立ちと鋭い目つきは冷淡な印象を受ける。日曜日だというのに学校指定の紺色のブレザーを身につけていた。


 高校で同じクラスになり、最初はなんか気に食わないとかで言い合いや、時に殴り合いの喧嘩をしつつ、いつの間にか一番よく話す相手として収まっていたというよくわからん関係だ。

 性格は人を小馬鹿にして見下すような態度で最悪だが、頭は良く、旅行へ行ったらきちんと俺の分のお土産を買ってきたりする律義さ、病気になるとノートを見せてくれたり、見舞いに来たりする優しさもあるツンデレを地で行く気持ち悪い奴だ。


「ねね、幸時って今日暇? 今から三人でカラオケいこーよ!」

「暇じゃねぇよ、これからデートだから。お前らなんかに構ってられないから。」

「ええ~いいじゃん、そんな好きでもない女の子とばっかり遊んでるよりウチらと遊んだほうが楽しいって!」

「夜にお前が相手してしてくれんなら行ってやるよ。」

「はぁ~? やるわけないでしょ、てかどんだけ盛ってんのよ万年発情期が。」


 身持ちの堅い女は、『春野(はるの) 晴香(はるか)

 黒髪のゆるふわショートボブで薄いメイク。陸上部だから健康的な褐色肌で、美人ではないがそこそこ可愛い顔をしており、たれ目で温和な雰囲気を漂わせている。こちらも学生服に身を包んでいる。


 中学の頃からの付き合いで、未だ俺に抱かれていないレアケースの女。最初はクラスで唯一抱いていなかった人気のある女子だからという理由で近づいたが、一向に落ちる気配がなく、むしろ話しているうちにこいつの明るい性格に毒気を抜かれて普通に仲良くなった。

 性格は見た目通り活発で明るくて清々しい。人懐っこく、クラスでも陸上部でも男女問わず人気が高い。男子から異常に嫌われる俺とは大違いだ。

 一度家に遊びに行った時にいけんじゃねぇかと思って押し倒したら普段強気な癖にマジ泣きしてしばらく口を利いてもらえなくなってからは強引に押すことは辞めた。根はどうやら乙女なようだ。口説くのを諦めたわけではないが、このままの関係でも悪くないかなと思える唯一の女だ。


「てかなんでお前ら日曜なのに学生服なの?」

「学生の11月だぞ? しかも二年も通っててわからないとは本当に君はアホだな。」

「お前はいちいち俺をアホ呼ばわりしないと話ができねぇのかああん?」

「はいはい、そこじゃれあわない。」

「じゃれてねぇよ!」

「じゃれてなどいない!」

「息ぴったりじゃん……。」


 くそ、楽しい楽しい日曜日になんだってこいつらに会わなきゃいけねぇんだよ。平日に嫌というほど顔を突き合わせてんだから休日くらいはお互い不干渉で行きてぇぜ。


「学生の11月といえば学園祭だ。そして、俺と晴香は生徒会役員だ。ここまで言えば君の軽い頭でも分かるかな?」

「よーし分かった、喧嘩売ってんだな。ボコボコにしてやんよ!」

「京介、話が進まなくなるから辞めなよ。幸時もこの程度の軽口にいちいち突っかからないの。」

「ちっ! こいつが先に突っかかって来たんだろうが。」

「む、晴香がそういうなら……。」


 京介は晴香に頭が上がらない。惚れた弱みというやつだ。こいつが俺に突っかかってくるのも俺が晴香にちょっかいを出してるのが気に食わないからだ。

 殴り合いの喧嘩になった時も、俺が晴香を押し倒したことで、晴香に口を利いてもらえなかった際に、どうしてそうなったのかの理由を京介に話したからだし。途中で止めたからいいものの、最後までやってたら京介は俺を殺していたかもしれないと思う。

