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薄雲  作者: 山口ゆり
1980~90s
9/18

常夏

聡介&桐原リカ中学生編。

苦しい。痛い。泣きたい。どこかへ行ってしまいたい。

私にはもう、どこにも居場所がなかった。



受験に失敗して入った今の中学は、3つの小学校の卒業生から成っている。

私はもともとあまり人付き合いが得意ではないし、小学校の頃の同級生にも、新しく同じクラスになった子たちとも馴染めなかった。

きっとみんなも私のこと、好きじゃない。


そう思ったらいつものように哀しくなって、無意識のうちに屋上まで来ていた。

空は好き。

何するわけでもなく、手足を投げ出して見上げる。

ああ、この青に溶けてしまえたらいいのに―――。


ふと、隣で誰かが動く気配。

私は驚いて起き上がった。


「あ」


いくら何でも、私だって誰だか知っている。

中田聡介。彼に憧れている子は多い。


「あ、悪りぃ」


え。この人ってこんな人だったっけ。

私はまだぼうっとした頭をもたげて、彼を見つめていた。

確か、もっとこうクールで取っつきにくいタイプだという噂を聞いたことがあったような……。

彼は回れ右をして立ち去ろうとした。

何故だろう、私は、その腕をとっさに掴んでいた。


「え?」

「あ、え?あ……っと」


私自身がその行動に驚いていた。

でも何かあのままこの人が去ってしまったなら、もう私はこの孤独から抜け出せないと感じてしまった。だから。


「何、桐原さん」


また、びっくり。

だって私のことなんて絶対知るはずないと思ってたから。


「え、えーっと……」

「なんでこんなトコいんの」

「え……?あ、ちょっと……」


何を言ったらいいのか分からずに手を引っ込めようとしたら、見られてしまった。

腕に鮮やかに残る青を。


「あ、の、私がどくから……っ!」


やばい。やばい。どうしよう。

知られてしまった。きっと見られた。

他の誰に見られるより嫌だと思った。


「いいよ、別に」


彼はそのことについてまるで気が付かなかったように振舞っている。

そして隣に腰を下ろした。

私は盗み見た。長い手足。短くてさっぱりしている髪。

そして何より、綺麗な瞳。

こんな人、いたんだなーってなんか泣きそうになる。


「……痛いか?」


ふいに、彼が動いた。

目を合わせられない。顔を上げられない。

でも気付いてた。彼は私の青い腕をじっと見ている。


「……ううん、大丈夫」

「そっか」


うん。

ホントに痛くはないよ。これね、もう治らないだけなの。

それよりずっとずっと痛いのは、殴られ続けて血が止まらなくなった心の方。



「……あんたって、色白いな」


またふいに、そんなことを言う彼。

さっきからびっくりすることばかりで、息をするのも忘れてしまいそう。


「え?」


見つめられている。

見ないでほしい。

でも、見てほしい。

私はこういう風に人から見られることを、どこかで求めていたのかもしれない。


「まぁそんなこと、どーでもいいけど」


そう言って、彼はごろりと横になった。

私の青い両腕の上には、彼の藍色の学ランが掛けられていた。

嬉しかった。



結局私はそのまま1時間くらいそこにいて、彼を見つめていた。

不思議な人。

私、人間不信だったのに。

暴力を振るうから男の人なんて嫌いだったのに。

なぜかここには、彼の隣にいる今は、私がいてもいいって思えた。



私の家は父親と母親の仲がずっと悪くて、私はそれに怯えていた。

中学受験に失敗すると、母は私を切り捨てるようにどこかの若い男の人の所に通うようになった。

そんな母に苛立ち、そうさせた私に怒りをぶつけてきたのは父だった。

何度も叩きつけられた。

私は生まれてこなければ良かったとも思っていた。


だから私は。

私を取り巻く周りの世界から遠ざかることで生きていた。息を潜めていた。


そして今日、彼に出逢った。

初めて普通に話をした人。私をじっと見つめてくれた人。

その存在が全部、私の中に棲みついた。



それから何度もそこに足を運んだ。

いつでも彼はいてくれた。

何もしない。何も言わない。

ただ、そこにいて、私もいていいよって空気を持っていた。


彼は私に生きるための呼吸の仕方を教えてくれた。


私も彼には何もしない。何も言わない。それが私たち。

実際彼については色々家庭の不穏な噂を耳にしたけど、そんなの関係ない。

そこに彼がいて、私がいる。それだけで、良かった。


そして私の中で確かに時が動き始めた。

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