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私の場合  作者: 72
1/3

1 兄の場合

 私の兄はこの時代における最高の教育を受け、税収という一生の収入があり、国王を親に持ち、実家は城という私の周りの未婚男性の中で一番の有望株である。ちなみに既婚男性も含めるなら国王である父が一番だ。

 そして、ここも重要だろうから記しておくが、顔も悪くない。身内の贔屓目を抜いてもカッコイイと言えるだろう。まあ王族にのみ伝わる紫紺の髪が目立つこともあって、私の周りでの評判はすこぶる良い。

 こんな完璧な兄の欠点と言えば、国民皆が声を揃えて言うだろう。独身であることだ、と。

 王太子という立場を得て随分と経つが、まだまだ死にそうにない国王の存在とどちらかというと自由恋愛推奨な国風によって、未だ王太子妃の座は空だ。相手がいないのか? いやいや、そういうわけでもない。私がいきなり兄のプレゼンテーションをし始めたのは仲人のためではなく、ただ――自分でも不思議に思うのだ。


 なぜ、完璧な兄が、たった一人の少女の前ではがたがたになってしまうのか。


 兄は別に結婚したくないわけではない。単に心に決めた人が中々プロポーズを受けてくれなかったと、そういうわけである。

 腐っても妹である私は、自分の生きてきた年数分まるっと兄と付き合って来たのだが、少女と相対する兄はその私が見たこともないほど愚かな立ち回りを繰り返していた。

 その少女、というのがもちろん兄の想い人であり、実はこことは違う世界から来た人だったりする。


 始まりは、私が溜まりに溜まった釣書きを見かねて、兄の元へと全部放り込んだことからだった。

 執務室が使い物にならなくなるほど溜めこむのも随分だけど、その様を見た兄がその足で王位継承前の最後の遊学へと旅立っていったのは流石にどうかと思った。でも何か言おうものなら私が片づける羽目になりそうだったので黙ってお見送りしました。兄の部下よ、本当にごめん。


 さて、国を出た兄は、それから数日もたたないうちに運命の少女と出会った。

 丁度国境辺りに位置する辺鄙な村で、邪教集団が召喚の儀式を行っていたのだ。理由は召喚物を生贄にして、わが国を――正確には国王を、呪い殺すというものだった。違う世界の生き物を召喚(笑)とかなんというファンタジー。魔法の飛び交う国の王女である私までそう思ったのに、なんと邪教集団のほぼオリジナルな召喚の儀式(笑)は成功してしまったらしい。その努力と才能を向ける場所が凄く間違っている気がする。まあ、召喚された者と入れ替わりに旅立って行った異世界で存分に生かして欲しいものである。

 それでまあ、もう予想はついていると思うけれどその時召喚された少女が兄の想い人である。

 こう言うと片思いっぽいからアレだけど、一応両思いです。少女の方はとても素直に好意を表してくれたからわかりやすかった。そう、わかりやすい、そこが兄に欠けている所なのだ。


 とりあえず、その出会いから兄が少女にプロポーズするまでの流れを言うと、まず少女は元の世界に帰る術を求めて旅立ち、邪教集団を潰した後(これも仕事だからね)そのまま兄も遊学と称してそれについていった。これは素直によくやったと言おう。世の中は女の一人旅には厳しくできている。知らない世界に一人きりな少女を放置するような兄じゃなくて本当によかった。

 それで、その旅の中で二人は徐々に思いを深めあっていき、なんやかんやあって思いを告げて、少女はこの世界に――つまり兄の元に残る決意をした。


 こ こ か ら である。


 幸せそうな少女とご満悦な兄が帰国してからが、兄のグダグダ劇場の始まりなのである。


 城へと戻った兄は、家族に少女を紹介した後、少女を 軟 禁 する。

 間違いではない。というか何を間違えても軟禁などという言葉は日常生活の中で出てこない。私にそんな物騒な語彙はない。

 少女が通されたのは、兄の後宮、つまり王太子妃が住む部屋だった。このことからして特別扱いなのは明らかだったが、それが「分かる」のはこの世界における常識がある私達だからなのであって、後宮という言葉自体に馴染みのない少女はそれはもうポカーンとしていた。いや確かに、私だっていきなり城の奥まった区画に閉じ込められて、「しばらく外に出るな」とかいうわけの分からない言葉だけで納得しろと言われても無理だ。


 なのに、兄はそれを少女に求めた。


 この辺りから、兄は信じられないような愚かさを露わにしていく。

 少女はとてもよく兄の言うことを聞いた。大人しく部屋や庭で一日を過ごし、これと言った要望一つ言わず、黙りこくって全てに従った。唯一、兄にだけは微笑みかけていたが、その微笑みすら痛ましくて見ていられなかった。

 少女が後宮に押し込められたのは、その命が狙われていたからだ。

 いくら自由恋愛推奨、と言っても王家と縁続きになりたいと企む野心家さん達はいるものである。というか凄まじい絶対王政のわが国において横並びの貴族達からちょっと飛び出たくらいで意味なんてないと思うのだけど、いるものはいるのだ。そんな野心家さん達にとって「身分」というものはとてもとても大切なものらしく、彼らからすると少女は油揚げをかっさらっていったとんびである。最早、人ではないのだ。だから、簡単に命を奪うという選択が出てくる。

