表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ロマンボーイ

「広まる平原が~地面に広がり~♪ その中心部には~豪華なお城があり~そして最高の日々を送りこむ~♪」


 さりげなくソファーで寝そべりながらそう歌ってみた。


 …………あ。



 奴らの所に行くのを忘れていた。もう三十分オーバーだな。


 さて、行くか……。


 マンションを出て、歩いて数分で着くその廃ビルの扉を開くと、見慣れてる三人がいた。


「おい賀島! 遅いぞ!」

 俺に怒鳴ったのは半年前からつるんでた西園寺さいおんじ 大賀たいがという、金髪のボサボサヘアーで、いかにもチンピラというオーラを放っている男だ。

「るせーなー。俺はな、夢があるんだよ!」

「それは初めて会った時からずっと聞いてるわ! 一体いつんなったらこのチームに馴染めるんだよ! お前逆に凄いよ!」

「分かってねーなぁ……。大賀、俺はな、このチームのアタマになんか満更ないってアタマになる前からずっと言ってるよな? 何でだと思う?」

「いや……知らねーよ……。でも賀島、お前自分が思ってる以上にめっちゃ喧嘩強いんだぞ? お前がいなきゃこのチーム成り立たねぇんだよ!」

「知るか。俺は…………陽の世話を……」

「あぁ? 何か言ったか?」

 説明し忘れていたが、俺は大賀に妹と二人で暮らしてる事をまだ話してないんだ。だから何も事情を知らずにこうしている。

「タバコ、持ってる?」

 掌でそう強請ると、大賀が仕方なさそうな態度で一本渡した。

「賀島……お前タバコだけは本当に辞めないんだな」

「ふふふ……大賀くんよ、ロマンとは何か、まだ分からないのかね」

 ため息交じりに大賀の肩をポンと叩いた。

「君はまだ分かっていない……。早朝の気分が最高で、尚且つ快晴の時でだ。城のベランダで一息タバコをふかす男の情景を、君はそれをロマンチックだとは思わないかね?」

「ごめん、思わん。一体どういう神経してんだお前……毎回舞台が草原でそん中にデッケー城が建ってるのがパターン化してんだけどよ、お前ってそんなにそういうとこ行きたいのか?」

「行きてーに決まってんだろ! 明治村とか行ってくつろいでも全然その気になれんかったわ! やっぱ本物の城だろ!」

 そう熱く語ると、五人全員が深いため息を吐いた。

 くそ! 誰も分かっちゃいないな、俺のロマンを。だから不良は嫌なんだよ……現実的な観点しか見ようとしない。

 他にロマンというものをちゃんと持つ奴が、誰かいるのか!?


「まぁ、賀島。落ち着け。俺らももう二十歳だ。そろそろ夢より就職先とか見つけないか?」

「何だよ……、大人でも夢はあるんだよ。正直言うとな、カムロってチーム名何だよ! お前ら勝手に決めて俺誘っていきなり俺をアタマにしたけどなー、未だに受け入れんからなぁ! テメェらにロマンがない限り、俺は引きこもりにでもなってでもロマンを貫き通すぞ!」

「それただの現実逃避――」

「うっせぇ! 大人で夢を持って何が悪い! つーか何しに俺呼んだんだよ!」

 もう語るのも疲れるな……説明と言うのは何ともしんどい。

「隣町の黄金美区ってとこ知ってるな?」

「あぁ………いや、聞いたことしか……」

 何だ? 黄金美区って……。

「ギャングの巣って言われてるぐらい荒れてるヤバいとこだ。そんで、そこの長柄って奴とその他つるんでる奴がその街自体のトップらしいんだ」

「長柄……? あれ、チーム名とかないのか?」

「他はあるらしいんだが、なぜか長柄とつるんでる奴も含めて、そいつらはただ楽しくつるんでるだけって聞いた」

「ふーん。長柄………ねぇ」

 初めて聞く名前だな……しかしロマンだけを大切にしている俺にとっては全く関係のない話。

 黄金美区最強の長柄? だから何だ。最強なら最強でいらせればいいんじゃねーの。

「んで西園寺ちゃんよ、長柄がいるから何だよ?」

「東京に俺ら以外に強い奴がいたら、邪魔だと思うだろ?」

「思わん。好きにすればいいと思う」

「お前なぁ……」

「お前らが気にくわないんならお前らでぶっ飛ばせればいいんじゃねーの? 俺は別にそんなん気にしないからどーでもいいと思うが」


 三人の内1人、体格の大きい男が近づいてきた。


 グイ!