 晴香は確かにいい女だとは思うが、一人の女に執着する気持ちが俺には分からん。


 それに残念ながら京介の気持ちは晴香に気付いてもらえていない。

 京介が童貞野郎で奥手なのも悪いが、晴香も晴香だ。晴香は鈍感なところがあり、一年もそばにいるというのに京介の気持ちに気付いていない。

 まあこいつ、モテるけどたぶん処女だし恋愛経験もなさそうだからな。そういうのに疎いのだろう。


「あー、つーことは学園祭の準備でわざわざ朝から学校行って会議して、昼前に終わったから街を二人でぶらぶらしてたと。」

「そそ、さっきまでカフェでまったりしてたら幸時っぽいのがコンビニに入るのが見えたから追いかけてみました!」

「俺は嫌だと言ったんだがな。」

「まあ、お前はそうだろうな。」


 せっかく二人きりのデート気分だったろうに可哀想な奴だ。


「ねぇねぇ、いいじゃん幸時~! ウチらとあそぼーよー!」

「はぁ? 毎日平日に相手してやってんだろが。休日くらい他の女と遊ばせろっての」

「カラオケ! カラオケ! カラオケ! カラオケ!」

「一昨日行ったばっかじゃねぇか!」

「晴香、こんな奴放っておいて二人でカラオケに行こう。」

「えー! 幸時もいた方が楽しいよー! ねぇ幸時いいでしょ? ね? ね?」

「は、晴香……。」


 京介のやつあっさり振られてやがるぜざまぁ。

 しかし晴香のやつは頑固な上にしつこいんだよなぁ。

 このまま無視してもいいが、この前手を出した女の子がメンヘラでストーカー行為をしてきて困り果ててたときに「幸時はウチしか眼中にないから! あとこんなクズ男より他のもっとましな男を好きになりなさい!」とその女の子にビシッと言ってくれて、ストーカー被害から救ってくれた恩義がある。

 完全なる自業自得、身から出た錆だったため、本当にあの時は晴香が天使に見えたね。まあ、そのあと京介に「やはり君は晴香が好きだったのかぁぁぁ!」と別のめんどくさい問題が出てきたわけだが。


 はぁ、一週間分溜めた性欲は自分で処理するか……。

 夜だけ女を呼び出してもいいけど、さすがに前置きなしでがっつくのもダセェしな。

 デートして相手を楽しませてからその報酬として体を頂くというのが礼儀だよな。


「はぁ……。」


 俺は深くため息をついてから、電話をかけて、デートの約束をしていた女の子にドタキャンを申し入れた。無論、この埋め合わせは必ずすると約束したし、それらしい嘘の急用をでっち上げ、真摯に謝罪もした。

 向こうはメイクやら服やらの準備を済ませてたろうから、今から適当な男とよろしくやることだろう。俺は俺に言い寄る女が俺だけを見ているなんて己惚れてはいない。そして本気じゃないから気にもしない。


「おら、カラオケ行くぞ。」

「幸時ってば流石だね! かっくいーぞこの野郎!」

「ドタキャンまでして、君はそんなに俺たちと遊びたかったのか。」

「誰のせいだと思っていやがる……。」

「いいじゃん、いいじゃん! ほら行こう!」


 晴香は俺の手を引いて歩きだした。

 晴香が俺の手を握った瞬間に、京介が隠しもせずに不愉快そうな顔をしたが、晴香はカラオケでなにを歌うかで頭のキャパシティーを圧迫しているのでそれに気づかない。

 俺はそれに気づいているが、晴香に手を握られるのも悪くないので、振りほどいたりはしない。

 なんという修羅場。

 

