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霞がかっている記憶の中で、それは唯一クリアな思い出。思い出だから、ゆったりと流れゆく時間を経て若干補正がかかっているのかもしれないけれど。
そしてそれは胸の中にひっそりと閉まってあった昔の思い出だから、あの頃とは違う日常生活の中では滅多に考える事もなかった。
けれどそれは自分にとってはくっきりと、鮮明な。それでいていつまでも、淡く儚い思い出として。
俺の中に在り続けていた。
単なる美化といえばそうなのかもしれない。
けれど、それは。
俺の中では特別で、忘れられないもので。
そんな思い出だから、擦りきれる程に焦がれるよりも、たまに夢に見る程度がちょうどいいと思っていた。
だからこそ、これもきっと夢なのだと――。否、夢ならいいな、と――。
彼女はあの頃と変わらぬ、邪気のない懐こい笑顔を俺に向けていた。
あの頃と変わらずに黒く艶やかな背中の半ば程まであるだろう長い髪の毛。
それを左右に少量まとめた毛束、変わったのはそれを結う結び目に飾られた髪飾りが、桃色のボンボンからの深紅のリボンになっているくらいか。
あれから何年の時が経ったのか、幼く小さく柔らかそうだった女の子。それは、昔の面影ははっきりと、然し必然と年頃の少女に成長していた。
白くて裾のやや広がった丈が長めのTシャツからちらと覗いた健康的なショートデニム。そこから、すらりと伸びた白い脚。
俺の大切な思い出と、その成長した身体以外はさして変わりはない。その面影は、思い出の中の彼女そのままだった。
……いや、その前に一つだけ。
一つだけ、あの頃とは明確に。気付かぬフリなど到底出来そうにもない変化があるのだけれど。
「……ゆーくん」
…ああ、こうやって。彼女が嬉しそうに友羽という俺の名を呼ぶ声も昔と全く変わらない。
だから俺も。
「りーこ……」
昔から変わらぬお互いの、呼び名。自然とそれを、呟いていた。
昔と変わらぬ、可愛い理衣子。いや、昔よりもずっと、綺麗になった。柔らかそうな小柄な身体は変わらないけれど…その、ちょっと。…胸の方も、昔のぺったんこなそれとは違って随分と柔らかそうな……じゃなくって!
違う、違うんだ。今はこんな風にもう会う事もないと思っていた幼馴染みとの再会に浸っている場合ではない。
だって、だって――。
「ゆーくん!会いたかったっ!」
――そう言いながら俺に抱き付いてきた理衣子の右手には、ベットリと赤黒い血液に塗れたナイフが握られていたのだから……。