第三章 はじまり
第三章
一
沙世は短大を卒業すると、在学中に取得した技能を使い、プロの代筆屋として独立した。
まぁ、独立と言っても、企業から委託された物を在宅でこなしているので、立派な事務所なんて物は構えていない。代筆屋とは結婚式の案内状や招待状、熨斗の宛名書きがメインの仕事だ。
一方美穂は建築関係の専門学校を出ると、中堅の建設会社に入社し、インテリアコーディネーターとして着実にスキルアップしている。
姉妹は独立したと言っても、実家から車で十分くらいの所で、イメージするならば、実家とお互いのマンションが正三角形になっている。
二人は離れたと言っても、しょっちゅう、一緒に買い物や食事に行った。
再婚したとて、父親とも同じで、休みの日にはランチに出たりしていた。
沙世も美穂も、思春期にありがちな父親嫌いにはならず、父として、時に母になり友人になってくれた父親が大好きだった。
しかし、それは仁美は癪に触った。再婚してからと言うもの、時折癇癪を起こし
「私とどっちが大切なの!?」
と、激高するのだった。
二
「あ、もしもし父さん?私だけど、今度の日曜暇?」
何度目かの呼び出し音の後、父親が出た。
「あ…あぁ。またかけるよ」
そう言うと、ぷつりと電話を切ってしまった。
――あ〜ぁ。映画に誘おうと思ったのに…。美穂でも誘おうかな――
映画のチケットをカウンターに置くと、財布を握り、玄関k向かった。
コンビニに着くとお目当ての電球を手に取り、清算を済ませると帰路についた。
帰路と言っても、マンションの一階部分が店舗になっていて、その一角のコンビニなので目と鼻の先だ。
エントランスを入ると、ポストを確認した。
沙世の住むマンションは、ポストと留守時に荷物を受け取れるロッカーがエントランスに設置されている。
ポストにはDMの山と、それとは明らかに違う白色封筒が入っていた。
切手も無ければ、送り主の名前もなかった。
宛名にはワープロで打たれた『貴嶋沙世様』と言う紙が貼り付けられていた。
状況から察するに、ポストに直接投函されたようだ。
気持ち悪いな…と思いながら封筒を破る。
途端に、沙世は持っていた残りの郵便物を床に落とした。
「な…何これ…」
沙世の顔は、先程と打って変わり、青冷めている。
当に『血の気が引く』とは、この様な表情だろう。
例の手紙には
『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ…』
便箋三枚に渡り、宛名と同じくワープロ打ちの片仮名でプリントされていた。
我に帰った沙世は、走って部屋まで辿り着くと、急いで手紙をシュレッダーにかけた。
家を知られてる以上、こんな事をしても無駄だとは解っていても、一秒でも早く、この手紙を処分したかったのだ。
沙世は我に帰ると、気分を落ち着ける為にもコーヒーメーカーに手を掛けた。
部屋にはコーヒー豆のいい香りが充満していった。