 みさきという男が、俺の胸ぐらを掴んできた。

「言いたかねぇけどよぉ賀島………、テメェ自己中過ぎなんだよ。俺らはあくまでも喧嘩チームだ。喧嘩のしねぇ奴なんかいらねぇ」

「なら今から脱退したろうか?」

「殺すぞテメェ……」

 喧嘩寸前の最中、もう1人の幹部が引き止めた。


「止めろって二人とも!」


 少し気の小さい貧弱な男だが、コイツはひかるという。

「こんな事してる場合じゃないでしょ! 内輪で喧嘩したら、黄金美にも手が届かないんだよ!?」

「……………」

 輝は喧嘩が凄く弱くてコンプレックスにもしているぐらいだが、基本的に頭が良いのか、ココに入ってる。

 頭が良いのにこんな連中に入っているのは、俺らに借りがあるからだ。一応コイツも学生で、ちょっと虐められキャラでもあり、本格的にクラスメイトからカツアゲされてる時に、たまたま見かけた俺と西園寺と岬が、そいつらボコって借りができて、何だかんだ輝も俺らの溜り場にいるって訳だ。


「賀島、俺はお前のそういう甘い気持ちが俺には気にくわねぇんだよ」

「ふーん。ならアタマの座は西園寺か岬ってことでいいよ」

「テメェまだそんなこと……!」

 そこで、次は西園寺が割り込んだ。

「お前らいい加減止めろ。これじゃキリがねぇよ」

 たくよー……結局いつも西園寺が仕切るんだよな……。何で俺なんかがアタマになってんだよ……。

「賀島、もし俺がここのアタマをやるとな、カムロとして自分を受け入れられないんだよ。つーか……ふさわしくないんだよ、俺には」

「それはちげーよ。喧嘩が強い、弱いの問題でアタマを決めるのは間違ってる。俺としては、いかに全員を仕切るリーダーシップが高い能力を持ってる奴が一番ふさわしいと思ってんだよ」

「賀島…………」

 このまま面倒臭い定位置から抜け出せればいいのに……。


 面倒臭くなった俺は、廃ビルから出た。

「俺はちょっと野暮用あるから今日はこれで」

「ちょ……待てよ!」


 ガチャン



     *




 廃ビルの中にいるのは西園寺大賀、岬、輝の三人。結局賀島が出て行ったきり、まとまりがあまり良くない形勢になってしまった。

「おい輝……」

 西園寺が話しかけてきた。輝が西園寺の顔を伺うと、割と本気な顔をしている事が分かる。

「な……何?」

「一ヶ月ぐらい前からか、賀島の様子おかしくねぇか?」

「うーん……まぁね……」

「アイツ、俺らから避けてねぇか?」

「う……うん」

 西園寺がする質問を、輝はひたすら「うん」としか答えなかった。

「なぁ輝、何か知ってる事あるか?」

「う……いや……」

「何か知ってんなら言えよ」

「いやこの前本人から聞いた話だけど………賀島君も色々事情があるらしい」

「何? どういうことだ?」

 西園寺が興味深そうに、傷だらけのソファーに乗って話を聞く体制になった。

「何かね……賀島君の父母が癌で亡くなったらしくて、賀島君のお兄さんも……遺伝で亡くなってしまって、今は妹さんと二人暮らしらしいんだ……」

「は……初耳だぞそれ……」

「言うなって言われたからね……。あ、これ賀島君には絶対言っちゃダメだよ?」

「分かってる……」

「賀島君、その妹さんの事すっごく大切にしてて、毎日買い物してご飯作ってくれてるらしいんだ」

「…………妹はいくつだ?」

「確か……十五って聞いたけど」

「まだ受験生の中坊か………。クソ! 何で言わなかったんだよ賀島……俺らでよけりゃいくらでも協力できたのによ……!」

 悔しそうに、西園寺は机に拳を振り下ろした。

「多分、西園寺君や岬君に心配かけたくなかったからだよ………いつもはロマンロマンしか言わないけど、あぁ見えて妹想いなんだ……」

 同情に満ちた雰囲気は、岬以外誰も耐えられなかった。


「ふん、どーせシスコンだろ」

 岬がその雰囲気をぶち壊すかのような酷い一言を悟った。

「な……何言ってるの岬君!」

「その妹も中学生なんだろ? なら多少の事は自分でできる。夕飯も自分で買って食べれるだろ」

「違うんだ。賀島君の妹さんも賀島君と同じちょっと変わり者で、いっつもボーっとしてて自分の支度もしようとしないんだ。身体障碍者とかじゃないんだけど、性格がちょっと変わってるだけらしい…」

