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薄雲  作者: 山口ゆり
1980~90s
10/18

雨の遊園地

聡介&若菜 中学生編

中学3年の晩冬。

受験を終えたら学校ではもう授業はなく、何故だか海の近くの人気のアミューズメントパークに学年で遊びに行く。

遊園地なんて、もう何年行ってないだろう。


班に分かれる。

一緒なのはみなみちゃんと中川(なかがわ)くんと、それから……聡介くん。

リカさんは違うクラスだから仕方ないんだ。

何回もそう自分に言い聞かせて当日を迎えた。



雨。それも気が狂ったように大粒で激しい雨。

バスの窓からは曇って何も見えない。

ただガラスの反対側を滝のように流れていく水を、ぼうっと見ていた。

こんな時、雨女で良かったって思う。

だってどんな顔して楽しめばいいんだろう。今ではもう、彼を見つめるだけで泣きたくなってしまうのに。

それでもどうしてもそばにいたいと願う心を持ち続けてしまうけれど。


「ひどい雨だね」


通路側で隣のみなみちゃんが言う。


「そうだね」


返す。

そしてそのまま通路の向こう側に座る彼を盗み見る。

彼はそれまでの私と同じように何も見えない窓の外を見ていた。

その横顔に目の奥がつんとなった。


ああもう、いつからこんな風になってしまったんだろう。

小さないらいらが、元のように彼とは反対側の窓の外の方に向かせる。

雨天決行。学校の決まり事を少し恨んだ。



遊園地に着いても雨脚は弱まらず。

まずは入り口から続くショッピングモールへ繰り出すことになる。


そこで気付いた。そして泣きそうになる。

私はロングスカートを履いていた。

中川くんがいつものように気を使って声を掛けてきてくれる。

私は大丈夫と言って先にバスから出るよう促す。

中川くんは優しいんだ。その優しさに時折甘えてしまいそうになる弱い自分がいる。



お洒落とはもう程遠くなったずぶ濡れのスカートに足を取られてよろめく。

右手に傘、左手でスカートが絡みつかないように持って、下を向いてとことこ歩いていた。

すると案の定誰かにぶつかってしまった。

傘がはじかれてよろめく。思わず傘を手放した。


「ごめんなさい……っ」


顔を上げる。


嘘―――。


哀しい瞳を持つ彼だった。

激しい雨の向こうには、聡介くんがいた。


「聡介く……」


くいっ。

無言のうちに、傾きかけていた体を起こされて彼の傘の中に引き込まれた。


「……バカ、ずぶ濡れ」


予想していた反応と全然違った。

思いも寄らなかった優しい声。

もっとなじられるかと思っていたのに。

無視されるかとも思っていたのに。

一瞬時を忘れて彼を見つめた。


聡介くんをこんなに近くで見るのは久しぶりだった。

きっと小学生の頃木から落っこちた時以来。

おかしいよね、あんなにずっと見つめ続けてきたのに今更また心臓の鼓動が早くなる。

左頬の顎のラインにほくろがあるのを見つけちゃったりして。

そしてそれは本当に一瞬のことだった。

引き寄せられた手が離されて、私はまたよろけて、傘の外に頭が出て濡れる。

冷たいシャワーに打たれて、それでも彼の体温を感じて、それにしがみつこうとして。


拒絶。


届かない手。


当たり前の反応。


これがいつもの私たち。


聡介くんの傘が離れてゆく。

気付かない間に彼が拾ってくれた自分のピンク色の傘を握り締めていた。



ねぇ聡介くん。

私はやっぱりどうしてもあなたの傘下にずっといることはできないのかな。

別々の傘を持たなければいけないのかな。

苦しいんだ。

自分でも気持ちがぐらぐらしてる。

ずっとそばにいようって勝手に決意したのにね。

あなたの辛さが痛いほど目に入るから。


これはわがまま。

そばにいるのは辛いのにわざわざそうしたがって。

リカさんいるのに支えてあげたくて。


どうしたらいいんだろう。


さっきみたいに優しい声を聞きたいよ。

もっと近くで見つめてみたい。


それはもう、叶わないのだろうか。



ずぶ濡れになった私に驚くみなみちゃんと中川くん。

やはり聡介くんはいない。

曖昧に笑って、こんなこともあろうかとお母さんが入れてくれてた大きなタオルで頭を包んで拭きながら、泣いた。


雨の遊園地。

誰もが皆、心から楽しむことができずにその思いは彷徨ってる。

そして私もまた、この雨の向こうの未来が見えずに彷徨っている。

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