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予行演習

作者: 小日向冬子

ごめんね

せっかくランチに誘ってくれたのに

でも今は

この子を置いてはいけないや


おかしいでしょ

たかが猫なのに


でもね

わたしたちにとっては

やっぱり家族なんだ



腎臓の値がちょっとよくないねって

先生がうなったのが12月

でもそのときはまだ

点滴すればすぐ元気になると思ってた


なのにいつもと違って

2日たち3日たっても

数値は下がっていかなくて


小さな病室に閉じ込められて

日に日に弱っていくくらにゃん


「これだけやってもよくならないのは

たぶん臓器としての限界だと思います」

申し訳なさそうな先生の顔


それでもお見舞いに行くと

目をパッと輝かせて立ち上がり

ゴロゴロと喉を鳴らし

甘えるようにぐいぐい頭を押し付けてくる

どこにこんな力が残っているかと思うくらい


意を決して

どのくらい生きられるのですかと問えば


「残念ですが

この状態なら通常は何もしなければ3日

コントロールがうまくいっても10日ぐらいです」


年を越すのはきっと無理だよねって

みんなで壊れた蛇口みたいにザーザー泣いた


どうせ助からないのならと連れ帰り

もう痛い思いはさせたくなくて

それでも生きていてほしくて

せめて夜の間だけはと

息子とふたりがかりで自宅点滴


これまで面倒臭がって

家の手伝いなんかしたことのない兄ちゃんが

「くらの点滴、何時ごろやる?」

って

泣きはらした目で毎晩聞いてくるんだよ


「俺、こんなに泣いたの人生初だわ」って


わたしだって

こんなにも泣き続けたことはなかったよ

バラバラになりそうだ



「これはきっと

予行演習なんだよ


体が壊れていくほどに

愛してしまう僕たちだから


いつか互いを失うそのときのために

神様が与えてくれたんだ」


自分も目のふちを真っ赤にしながら

旦那さまはそう言った



それから2か月



くらにゃんの歩みは

思っていたよりずっとゆっくりで


わたしたちの心の準備ができるのを

待ってくれているかのように


「実はくら一族は特殊体質でさ

腎臓の値が悪くても耐えられる体なんじゃない?」


受験目前の息子が

冗談みたいな口調で笑う


そうだね

本当にそうだったらいね


きっとくらにゃんは

そんな君の心を乱すまいと

ぎりぎり踏ん張ってるんだよね



それでもじりじりと体重は減り続け

薄暗くて静かなお風呂場で

じっとうずくまる日々


お気に入りの猫缶を

2時間おきに口元に運ぶ


それも食べられなくなったら

もう無理強いはしないよ


君のことだから

そんなこと望んではいないでしょ?


ただ

君が静かに着地するその日まで

ずっと一緒に飛んでいくよ


君にもらったたくさんの輝く時間と

いつかくる自分たちの最期に

ひっそりと想いを巡らせながら

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