第五章 逃走(桜木編)
「すげぇ・・・」
桜木は大通りを歩いていた。
しかしそれは桜木の知っているそれとは少し違う。
建物がまず軒並み高い。
遠くから見た時も凄かったが、近くでみるとその大きさはよりはっきりとわかる。
下から見上げるとどの建物も先っぽが見えない。
そしてどの建物からも人が多く出入りしている。
通りは多くの車が走っている。
車道の大きさはかなり大きく、仕事帰りの人などがたくさん歩いていた。
空は真っ暗なのに対して建物はどれもとても明るい。
どの建物にも電光掲示板があり、可愛らしいアイドルみたいな女の子が画面の中で踊っている。
とてもさっきまで川岸を歩いていたとは信じられない。
「なんだこれ・・・」
桜木の目を引いたのは地面だった。
しかし桜木の知っている一般的なコンクリートの地面とは全然違う。
全てが透明感のあるパネルのようなものでできていた。
歩くたびに桜木の靴と擦れてキュッキュという音がする。
なんの為にこのような地面になっているのか、それは桜木には検討もつかない。
とりあえず桜木はしばらく道に沿って歩いてみることにした。
飲食店などもたくさんあり、中では若者が楽しそうに飲んだり食ったりしている。
「あー腹減った。あの女許さねえ・・・」
桜木は腹が減っていた。
そういえばコンビニの弁当をちょうど食おうと思った時、あの女に体を動けなくされたんだっけ・・・。
桜木はポケットの中を確認した。
当然ながら財布など持ってきていない。
「糞、財布持っていく時間くらいくれれば良かったのにあの女。」
今更グチを言ってもしょうがない。
空はとっくのとうに真っ暗だ。
風は全く吹いていない。
桜木はこれからのことを歩きながら考えた。
あの女はここが2033年だと言っていた。
それが本当なのかどうかをまずは確かめたい。
そのためにはどうすれば?
桜木はアテもなくとぼとぼ歩く。
桜木は自分の周りを歩いている大勢の人を見渡した。
服装は俺の知っているそれとさほど変わらない。
20年経ってもファッションというものはそれほど変わらないものであろうか。
桜木は試しに近くのショッピングモールの中に入ってみた。
中に入ってみると中も大勢お
人がいた。
もう日も暮れているというのに凄いものだ。
どうやら1階は化粧品売り場のようだ。
・・・ここも桜木の知っているそれと全く変わらない。
桜木は奥まで進んだ。
行き着いた先には大きな本屋があった。
聞いたことのない本屋の名前だ。
思ってみればこのショッピングモールも全然聞いたことのない名前だったな。
それにしてもショッピングモールの中にある本屋にしてはとても小さな本屋である。
普通もっと大きいだろうに。
端から端までがとても小さな本屋だ。
大きさとしては駅の構内にあるような本屋と言えばいいのだろうか。
桜木は別段本に興味があるわけではない。
読むとしたらラノベくらいだろうか。
本屋からでようと思ったとき、入り口の所に新聞を売っていることに気がついた。
「そうだ、これで日付けをチェックできる・・・!!」
桜木は新聞を手にとって日付けをチェックした。
「・・・・やっぱりな。」
不思議と驚きはなかった。
今更というか、まあ覚悟していたというか・・・。
「2033年・・・か・・・。」
2033年というと桜木の住んでいたのは2013年だから・・・そっから20年後か・・・。
それにしても・・・あの女が言っていたことは本当だったのか。
「・・・どうしろっていうんだよ。」
桜木は本屋からでる。
大勢の人を掻き分けてショッピングモールの入り口からでる。
夜の街をひたすら歩く。
気温は少し寒いかな・・・。
地面のパネルと桜木の靴が擦れ合う。
その度にキュッキュッと音がする。
相変わらず不愉快な音だ。