「……ん?」


 俺はふと視線を感じ、路地を見た。

 すると、そこには黄金色の体毛をして、赤と青の瞳でこちらを覗き、尻尾を綺麗に畳んで佇む生き物がいた。

 薄暗い路地で光る赤と青の瞳はどこか浮世離れしており、その表情はニヤリと笑っているように見える。というか笑っていた。


「猫――?」


 それは『猫』だった。

 しかし、確信が持てず、俺の呟きは疑問形となった。

 外見は間違いなく猫だ。それは間違いないだろう。

 しかし、だ。

 猫が佇んでいた。佇んでいるのだ。今なお佇んでいる。

 その猫は――二本の足で立っている――のだ。


 もちろん、最近はペットに芸を仕込んだりしている飼い主もいる。

 だから猫が二足で立っているからといってありえない話ではない。

 だが、その猫は、まるでそれが当然だというように佇んでいるのだ。


「なあ、晴香、京介。」

「んー?」

「なんだ。」


 俺が足を止めて呼びかけると、晴香は俺の手を離して止まり、京介も俺と晴香の手が解けたことに喜びながら俺に顔を向けた。


「猫の所持アイテムって杖だっけ。」


 晴香と京介は一瞬、何言ってんだコイツというような顔をしたが、下手くそな話題作りかと思い直したのか、俺の問いに答えてくれた。


「またたびじゃない?」

「童話を参考にするなら剣だな。」

「……杖は?」

「あんまりイメージ湧かないかな~。てかどしたん。」

「幸時、頭が悪いのと頭がおかしいのは似て非なるものだぞ。」

「だよな。」


 京介の発言にイラつきながらも、俺は納得した。

 そして、黄金色の猫は杖を握っていた。猫の手は物を握れる構造をしていなかったように思うのだが、確かにあの猫は杖を握っていた。


 もう一度路地を見ると、その猫は杖を持っていない方の手で手招きをしていた。

 これがほんとの招き猫かと、くだらないことが思い浮かんだ。


 ともあれ、猫は俺を呼んでいた。

 それはとても奇妙で不気味で、普通なら悲鳴をあげてもおかしくない怪談話であるが、俺の心を支配する感情は不思議と恐怖ではなく好奇心だった。


 俺は、猫が招く路地の奥に向かって進んだ。


「おい、幸都どこに行く!」

「え? え? ほんとにどしたん?」


 晴香と京介の反応で俺は直感する。

 おそらくこの猫は俺にしか見えていないのだと。

 視線を向けにくい路地とはいえ、日曜日昼下がりの駅前なので人通りは少なくない。それなのに、辺りを見回してもあの猫に気付くものはおらず、俺が歩む先が見えているはずの晴香と京介があの異常になんの反応も示さないのが証拠だ。


 そう、異常だ。

 しかし、本当に恐怖はなかった。

 やばいかもしれないとは思うが、それだけだ。俺の足は進むのを辞めない。


 そうこう考えているうちに、俺は猫の前に立っていた。

 いつの間にか、路地の最奥の行き止まりまで歩いた。

 後ろに晴香と京介の気配はない。

 そして、不自然なほど音がしない。


 その静寂を掻き消すように、先ほどまで笑っていたその猫は口を開いた。


「お初にお目にかかりますにゃん、『染井(そめい) 幸時』様。」

「……喋った!」


 しかも語尾がにゃんだった!


「そりゃあケットシーですからにゃ。人語を介する教育くらいは受けていて当然ですにゃ。」


 にゃはは。とその猫は小さく笑った。

 猫の笑った顔なんて動画サイトのネタ動画でしか見たことがなかった。


「いや、当然とか言われても俺の常識では猫は喋らないし杖を使わないし二足歩行でもない。」

「ふむ、まあ吾輩の国の常識ですからにゃ。それも無理からぬことですにゃ。」

「……そ、そうにゃんですか。」

「そうにゃんですにゃ。」


 どうでもいいことだけどこの猫の喋り方可愛い。


「にゃ、申し遅れましたにゃ。吾輩は『ブローディア・ゼルファス』と申しますにゃ。」

「これはどうもご丁寧に。えっと、俺は……そいやなんで俺の名前知ってんの?」

「吾輩は幸時様に用事があるのにゃ。接触する相手の名前を覚えるのはこちらの世界でも同じですよにゃ?」

「え、あ、うん。え、こちらの世界?」

「今から詳しく説明させて頂きますにゃ。」


 猫――いや、ブローディアは「にゃっほん」と可愛い咳ばらいをすると、語り始めた。


「吾輩は、こことは違う世界『アンダーワールド』から「ちょいちょいちょいちょい!」」


 話を中断されて少し不機嫌な顔をするブローディア。

 しかし、これは突っ込みどころ満載だ。いや、最初からか。というかブローディアの存在自体が、か。


「ごめん、異世界ってなに。」

「幸時様、それを今から説明するのですからおとなしく聞いていて欲しいにゃ。質問はあとでまとめてしてもらうのが効率的だにゃ。」

「そ、そうだよな。悪い……。」


 ブローディアは「大丈夫ですにゃ」と言って、再度語り始めた。


 話を要約するとこうだ。


 ブローディアはこことは違う異世界『アンダーワールド』から来たケットシーで、「アンダーワールド」では『魔王軍』と呼ばれる『残虐王リードリヒ』の私兵が世界を混沌に貶めており、ブローディアの住む王国の国王様が打倒魔王軍を掲げ、戦いを挑んでいるが、戦況は芳しくなく、大きな一手に欠けていた。

 そんなおり、膨大な本を格納する王国の書庫から、一冊の本が発見された。

 その本には『アンダーワールド』とは違う世界の存在が書き記されており、異世界の住人を召喚する方法も明らかとなった。

 曰く、その本にはこうも記されていたという。



 