「なるほどな……………。そう考えると、案外賀島も良い兄貴なのかもな」

「えっ……どういう意味?」

「世話焼きなんだなってことだ」

 輝は、少し笑った。納得してくれた岬に安心したのだ。

 西園寺がソファーから立ち上がった。


「よし、それならしゃーねぇ。俺らで黄金美区に行くぞ!」


     *




 この街はゴミ以下なる存在だ。人ごみは激し過ぎ、変な店も中にはある。路地を回れば大半カツアゲ。

 そもそも道端にガムやゴミが落ちすぎて、話にならん。


 マンションに着いた。


「ただいまー……」

 リビングを見ると、いつもなりに陽がパクパクとシリアルを食べていた。

「おかえり。早いね」

「う…うーん。まぁな。帰りに親父の好きだったセブンスターってタバコとお袋が好きだった麦とホップってビール買ってきたぜ」

「……そう」

 いつもなりに……自分が行おうとしたことも、無関心な反応だ……。

「それは、有我がもらっていいよ」

「ま、まぁお前この二つ全部吸えないし飲めないしな……いただいとくよ」


 いや……バカだろ俺。これは親父とお袋のモノ……。


 リビングの隅にある親父とお袋の写真がチョコンと置いてある所に、そっとタバコと酒を丁寧に置いた。

 そして手を合わせ、「いつまでもこれを吸って、飲んで、天国で元気にしていてください」と黙想しながら悟った。

 すると隣に陽も正座し、俺と同じことをした。


「お父さん、お母さん、元気にしてるのかな?」

 そう俺に聞いた。

 俺は微笑んで、元気にしてるよと、最大限に励ましたつもりで言った。

「俺の兄貴は……結局何も好まずに逝っちまったな。少なくとも何か好きな物でも聞くんだったな」

「………そうだね」


 一言、多い事を言ってしまう。

「俺も………癌になっちまうんかなぁ………」

 そう悟ると、陽が涙目でコッチを見てきた。


「それはやだ。ヒナタを独りになんかにしないで」

 そう言われた途端、俺が余計な事を言ってしまったという事に今気が付いた。

「わ……悪かった。俺は強ぇからずーーーっと生きてるに決まってんだよ」

「…………なら、良かった」

 コイツの表情の変化のギャップは、とてつもなく激しい。さっきまで泣きそうな顔をしていたのが今ではもう普通の真顔だ。


 …………まるで他人行儀。俺の妹は俺への接し方が、とても他人への接し方のように感じてしまう。

 一体どういう事なのだろうか。ヲタアニメの見すぎなのだろうか、超馴れ馴れしい妹しか想像できん。

 だからと言って馴れ馴れし過ぎるとそれはそれでロマンがない。

 だからってこの他人行儀はきついなー……。


 何つーんだろ、兄妹とは思えない会話だろ……。


「有我」

「え、何?」

「ヒナタ、出かける時の服装、持ってない」

「………?」

 出かける時の服装……っつったら、私服の事だよな……。



 確かに、よくよく考えてみたらコイツ、制服と寝間着しか持ってないんだ…。家からあんまり出ないし。

「そ……そうか。急に何でだ?」

「隣町に行きたいの」

 嫌な予感がする。

「………隣町って? ここ渋谷だぞ、他に秋葉とか新宿しか……」

「黄金美区に行きたいの」

 嫌な予感が的中した。

 黄金美………区………、妹をそんな危険なところに連れてける訳が……。

「ヒナタ、行きたいの」

「ちょっと待てよ、何で行きたいんだ?」

「観光」

「なら………名古屋か大阪とか……、そうだ! 奈良の鹿でも見に……」

「ヒナタ、黄金美区に行きたい」

 その目は実に本気で、もう絶対に断れない状況になった。一体なぜ、陽はそんなふさわしくもない街に………?

