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ああ、俺はこの状況に何から突っ込めば良いのだろうか。

取り敢えずは綺麗になったね、等とキザな野郎が言いそうな台詞でも唱えてみるべきか。

それとも年頃の青年らしく「む、胸があたってるんだけど……」と照れながらもこの柔らかく心地好い未知の弾力を指摘してやるべきか。

はたまた奇跡の再会の喜びと驚きにうちひしがれつつその勢いで昔話に華でも咲かせてみるべきか。


(――って違うだろ俺……!!)


ぐるぐると巡るしょうもない脳内会議を、俺はぶんぶん!っと大きく頭を振る事で何とか振り払い閉会とさせた。

頭の中で様々な意見を繰り広げていた小さな俺共は、本体の俺様の命には勿論逆らえずとぼとぼと消え去ってゆく。(という、あくまでイメージ映像である)

どうも俺という人間は、目前に不可解な出来事が降りかかると明後日の方向へ思考が走る癖があるらしい。

然し目の前のこれは紛れもない事実であって、俺の胸元に顔を埋める理衣子のぬくもりはしっかりと温かいものであって、それでいてむにむにと柔らかいものであって――。


(ってだから違うって言ってんでしょ俺ぇぇえ!!どんだけ欲望に忠実なの!)


一人であたふたとしている間抜けな俺と、そんな俺に抱きついたままの理衣子。

端から見れば何やってんだバカップル……という微笑ましい状況かもしれないが、それは断じて違う。

何故ならば、俺の背に回された理衣子の右手には何故か血塗れのナイフが握られているのだから。

ここは単なる閑静な住宅街の道端である。そして関係ないかもしれないが俺はしがない新米サラリーマンである。

仕事帰りで日も暮れているとはいえ、いつ誰が通るかも分からないこのような場所でこの状況は非常にマズイのではないか。


「ゆーくん……ほんとのほんとに会いたかったんだよ……あたし、あたし……すごく嬉しい……」


「……っ、」


いつの間にか理衣子は俺の顔を見上げていた。その顔は言葉通りの笑顔が溢れんばかりになっていた。しかも、理衣子の瞳には若干涙が滲んでもいて。

そんなに心底嬉しそうな理衣子を見てしまっては、そんな彼女を無下に扱う事は俺には到底出来なかった。

例え、理衣子の右手には平和な日常生活からかけ離れた物が握られていたとしても。


「……りーこ、とりあえず話は後で聞くから」


俺は理衣子の血に汚れていない綺麗な方の手を、半ば強引に引いて歩き出した。


「あっ、ゆーくんどこ行くのっ?」


「家だよ、家!」


「ゆーくんのお家ここら辺じゃないでしょ?」


「……今、仕事の関係で家出て独り暮らししてんだ」


「えっ、知らなかったぁ!そうなんだっ、ゆーくんも大人になったんだね、へへっ」


理衣子は俺に手を引かれるがままに、大人しく後をついてきている。

やっぱり理衣子は何も変わらない。俺に向けられるにへらとした笑顔は懐かしいものだった。かなり久し振りに顔を合わせたにも関わらず、理衣子は昔と変わらずに俺に気を許していた。

幼い頃から大人になるまでの随分と長い年月の間音沙汰もなかったのだから、いくら幼馴染みだったとはいえ普通ならば多少なり緊張するものなのだろうが、理衣子にはそれがなかった。


ただ異質なのは、理衣子の右手に握られた凶器だけだった。それはあの日の幼いりーこからは全く連想のつかないもので。


――一体、俺の知らない間に理衣子に何があったのか。


あの日の記憶から途切れていた先。

俺がそれを知るのは、家に着いてからの話で。

とにかく今は人目に触れぬよう、無事に帰宅する事が先決であった――。


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