 かの世界の使者に選ばれし運命の子、異世界の勇者となろう。


 運命の子、女神よりの愛と祝福を受け、神のご加護を授からん。


 女神の祝福、勇者に7の奇跡を与えん。


 破滅する世界救いし『治癒の毒姫』

 愚鈍なる世界救いし『光明の魔神』

 停滞する世界救いし『革命の皇帝』

 憧憬する世界救いし『全知の亡霊』

 憎悪する世界救いし『慈愛の悪鬼』

 凌辱する世界救いし『純潔の奴隷』

 肥満なる世界救いし『無欲の豪商』


 これら7の奇跡と1の勇者によって世界の脅威は退けられるだろう。




「そして、幸時様が勇者として選ばれたのにゃ」

「……なんで俺が?」

「吾輩の主観ですにゃ。」

「主観っ!?」

「吾輩は陛下より、異世界へと向かい、勇者となる器を持つものを『アンダーワールド』に連れてくる使者となることを命じられたのにゃ。だから勇者となるものは吾輩の好みで選ぶのにゃ。」

「えぇ……その預言書っぽい本の内容とはいえ、そんなアバウトな方法で勇者を選んでいいのか?」

「吾輩は吾輩の直感を信じるにゃ。この世界に来て一週間、色々な人を見てきましたが、幸時様ほど幸せにお過ごしになられている人は見たことないのにゃ。それはつまり、幸時様は自分を幸せにできるだけの能力があるはずなのにゃ。」

「いや、持って生まれた運だけで生きてきたんだが?」

「この世界には運も実力の内という言葉があるにゃ。」


 そういうことらしい。

 どうやらこの猫は俺の運を見込んで異世界を救う勇者として『アンダーワールド』とやらに一緒に来てほしいそうだ。

 異世界召喚された勇者。子供のころに見たアニメの主人公がそんな設定だったっけな。異世界特典でチートな能力を手に入れ、ピンチに陥りながらも奇策を弄して勝利を掴み、いつの間にか周りには味方がたくさんいて、綺麗な女の子にもてはやされる。

 なんて素晴らしい提案だろう。今の世界を捨てて空想していた世界へと旅立ち、大冒険が始まる予感しかしない。

 ふ、やれやれ、こんなの答えなんて初めから決まってる。


「だが断るっ!」

「にゃにゃ!? どうしてにゃ!?」


 どうしてだって?


「まず大前提として俺は今の人生に満足してるし、今後の人生もなんとか楽しくやっていける気しかしない。ブローディアの言う通り俺は幸せだろう。うん、近年稀に見るような幸せ者だ。そんな俺がだよ? なんで関係ない世界の争いごとに巻き込まれて命張らなきゃいけないんだ? 俺はそんなに自分の命を粗末に扱えない。」


 言いたいことを言い切って、ブローディアの方を見ると、悲しそうな顔をして、やがて落胆したようにうつむいた。

 む、少し強く言い過ぎたかな。いや、でもこれぐらいはっきり言わないとなあなあで流されるかもしれないしな。俺は今の幸せな日常を手放したくない。

 大体異世界にいかなくてもハーレムとか余裕で作れるし、胸躍る大冒険にしても俺は人生という名の探究者だし、富と名声だって富さえあればいいし、というか大体のことでは満たされてるからそんなリスキーなことしなくても今の人生に満足してるんだよなぁ。

 ……あと、まあ、家族は大切だし、晴香と京介と離れるのも嫌だしな。

 

「わかりましたにゃ……。幸時様の言うことはごもっともにゃ。勇者の件は諦めて、吾輩は元の世界に帰るにゃ。」

「え、帰るの?」


 もっと食い下がるものかと思ってたのに以外にあっさりと引き下がったな。

 というか、勇者の件は断ったし、今帰ってもなんの成果もなくないか?

 いや、もしかしたら俺以外の候補者もいるということか。それか俺の勝手な先入観で、異世界ってのはもっと気軽に来れるところで好きに行き来できるとかか。だとしたら何回でもチャンスはあるし一旦帰って方針を決め直した方がいいよな。そもそも、預言書に書いてあるからってブローディア一人に世界の命運を握る勇者を選ばせようってのが問題だろ。荷が重すぎるわ。


「にゃ。異世界にいられる時間は168時間だけなのにゃ。そして期日は今日。実はもうすぐ帰還用のゲートが開くのにゃ。これで今後1000年はこちらの世界には来れないのにゃ。」


 え……じゃあ、それは、つまり、


「もしかして、今俺に話しているのが最後のチャンスだってことか?」

「にゃ。最初で最後のチャンスだったにゃ。」

「そ、そんな大事なことならなおさら俺なんかを選ぶ必要ないだろっ! もっと、他に優秀な人間はいただろっ!」

「……それは、幸時様を吾輩が気に入ったからですにゃ。毎日いっぱい笑って幸せに暮らす姿を見て、もしかしたら、この人なら吾輩のいる世界も、笑顔で溢れる素敵な世界にしてくれるんじゃにゃいかって。そう、思ったんですにゃ。」