桜木は空を見上げた。
月はない。星も一つも見えない。
「財布・・・持ってくれば良かったなあ・・・。」
訂正しよう。桜木はとても落ち込んでいた。
自分が20年後に来たという現実が受け入れられなかった。
自分だけがこんな面倒臭いことに巻き込まれる理由を知りたかった。
普通こういう時ってワクワクするものなのだろうか。
俺はゲームの主人公でもアニメの主人公でもなんでもない。
ただ、億劫で…そして何よりも...不安だ...。
ただ歩き続けた。ひたすら歩き続けた。
行き着いた先は交番だった。
それは桜木の知っている交番と大差なかった。
他の建物が立派過ぎるだけに、少し存在が浮いている。
桜木は迷いもせず中に入っていった。
「すみませーん。」
「はーい。」
奥の方から気の抜けた返事が聞こえてきた。
「どうしましたー?とりあえず座ってくださーい。」
桜木は用意されてた椅子に座った。お巡りさんも机の向かい側に座る。
しかし人が好さそうな人で良かった。
「とりあえずピーエヌを教えてくれませんかー?」
「ピーエヌ・・・ってなんですか・・・?」
「ん?パーソナルナンバー、PNののことですよ。腕に・・・あれ・・・つけてませんねえ。」
お巡りさんはそこで初めて目を細めた。
「申し訳ないないですが生年月日は?」
「・・・1991年10月5日です。」
「・・・・・なるほど。ちょっとここで待っててね。」
お巡りさんは交番の奥の方へ戻ってった。
桜木は胸騒ぎがした。
ここにいてはいけない気がする。
そういえばあの時俺の所に来た女はなんて言ってたっけ。
『これからあなたには20年後に飛んでもらうわ。そこに行ったらとにかく最初は逃げなさい。誰とも話しちゃだめ。いい?』
桜木は急いで椅子から立った。
交番から駆け足で出る。
全速力で交番から離れる。
大通りにはまだたくさんの人が歩いている。
後ろのほうで怒声が聞こえた。
桜木は振り返らない。ひたすら走る。
通行人が俺を見ているのが分かる。
何人か追いかけてきているのも分かる。
さっきのお巡りさんだろうか、それとも通行人であろうか。
桜木はもと来た道を走っていた。
さっき通ってきた川沿いの道にはいる。
さっきよりも道が細くて入り組んでいるぶん追っての目を誤魔化しやすいと思ったからだ。
「くそっ、どうしてこんな…!!」
息が苦しい。
吐き気もする。
唾液が不味い。
後ろの方からはまだ走ってくる音が聞こえる。
しかしここら辺は街灯が少ない。
20メートルくらい置きに1つあるかないかであろうか。
辺りは殆ど真っ暗だ。
「おい!よく探せ!このまま返す訳にはいかないぞ!」
とんでもない罵声が耳に届いた。
追手は5人くらいだろうか。
バイクとか車を使って追いかけてこないだけ幸いなのであろうか。
桜木は植木に身を潜めながら地面を見た。
ここはさっきの大通りと違ってパネル式の地面ではない。
どうやら全部が全部パネル式の地面ではないようだ。
「くそっ!こんなところに逃げやがって面倒だな!」
桜木は植木から身をだす。
急いで場所を移動する。
目の前に公園らしきものが見える。
桜木はそここ入った。
端のほうにトイレらしきものが見える。
桜木は一瞬そこに隠れようかと考えたがすぐにやめた。
追い詰められたら逃げられないと思ったからだ。
すぐに公園からでる。
そのときだ。
「見つけたぞ!そこの公園だ!」
桜木は全速力で逃げる。
道は一本道。
なぜばれた。
あいつらがいる位置から俺の場所は見えないはずだ。
桜木はとても疲弊していた。
もう走れない。
このままでは追いつかれる。
もうダメだ・・・。
交差点に差し掛かった。
その時だ。
車が右の角からでてきた。
黒い車だ。
運転席には白髪のジジイが乗っている。
「早く乗りなさい!」