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私の場合  作者: 72
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2 姉の場合

 私は三人兄妹の末っ子である。

 王太子として忙しく、そのうえ暇を見つけてはふらふらと出歩いてばかりの兄とは関わりは少ないが、姉にはよくつきまとっていた。

 優しく、賢く、笑顔が素敵で、とても美人。これは国内だけでなく、諸外国含めての評価である。私の姉は素晴らしい。

 だから、そんな姉に隣国の王太子から結婚の申し込みが来ても驚かなかった。当然だ、姉は王妃だって完璧にこなせる。私の姉は素晴らしい。


 我が国は基本的に領土拡張には全く興味がないし、内需で十分やっていけるだけの資源もある。よその国からのちょっかいも国王がちょっと睨むだけでたちまち静かになるし、特に政略結婚の必要はない。

 そんな中でなぜ他国との結婚話が持ち上がったのかというと、隣国の王太子様が姉に一目惚れし、父に頭を下げまくってやっと勝ち取ったらしい。姉の倍率はとても高いのだ。

 なので、相手にとっては望んだ結婚かもしれないが、こちらにとっては損はないが益も少ないだけのただの政略結婚だ。


 それなのに!


 姉はあっさりと頷いてしまった。

 むしろ一番騒いでいたのは私だった。

 ともに「恋」に憧れるだけで、経験したことのなかった姉は望まれて嫁に行くなら十分幸せだと、強がりでもなんでもなく本心から受け入れていた。なんてことだ。正直、いくら隣とはいえ姉が違う国に行ってしまうのが死ぬほど嫌だったのだ。私ですか? 今年で社交界デビューですどうも。


 年甲斐もなくぎゃんぎゃん騒いだ挙句兄と母にこってり絞られた私は、怒られたからとはいえ結局は笑顔を浮かべ、母国を後にする姉を見送った。

 そして、半年後それを心の底から後悔することになる。


 兄の件で私と姉が学んだのは、情報の重要性だった。

 今は兄の妻となった異界の少女と兄の気持ちがすれ違ったのは、もちろん兄の性格が一番悪いのだが、兄の行動について少女が全く知ろうとしなかったからだ。

 兄が少女に何も知らせずにいたところで、そのこと自体を少女が知っていればやりようなどいくらでもあったはずで、あの事件はもっと早く解決していたと思う。

 知らない環境でどうしようもなかったかもしれない、それでも少女は兄にたった一回拒絶されただけでその後はただ待つだけとなった。諦めたのだ。先に諦めておいて、信じてくれないと嘆くのもおかしなものだ。

 諦めていたのだから、私がいくら言葉を尽くしても届かないはずだ。その頃には二人の信頼関係は壊れかけていたのだから。


 だから私は姉とよく話し合った。どんな時でも情報を手に入れるための手段を持っているべきだと。そうすれば、最悪は避けられるはずだからと。

 そうしてその手段をもって私が調べた限り――それはもう徹底的にに調べたのだけど――確かに隣国の王太子は姉にベタ惚れだった。

 元々一夫多妻制をとっていた隣国において、結婚の申し込みを機に後宮とそこの住人であった側室達を一掃。あっさりと独り身となり、たった一人だけいた息子も周りの静止を振り切って継承権を放棄させた。大量の補償金を積んで庶子としたのだ。これで新たに側室をとらない限り、姉の産んだ子が次期継承権をもつ子となる。

 それどころか後宮を改装してまで姉を迎える準備をしているのだ。これは重い、おっと王太子の愛情は本物ということだろう。今 の と こ ろ は 。


 このことは姉も知っている。

 賢い姉は、きちんととことんまで下調べをして嫁いでいっただけでなく、後宮の中からでも情報を得ることができる手段も整えていた。何度でも言わせてもらおう、私の姉は素晴らしい。

 だから、内外の国情に通じ献身的に夫に尽くし慎ましく生活をする姉の隣国での評判はうなぎ上りだった。当然だ。王太子の後宮改革について批判的だった者たちもたちまち大人しくなったらしい。うむうむ当然だ。当然だ。


 姉の新婚生活は、順風満帆だった。

 ただ一つ、誤算があったことを除けば。


 そう、誤算。もうなんなのか、我が血筋は男運が悪いのだろうか。身内含む。

 隣国の王太子。現姉の夫。こいつが本当、え? あーハイハイ不敬罪(笑) だが言わせて欲しい、こいつ、本当にめんどくせー!

 淑女として貴族として王族としてありえない言葉遣いをしてしまったが、もう、ほんと! 兄に勝るとも劣らないくらいめんどくさい。ああ、何回でも言ってやりたい、めんどくさいんだよ!


 何が面倒くさいって、隣国の王太子様の性格の話である。

 とにかくすぐ照れる。物凄く照れる。姉と同じ部屋の空気吸うだけで照れる。童貞かよってくらい照れる。30過ぎてるとは思えない程照れる。

 そして、元々厳つい顔つきなのも相俟って、照れるたびにとてもとても険しい顔になる。顔は生まれつきだから、これはちょっと不憫。けれどにっこりと微笑みかけるたびに殺されそうなほど険しい顔を向けられる姉の方が不憫。優しい姉は、きっと自分が何か気に障ることをしたのだろうとさんざん悩んだに違いない。ああ! かわいそうな姉様!