 仕方なく、俺は一端陽に制服に着替えさせ、財布にある程度お金を入れておいた。

 そして奴はいつもながら恥を知らずに堂々と俺のモロ目の前で全裸になってから制服に着替えた。コイツの生まれつきできたこの才能を、一体どこの祖先からの遺伝が混じったのだろうか、未だに疑問だ。


 そして、早速俺と陽は女性専用の、ある程度ベーシックな服が売っている……そう、ユニクロに行った。


 シャツもあって色々種類はあるが……、陽が選んだのは紫で無地のパーカーと、超短い、まるでトランクスパンツと同じような形をしたデニムを選んだ。

 ユニクロにもこんなん売ってたんだ……と、若干感心する俺。


 店のど真ん中で早速着替えようとした陽を全力を尽くして止め、さっさと試着室へ向かい、ちょっとした待ち時間が経った。


 カーテンが開き、「似合う?」と聞いて来た陽の姿は、正に今時の清楚な女の子であった。案外似合うものなんだな……やっぱこういうシンプルな服ってのはどれも似合うんかね……。

「結構似合うぞ、そのコーディネートで完璧じゃないか?」

「ありがとう。これにする」



 そしてそのコーデと同じような服とズボンを数着買い、俺らは遂に、黄金美行きの電車に乗った。


 ……………本当に心配だ。心臓が破裂しそうなくらい、心配だ。とにかく、陽を独りにしなければ安全だ。ちょっとでもよそ見しないように気を付けないとマジで危ない……。

 黄金美区ってのはそういうところらしいからな……。

 ある電車の会話の時。


「有我」

「ん? 何だ?」

「……………驚かず、怒らず、悲しまず、泣かずに聞いて」

「…………はい?」

 全く意味の分からない一言が、そこに来たのだ。


 しばらく黙っていた。そして涙を抑えるかのようにしゃっくりもしていた。そして俺は言葉を待っていた。


「ヒナタね、」

「うん」




「癌なんだよ」




 ロマンというものが、全て打ち砕かれたかのような心臓の響きが、耳からハッキリと聞こえた。


 最初は意味が分からなかった。そして聞いた途端何も聞こえなくなった。しばらくして、要約電車の音が聞こえた。


「どうしたの? 有我」

「……え? あれ?」

 気が付くと俺は、今まで電車で寝ていたことに気が付いた。


 な………何だったんだ今の夢は………、妙にリアリティーだったし、そもそも同じ舞台で同じ人物だったし……。


 何か………凄くショックだった………。何なんだもう……涙が出てしまうくらいに………。

 …………嘘なんだよな……夢なんだよな……。

 だって陽が癌って………んなまさか。



「――次は、黄金美です。次は、黄金美です。左のドアが開きますので、ご注意ください」


 電車の音声が鳴った。………遂に来るか。



 人ってのは何でこんなに……感情があるんだろう。残酷だ。世の中残酷過ぎる。世の中……理不尽の塊だ。


「陽、タバコ…………………じゃねぇな」

「?」


 人から貰う癖がついてしまった。

 しかし俺は決して、死なせない人の前では絶対に吸わない主義だ。タバコっつーのは吸う本人より、吐いた煙を吸う人の方が害が多いんだよ。

 その吐いた煙を俗に副流煙っつって、それを吸う事を受動喫煙ってんだ。俺は陽に受動喫煙はさせない。

 だからと言って少し離れたところで吸う気もない。黄金美区だぞ、ちょっと見放したら終わるかもしれないんだ……。

 つまり俺は今、一本も持ってきていない。チェーンスモーカーにはちょっときつい試練だけどな……。


「煙草っておいしいの?」

「まずいよ。お前は一生吸うな」

「じゃあ何で有我は吸ってるの?」

「止められなくなったからだ。タバコってのは吸うと依存っつー現象が起きて、止められなくなっちまうんだ」

「止めたらどうなるの?」

「激しいストレスが溜まる。イライラする。ムカムカする。タバコがなければ生きていけないって気持ちになっちまう。だから陽、お前が今吸いたいと言うのなら、それは俺が許さない。思春期の内は挑戦的な感情も出て、良い事に熱血するのはもちろん良い事だ。しかし悪い事に熱血すると、悪い方向にしか進まないんだ。説得力ねーけど………吸っちゃいけない」

 俺は何かを陽に教える時、いつもこうやって細かく教える。まるで保護者のように。

「それに、女性が吸うと色々面倒だぞ」

「どういうことなの?」

「妊娠するときにタバコを吸うとな、そのお腹にいる赤ちゃんにまで害が加わって、出産するときにあまり良い赤ちゃんが生まれなくなる可能性があるんだ。ただでさえ肺がん率が急激に上がるってのに、自分の子供が傷付いたら、誰だって嫌だろ」

「ヒナタ、子供いらない」

「何だよ、学校で好きな男の子でも見つけてなかったのか?」

「いらない」

 何もかもいらないという強烈なオーラを俺には感じるんだが、これは気のせいなのだろうか?