 そんな情勢を、少女には説明した。何度も何度も心をこめて説明した。日増しに不安と諦念で染まっていく少女の表情を明るくしたくて、必死だった。同じように心配していた姉と共に訪ねていくたび、その時は輝くような笑顔を浮かべてくれるのに、一日も保たずその輝きは消えてしまう。

 もしかしたら私の話は信じて貰えていないのだろうか、と少女に尋ねた。少女は信じている、と答え、でも兄が何も言わないから、と言った。

 私がいくら言葉を尽くしても、兄の一言には敵わない。そういうことだった。


 兄の何が愚かかというと、少女を信じていなかったことだ。

 兄の言い分としては、愛する少女に心配をかけたくなかったと言う。だから、少女には何も知らせず何も伝えず、知らない内に自分が全て片付けてしまえば良いのだと。

 それは確かに、正しいのだろう。けれど同時に、愚かでもある。

 結局、兄は少女に愛を乞いながらも、それを全く信じていないのだ。ありのままを話せば少女が怯えるから、怖がるから、――兄から離れようとするかもしれないから。

 王族についてまとうどす黒い、欲望。少女がその厭わしさも恐怖も受け止め、その上で兄と共にあってくれると、それを兄は信じきれていなかった。そうでなかった時を考えると怖かったからだ。兄は少女を失いたくなかった。だから自分にとって優しい方へ、つまり少女が逃げないよう自分にとって都合の良いように少女を押し込めて動かした。

 これを愚かと、それ以外になんと言えばよいのだろう。


 元々感情表現の希薄な兄だが、少女はその兄の機微をよく理解していた。

 素直な少女が「好き」と口にしても、兄はその答えを音にしない。それでも少女は、ほんの僅かな兄の表情を読み取り、幸せだと笑う。

 理想的な二人だと思っていた。

 それが、目の前でどんどんすれ違っていくのを見るのは、とても辛かった。


 さて、この日に日に思いが食い違っていく二人だが、なんと! 愚かな兄はここでスーパープレイを見せる。


 プロポーズしたのだ!


 タイミング。なあ、タイミング。

 許されるなら思いっきり右ストレートで突っ込みを入れたい。

 案の定少女は悲しそうな顔をして保留とした。考えさせて、と。少女の兄に対する信頼は揺れていた。当然だ、相手から信じて貰ってないのに、自分だけ真っ直ぐに信じ続けるのは難しい。

 何の疑いもなくイエスの言葉を待っていた兄の、茫然とした顔に指をつきつけ高らかに叫びたかった。今どんな気持ちですか、と。


 この兄の行動は、少しどころではない衝撃を少女に与えたようで(当たり前だけど)、なんと次の日! 少女までもがスーパープレイを繰り出して見せた。


 城から脱走したのだ!


 タイミング……は、ある意味ばっちりだったと言おう。

 とりあえず兄と少女と二人並べてその頬をはたきたい。


 案の定手ぐすね引いて待ち構えていた野心家さん達に見つかり、襲われそうになった所で名誉挽回とばかりに兄が助けに入る。

 というか兄よ、野心家さん達全く懲りてないじゃないか。貴方は少女のためにここ数日何をしていたんだ。危機一髪で助けに入っただけでは全く挽回できていないと思う。


 結果的に、王族に連なるもの(一応婚約者という立場だった)に危害を加えたとして二つ三つの家が取り潰された。わが父は、こういう所はとても仕事が早いし、本当に容赦がない。多分、父は貴族というものをを竹の子のようなものだと思っているのだろう。そんなに言うほどにょきにょきと生えてはこない。


 さて、これでひとまずはハッピーエンドである。


 さんざん何故だ何故だと繰り返したが、私もわかってはいるのだ。

 あんなに何でもスマートにこなす兄が、少女の前では一転、愚かとも言える立ち振る舞いをしてしまう理由とは。正直、分からない、というよりも分かりたくなかった。

 人は、恋をすると愚かになってしまう。

 後宮の一室へと戻ってきた少女の前で、しみじみと語る。横では姉がうんうんと頷いていた。姉も私も、「恋」という感情にはもっと夢を見ていたかったのである。

 冒頭の兄のプレゼンテーション、それを少女に聞かせた後、兄の愚かな行動について私の知る限りすべて伝え、恋という言葉で締めくくり頭を下げた。兄と結婚してくれ、とお願いしたのだ。

 少女はそれを最後まで大人しく聞くと、穏やかな笑顔を浮かべて頷いた。

 なんとなく、もう大丈夫なのだな、と思った。

 暴漢に襲われ、兄に助けられて戻ってきてからというもの、少女の顔から笑顔は消えない。

 だから、きっと兄ももう大丈夫なのだろう。

 落ち着くまでは長かったし、起こした騒ぎは大事だったけど、よかったと思った。


 王族のみに許された紫のドレスを着て、兄の横に並ぶ少女の幸せそうな顔を眺める。

 それを見つめる蕩けそうな兄の表情は、やっぱり私の見たことのないものだった。


 兄が結婚し、私に姉が増えた日のこと。

 祝福される二人を見つめながら、私は姉と頷きあっていた。


 もし私達が恋をしたとしても、ああはなるまい。


 大騒動の末やっとゴールインした兄夫婦を反面教師として、私は普通にらぶらぶな恋をするのだ、と心に決めた。




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