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薄雲  作者: 山口ゆり
本編
5/18

5.聡介と生きる意味

聡介には彼女がいる。桐原リカという、美貌の人。

お互い忙しくても1ヶ月に1回は会っていたし、それなりに付き合いも長い。相性も悪くないと思う。ずっと聡介のことを大切にしてくれている。

それでも、3年という時間を飛び越えて心に焼きつく幼馴染の顔。

未練がましいのかもしれない。それでもいい。

今はただ、あの子たちのように。



リカに告げた。

こうすることで彼女を傷つけてしまうことは分かっていた。

彼女との関係を思う時、自分にはこんな資格などないと思う。

でも聡介は覚悟を決めていた。

どんなに責められてもいい。むしろ別れる事で、自分を憎んでくれる事で、彼女が自分から羽ばたいてゆけるならその方がずっといい。

聡介が楽でいられるためだけに彼女の数年間は費やされてしまったのだから。


彼女は一度も目を逸らさなかった。

8年という時間は、やはり長すぎた。

彼女もそれを形にされて、やっと自分の中の彼の存在がとても大きいことに気付いた。

思い出す景色には、いつも彼がいた。

そして出来るならこの先に描く暮らしの中にも、彼にいてほしいと思う。

今、ここで手を離したら、もう二度と自分のところには戻っては来ない。

でも迷わず答えた。


さよなら、愛しい人。


知っていた。聡介が愛しているのは誰なのか。

知っていて好きになった。いや、そばにいただけかもしれない。

だってたった今気付いたのだから。彼が好きだったと。

聡介は優しかった。リカが生きてきた中で、きっと一番優しくしてくれたひとだった。

何も言わずただそばにいてくれただけだったけれど、彼は孤独の怖さを知っていた。

そこにいてくれるだけでどれだけ心が救われるかを知っていたのだ。

だから彼女も彼のそんな存在でありたかった。

束縛したくはなかった。

彼が彼らしく生きるのを、隣で見ていたかった。けれど、それは叶わない。

彼には好きな人がいる。その人のために歩き出す彼を、どうして自分が止められるだろう。


聡介は追い出された。玄関の前で深く礼をする。

どうか幸せに。心からそう祈る。



幼馴染の彼氏の所へ行くのは、勇気が要った。

開業間もない先輩医師は訪問外来に出ていて、聡介を待たせた。

聡介は待つ間、先月燃え尽きた美しい2つの光を思い出していた。


「おぅ待たせたな。いやー、参っちゃうわ。10月にもなると季節の変わり目だから体調崩す子供多くってさ」

「相変わらず忙しそうですね」

「まぁな。言うじゃねーか、医者は元気で留守がいい、って」

「何ですかそれ」


かかかっと笑う。

こんな風に笑うのに、大事なところによく気が付く優しい人。

子供が大好きで、「子供がほしい」が口癖だった先輩。

直視出来ずに下を向く。

すいません。今からあなたに酷いこと言ってしまいます。あなたの一番大事なことで。


「……決心、付いたみたいだな」


反射的に顔を上げる。この間別れてきた彼女と同じ目で、自分を見ていた。


「おいっ、若菜っ」


高井は自分の後ろにあるドアの奥に向かって呼びかけた。

聡介の心に物心付いた時から棲んでいた、小泉若菜が顔を出す。

混乱する2人。その男女を交互に見つめて、一番年長の医師は告げた。


「しかしまぁ長かったな、おふたりさん」

「あ、あの……」

「俺は今日が来ることを4年前から知ってたよ。ずーっと待ってたんだ」


中田、お前いい顔になったな。

若菜、お前も綺麗になり過ぎだよ。

さぁさ、こんな陰気臭い所出て、2人でどこへでも行け。


「先輩……」

「康太郎さん……」


俺からは、何も祝いの言葉なんかないからな。何せ今まで3人分の苦労、1人でしてきたんだから。

……だから、もう二度と戻ってくるなよ。


聡介は、深々と頭を下げた。若菜は声も立てずに泣いていた。

高井は2人の頭をグリグリ押すと、立ち上がらせて、押し出した。



こんな僕でもいいのかな。

先輩みたいに君を幸せにしてやりたいけど、まだまだ自信がない。

ただただ、そばにいたいだけ。

君にはいっぱい酷いことした。辛いこと言った。

それでも隣にいてくれるかい?

君がいてくれるなら、僕は一生懸命生きてゆける。


差し出された右手。本当はずっと繋ぎたかった。触れたかった。

まだ一瞬ためらったりするけれど、でも一度触れたなら、しっかり握って離さない。きっと。ずっと。


「聡介くん、ごめんね。……ありがと」


何で君が謝るの。

どうしてそんなに綺麗な涙を流してくれるの、こんな僕のために。


「バカだなぁ、何で泣くんだよ。泣きたいのはこっちだよ」


そうさ、さっきからずっとこらえてるんだ。それなのに君って人は。

やっぱり僕たちは、バカだね。大バカ者だ。

傷つけても、傷つけられてこんなに遠回りしてさえもお互いを失いたくないなんて。


「聡介くんが泣いたとこ、見たいな」


君のお許しが出たなら、いっそ泣いてしまおう。

そして僕の中から汚いものが全て出て行ったなら、きれいになった僕を抱きしめてください。

そして、怒ってほしい。今までの僕が、どんなに愚かだったかを。


「あ、泣いた。幼稚園の時以来だねー」


泣き笑う。傍から見たら、きっとバカな光景に違いない。それでもいい。


「聡介くん。あのね、私何にも出来ないけど、聡介くんのそばにいさせてください。ずっとそばにいたい……っ」


思いっきりその背中を掻き抱いた。腕の中で若菜は泣き笑う。

護りたい、君のその笑顔を。

君に会えて本当に良かった。ありがとう。

ずっとそう伝えたかったんだ。



僕はこれから命がけで、君を愛す。

それが、中田聡介の生きる意味だと知ったから。

一旦これで本編完結です。

ここからは時代を遡ったり未来に進んだりする番外編をお送りします。

楽しんでいただけたら幸いです。

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