「一生独身のまま独り暮らしってか?」

「…………………………」

 急にへこみ始めた陽に、俺はどう反応すればいいのだろうか。

「………バカ」


 ……?


 あまり深い意味は考えない方がいいと自己暗示し、遂に黄金美駅に到達した。



 渋谷とそんな変わらん建物の並びだが………明らかに通る人種が違う。


 普通に通勤するリーマンのオッサンたちが、ココではチャラくて若い男やギャル、何か時々堂々と喧嘩し始める姿も普通に見かける。

 一体……何なんだココは……! やっぱ陽を連れてくんじゃなかった……。


 予想通りの後悔っぷりだよ正に……。



 そういや西園寺の奴………黄金美町の長柄がどうとか言ってたな……そんな奴に遭わなきゃいいんだが……。


 俺と陽は黄金美町を少し歩いて、ちょっと広めの公園にたどり着いた。

「ここで一端休憩するか」

「ヒナタ、砂山作る」

 早速陽は砂場を行き、そこらじゅうにある砂をかき集めた。


 ――ふとブランコの方を見ると、シャツを着た黒髪ロングの女がいた。俺と同じ歳……っぽそうな女性で、何かを考えてるような顔をしている。

「あの………黄金美出身の人ですか?」

 そう尋ねると、女は無視せず振り向いてくれた。

「そうだけど……」

「ちょっと聞きたいことあるんだけどさ、この街って本当に……ヤバいのか?」

「どういう事? アンタココ出身じゃないの?」

「あぁ。妹がどうしても来たいって言ってたから仕方なく来たんだけどさ」

「ふーん。別にそんなヤバいってほどじゃないけど、確かに荒っぽい男が結構多いわね。でも安心して、アンタみたいな他で済んでる人が思ってるほど危険な街じゃないから」

「そ……そうなのか?」

 ほっと安心した。これなら陽をどこでも連れて行ける……。

「あと、長柄って奴、聞いたことあるか?」

「あぁ、アイツね。アイツがどうしたの?」

 「アイツ」って………、顔見知りかのような言い方だな……。

「黄金美区じゃトップって聞くほどの猛者らしいんだが、何か知らない?」

「前まではどーしようもない、ただ喧嘩だけが脳に埋まり込んでるだけの危険人物だったけれど、今は佳志と会ってからちょっとだけ真面になったって感じね」

 佳志って誰だ……? この女の彼氏か?

「えと……その佳志って誰なんだ? 彼氏?」

「え……」

 女は嫌に顔が赤くなり、要するに照れていたんだろうか、慌てていた。

「違う違う! 全然………。ただの友達……」

「そ……そうなのか」

 佳志……か。でもその男のおかげで真面になれたってことは……よっぽどの大物ってことでもあるよな……。

「佳志って奴の本名は?」

「えーっと、与謝野って感じだったわ」

「与謝野佳志………か。今そいつがどうしてるか分かるか?」

「さっき長柄とどっか出かけてたから……多分あっちのコンビニじゃない?」

 女が指差した先は、こっから目でも見える赤い線が主体のコンビニだ。


 ………今もいるってことか。


「私、仁神亜里沙。アンタは?」

「え……俺は、渋谷区から来た賀島有我」

「ふーん、また何かの機械で会えたらいいね」

 なっ……この女……結構言ってやがる……。口説くのか? この俺を……口説くのか? 無理だな………俺は絶対に他の女には惚れない男だ……。

 妹がちゃんと独立するまで俺はこの身を通すというちゃんとした目標がある……! 

 独立したら仕方がなくこの女とも相手してやるか……という超上から目線な考えを俺はしていた。

「ねぇ、有我って呼んでいい?」

「は……あぁ、別にいいよ」

 やはり……この女は色気をつけて俺を誘おうとしているんだな。絶対そうだ。馬鹿め………俺のロマンの想像力は並みの人間とは違う領域まで行っているのだ……。この俺を口説くなど一億万年早い!

「あっちで砂山作ってるの、有我の彼女さんなの?」

 仁神が指差した先は、陽だった。

「いやいや……アレは俺の妹だ。受験生で忙しいって時によくココに来たいっていうよ……」

「ふーん、妹さんかー。どんな子?」

「どんな子って言われてもなー。ザっと言うなら大人しくて可愛いんじゃないか?」

「ほーう、可愛いの……ね」

 若干如何わしい目でコッチを見てくる。………そういう意味で言った訳じゃねーんだけどな……。

 俺は少し真面目な顔つきになった。

「親父とお袋、そして兄貴が亡くなってから俺は妹の陽をこの身で育てるって決意したんだ。最近は渋谷のツレとの交流も控えてアイツを世話してる。目を離すと何をするか分からないからな」

 そう語ると、仁神が少し微笑んだ。何がおかしいんだ?