 俺の気にするようなことじゃない。分かってる。決意は揺らいでない。俺は今の生活を手放すつもりは無い。

 だけど、けど、


「短いような長いような、この世界で過ごした時間の中で、吾輩の故郷を救ってくれると思えた人は、幸時様だけだったにゃ。」

「…………。」


 遠目で見ててその人間のことを知ることなんてできない。俺と、いやこの世界の人間と話すのは初めてのはずなのに、なんでそんなに俺のことなんかを信じられるんだよ。


「……それでも、俺はお前とは一緒に行けないよ。ブローディア。」

「……にゃ。分かりましたにゃ。無理強いするつもりはないのにゃ。こちらの世界のことなんて幸時様には関係ないですし、1度こちらの世界に来てしまえば、幸時様が生きている間は戻ってこれないですにゃ。それだけのリスクを冒して別の世界を救ってくれる人なんていないことは予想の範疇なのにゃ。ええ、分かっていましたにゃ。世界はいつだって残酷なのにゃ。」

 

 猫ってこんなに世界に絶望したような目をすることができたんだな。

 う、胸が痛い。けど、ここで折れるわけにはいかない。

 俺は今手にしているボーナスポイントを全部投げ出して他人を救うなんて主人公キャラじゃないんだ。どこにでもいる普通の美形なんだ。これがもし物語だとするなら金持ちでイケメンのモブキャラなんだ! ヒロインの女の子を口説いて振られて俺みたいなハイスペックでも落とせなかった超絶可愛いヒロインがどこにでもいる優しいことしか取り柄のないありふれて平凡で地味な黒髪の主人公にあっさり落ちて主人公の凄さを際立たせるだけのセリフもない噂話でしか出演する機会がない咬ませ犬なんだ!


「にゃ。時間にゃ。」


 何かを察したようにそう呟くと、ブローディアを中心にして異次元ホールという表現が正しい黒い渦が出現した。

 どうやら、異世界転移の本当のタイムリミットが来たらしい。


「幸時様、このゲートから離れてくださいにゃ。ゲートを踏んでいるすべての生物が異世界転移の対象となるにゃ。」


 言われて、俺は足元を見て、ゲートを踏んでいることに気付いた。

 ブローディアの言う通りにして、後ろ歩きでゲートの外に出た。

 ……黙ってれば俺を強引にでも異世界に連れて行けたかもしないのに、正直というか誠実だな。余計胸が痛い。


「これでお別れですにゃ。」

「ああ、力になれなくて本当にすまねぇ。俺は臆病で卑怯な男だったと国王陛下に報告してくれ。」

「にゃははは。吾輩が選んだ御仁は自分が幸せになり、周りの人も笑顔にする素晴らしい人だったにゃ。」

「ブローディア……。」

「まあ、同性の人からは嫌われてたみたいですがにゃ。」

「ふっ、ああそうだな。どうにも嫉妬されやすくてな。」

「にゃ。それほどの幸せ者ということですにゃ。」


 ゲートが黒い輝きを放った。

 異世界転移が始まる。


「本当に悪かった。元気でやってくれ。」

「気になさらないでくださいにゃ。」

「あと、毛並み綺麗だ。」

「にゃははは。今言うことですかにゃ?」

「最初見たときからずっと思ってたよ。」

「にゃ。やっぱり幸時様は周囲を笑顔にしてくれるにゃ。吾輩の見立ては間違っていなかったのにゃ。」


 ブローディアは「ありがとにゃ」と言って笑った。

 そして、ブローディアは異世界へと帰り、俺はまた幸せな日常に戻――


「幸時みーっけ!」

「あ、おい! 幸時、晴香から離れろ!」

「え?」


 ――ドン――と背中から衝撃を受け、俺は前方に倒れ込んだ。

 倒れ込んだ先は、ゲートの上。


「にゃ!? ゲートが開いたせいで結界が消えたのかにゃ!?」


 倒れ込んだ俺、俺の背中に馬乗りになっている晴香、晴香と俺を引き離そうと俺の首を掴む京介。

 全員が、ゲートの上。


 ゲートが一際強く輝いた。


「うそだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺の魂の叫びが街の人に届いたかを知る術は俺にはなかった。

 なぜなら俺は異世界転移に巻き込まれたからだ。こっちの世界にはおそらく二度と戻ってこれない。



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