 それだけではない、照れて極悪面になるくらいであの姉が見限るわけがない。それくらい海より広く深い心で受け入れてしまうのが私の姉だ。その姉をもってしても、困惑に陥れたのが王太子の面倒くさい悪癖である。元々、兄よりはマシだが王太子もそんなに弁が立つ方ではない。だから、頻繁に愛の言葉を囁くなんてことは姉も期待していなかった。そうしたら現実は、愛の言葉どころかマイナス方向にまっしぐらだった。つまり悪態癖があったのだ。王太子様めっちゃ口悪い(しかも姉限定)

 これは、緊張したり特別な言葉を吐こうと勢い込むと、それが違う言葉になってつるりと吐き出されるらしい。それも、だいたいが本当に伝えたい気持ちと真逆の態度で。これが、私が声を大にして 面 倒 く さ い と叫びたいことである。「愛している」と伝えたいのに「お前なんか興味ない」になる。「心配している」と伝えたいのに「余計なことはするな」となる。「大丈夫だ」と伝えたいのに「お前には関係ない」となる。本人も後ですさまじく落ち込むらしいけど、言われた姉の方が辛いに決まっている。傷つくような言葉ばかり投げかけられるのだから。ああ! 可哀想な姉様!


 一生を寄り添うべきコミュニケーション不全な夫からのこの態度に、姉は困惑の極みだった。

 こちら側からしてみれば、王太子の姉恋しさによる狂いっぷりは結婚前は元より結婚後の我が国に対する従順さから分かっていたし、いくら姉に対する王太子の態度が悪いとはいえ王宮内では上にも下にも置かない程の徹底的なまでに姉に尽くした扱いである。

 けれど、姉からしてみれば夫の突き放した態度と王宮での厚い待遇の差に戸惑うしかなく、何よりこの頃には姉の気持ちはすっかり夫へと向いていた。何故この状況で好きになれるか分からないが、まあ姉の心を決める何かがあったのだろう。それにしても流石私の姉、度量が広すぎる。

 そんな訳もあって、姉は混乱しながらもその環境の中で必死に夫婦生活を続け、結局はこう結論づけた。


 夫は姉の国の力が欲しかっただけで、自分を好きではないのだと。


 この王太子が姉を大切に思っている、という情報はもちろん姉も知っている。彼女の使う影はとても優秀だ。だが、それは結局「情報」であって、王太子が姉に向ける感情を把握はできても納得はできない。兄の時と同じである。結局、本人から本人の言葉で聞かないと、信じることができないのである。


 情報という武器を持ってしても、二人のすれ違う心を防ぐことはできなかった。

 むしろ、下手に情報があったからこそそれに便り、王太子と直接コミュニケーションをとることなくすれ違いに拍車をかける結果となってしまった。

 お互いに思いあっているのに、それを当人達だけがわかっていないのである。これほどもどかしいことがあるだろうか。


 姉が隣国へ嫁いでから、三つの季節が巡ったとき、姉は国へと帰ってきた。

 姉が帰郷する直前、隣国では王太子の唯一の息子である庶子をその祖父が立て、継承権を迫るという事件が起きた。王太子の後宮大改革に不満を持っていた貴族連中が中心で、姉に未だ子供がいないのが理由だった。嫁いで半年でどうしろっていうんだと呆れるばかりだが、つまり姉と夫の不和が隣国内でも目立っていたらしい。王太子の自業自得である。

 その上、元側室の一人が後宮に忍び込み刃物を手に姉へ襲い掛かった。間一髪、というか一緒にいた王太子に普通に取り押さえられたらしく、怪我一つない。発端は王太子のくせに姉にまで被害を広げるとは、この時点で王太子に対する評価は地底に達した。めんどくさい、そして使えない奴である。ハイハイ不敬。


 丁度国は繁忙期で、畑仕事に収穫祭の準備にと忙しかったが、家族も国民も皆姉を喜んで迎えた。改めて書くまでもないが、姉は人気者である。

 王族なんて式典のためにいるようなものだし、収穫祭までやることのなかった私は姉にくっついて離れなかった。もう隣国へなど返す気はなかった。もちろん本気である。

 だから、祭りの前日になんとお忍びでやってきた隣国の王太子の前でも私はきっぱりと言った。姉を幸せにできないのなら手を引けと。この半年間、何を見てきたのだと。不敬罪ですか? 場に父もいたので、多少の無理は通るかなーという小賢しい考えがありました。ええ。後から母と兄にがっつり絞られましたが、私は後悔も反省もしておりません。

 まあ、後悔をしていない大きな理由としては、私の言葉を受けた王太子がいくら非公式の場とはいえ他国の王族に深々と頭を下げた挙句、姉に対して殺気さえ感じる険しい顔で必死に「愛している」と口にしたからだ。これを聞いた姉がそれはそれは幸せそうに笑ったから、だから私は後悔なんてしていないのだ。


 収穫祭が終わり、王太子と姉は二人で貴族関係がだいぶスッキリとした隣国へと帰っていった。

 そう、「帰って」いったのだ。姉の帰る国は、もうこの国ではない。

 寂しいとも思うが、それ以上に姉の幸せを心から喜びたい。

 険しい顔で、それでもたどたどしく自分の気持ちを自分の言葉で伝えるようになった義兄に対し、姉の笑顔はもう陰ることはないのだ。


 さて、次は私の番である。

 大量の釣書きを抱える私を、両親も兄夫婦も不安そうにみつめてくるが、心配はいらない。

 何故なら、私には二人もの反面教師がいるのだから!


 私は絶対に、いちゃいちゃでらぶらぶで、平穏な恋の果てに幸せな結婚生活を築いてやるのだ!




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