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薄雲  作者: 山口ゆり
2000s
11/18

若菜

若菜&高井 本編中くらいです

高井さん。どうしてあなたはそんなに優しいんですか。

何も訊かずに放っておいてくれればいいのに。

あまり優しくされると、その大きな腕に包まれてしまいたくなってしまいます。


私は初めて逢った時から、彼が好きでした。

今でも……とても好きです。

あなたのこともとても好き。

でもこの2つはきっとずっと同じ重さにはなれないんです。

ごめんなさい。



幼稚園の時。

彼は『家族』という題で、輪郭しかない人間を真っ黒のクレヨンで3人、描きました。

あの時、描きながら泣く彼を見て、圧倒的に恋をしてしまったようです。


彼の家は、私の家の隣なんです。

お父さんは今、日本で一番有名な政治家さんです。

私は子供の頃一度もお会いしたことがありませんでした。

お母さんは茉里さんといって、私が知る限り4人目のお母さんです。

儚げな雰囲気の、優しい瞳をした人です。

幼稚園の時の彼のお母さんは、彼に優しくありませんでした。

だから私は、子供ながらに彼のそばにいたいと思ってしまいました。


小学校に入った頃、私は彼に嫌われてしまいました。

「そうくん」と呼ぶと嫌な顔をするので、「聡介くん」と呼ぶようにしました。



こんな話ばかりで、ごめんなさい。

そう言って俯く私の背中を優しく撫ぜてくれるあなた。

そんなことされると、もう枯れたと思っていた涙がまた溢れてきそうです。



中学生の頃。彼は何をするにも格好良かった。

私は他にも、たくさんの女の子たちが彼に見惚れているのに気付いていました。

私はと言えば、相変わらず嫌われていました。

ちょうどその頃、リカさんて人がいるのを知りながら、彼を毎朝迎えに行ってました。

リカさんは私と正反対で、とても綺麗でした。

彼と彼女が並んで歩いているのはまるで絵のようにお似合いでした。

それでも私、彼のそばにいたかったんです。

私が笑うと、彼はいつでも不機嫌な顔になりました。

でも思わず笑顔になってしまうんです。

彼が目の前にいることが嬉しくて。

私ってバカな女でしょう。


高校の頃。彼によく怒鳴られました。

その度に胸が痛んだけれど、仕方なかった。

私、知ってたんです。彼のお父さんは彼を、跡継ぎにするつもりだった。

でも彼はずっとお父さんを憎んでました。

彼、誰にも知られないように医大を受けてました。

それがバレて、お父さんともっと上手くいかなくなってしまっていたこと。

だから私、ずっと彼の前で笑ってました。

あなたは1人じゃない。

わたしがそばにいるよ。

いつか彼がそのことに気付いてくれますようにって願ってました。



あなたと出会ったのも、この頃ですね。

私、ずっとあなたが羨ましかったです。

彼と笑いあえるあなたが。


覚えていますか。

大学に入った頃、彼が家出をして2人で捜したこと。

結局彼はリカさんの所にいたのだけれど。

……ごめんなさい。

いっつも私とあなたの間には、彼という記憶がある。

優しいけれど、きっとあなたは本当は、そんなこと望んでるはずがない。



1年位前、お隣から封筒を渡されてしまいました。

尚行(ひさゆき)くんのお葬式の時、彼と話しているのを彼のお父さんに見られてしまったようです。

私、あの時本当に嬉しかったんです。

彼が小児科を選んでくれるなんて思いもよらなかったから。

私はもう何年も前に保母という仕事に就いていたでしょう。

あれは、彼が私を嫌いじゃなかった時代に戻りたくて、あの時代に触れていたくて選んだものだったんです。

彼はそんなこと思ってるはずもないけれど、でも彼も同じ世界に触れてくれている、という偶然の一致が嬉しかったんです。


でも良かった。

あなたがいてくれたから彼はしっかりと自分の道を進んでいけるようになったみたい。


お金が届いてすぐ、茉里さんが家に来ました。

そして、私のために頭を下げるんです。

「こんな酷いことをしてしまってごめんなさい」って。

優しい人。

そうやって泣くあの人は、遠い昔に見た彼の顔に良く似ていました。



本当にごめんなさい。

そして心からありがとう。

私にとって、あなたは大切な人です。


ねぇ。

そんな笑顔で私を見ないでください。

「君だけには心療内科もやってやるよ」なんて、私のこと甘やかしすぎです。


これからも、ちょっとだけそばにいさせてください。

ほんの少しでいいんです。

前に進めるようになるまで。

もう彼の話はしません。

なるべくあなたを見ますから。

あなただけを。

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