「良いお兄さんなんだね、有我」

「え……はぁ? 何でだよ。俺はやるべき事試練を乗り越える……。つーか、どうしようもない時に世話するなんて当たり前のこと――――」

「そういう考えが、既に良い兄貴ってことなんだよ。確かに有我は……、見た感じ黄金美区でゾロゾロいる男たちと同じ……いや、それ以上にワルな風格はあるけど、見た目そのまんまだったら、妹なんて特区に別の人に引き渡してると思うよ?」

「そ……そんな事する奴がいんのか!? 最低な野郎だな……」

 信じられん………試練までも逃げる男が世の中に存在する可能性があるとは……正に本当の屑とかしか残念ながら思えん。

「ふふ、馬鹿正直なんじゃないの? アンタって」

「ば……馬鹿正直だと?」

「良い人過ぎなのよ。わざわざ友達との遊びまでも拒否して世話するなんて……佳志でもできないわ!」

 また佳志か………。そろそろその男の話題へとつぎ込もうか。

「その佳志って奴、どんな奴だ?」

「え、普通の⒚歳男性だけど」

 そんな訳あらへんわ……。絶対何か秘めた何かがあるに決まってる。

「喧嘩は強いのか?」

「うーん。別に? 格闘技も全然習ってないそうだし、本当普通の男だね」

「じゃあなぜ長柄という男が真面になったんだ!?」

「佳志が喧嘩で勝ったから」

 即答……だと? 与謝野佳志はあくまで喧嘩がこの女にとってはそこまで強いとは思われず、黄金美町最強と言われてる長柄という男とは喧嘩で勝った……。つまり、与謝野佳志が喧嘩がめちゃくちゃ強い、あるいは長柄が実際そこまで強くない……の二手に分かれるはずだ。

 一体どっちだ……? どっちなんだ? つーか完全に仁神の話に矛盾がある……。何で弱いのに勝つんだよ! 意味わかんねぇ!

「あー見えて佳志は、根性だけはあるのよ。長柄と佳志は喧嘩して間もなく長柄が倒れ、その後何だかんだ佳志とつるんでる内に仲良くなったって感じね。多分黄金美連合の時に分かり合ったんだと思う。佳志が私のために仕返しをした時に、過剰に暴れたのか、長柄がそこで引き止めて、その時分かち合ったのだと思う」

 彼女の言ってる意味の九割近く意味不明だ。つーか黄金美連合って何だよ? この街にいる愚連隊みたいな奴か? つーか何で引き止めて絆が深まったんだよ意味分かんねぇよ。


 小さい手が俺の服を引っ張った。誰だ?

 振り向くと、陽だった。

「ん? どした?」

「ヒナタ、砂山作った」

 向こう側の砂場を見ると、俺は少し目からうろこが出てきた。


 ………何と言うことだ……陽……。俺の……俺の夢を……そのまま描いてやがる………。

 大きな城がそこには経っていて、まさに形も俺の想像とぴったりだ。


「陽、これ何を参考にして作った?」

「…………有我とここで暮らしたい」

 え……何言ってんだコイツ…。生涯独立せずに俺に世話焼かせるニートになるつもりじゃないよな……。

「ははは! 仲良いね、アンタ達」

 仁神が笑い出した。たく……何なんだこいつら、どっちも真面なようで真面じゃねー!

「有我、この人誰?」

 陽は仁神を指差した。

「いやー、通りすがりな。この街の事をちょっと聞かせてもらったんだよ」

 陽はふーん、とうなずき、なぜか俺の前に立った。

「ヒナタ、この街の環境知ってる」

「……どゆこと?」

「不良が多いんでしょ? 黄金美町」

「あ……あぁ。まぁな」

「ヒナタ、この街で本当に強い人、有我に倒してもらいたい」

 信じられない言葉が、俺の妹の口から出た。

 一体どういう事だ……? 本当に……強い奴を……倒す?


「陽、それはどういう事だ?」

「有我、ヒナタに強い強い言ってるけれど、信じられない。だからヒナタの前で証明してほしいの」

 なるほどな……要するにこの俺を試してるって訳か……。

 陽の癖して生意気な事言うな……。


 やってやろうじゃねーか。


 長柄………ぶっ飛ばす!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