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ずっとずっと、好き。  作者: るうあ
ずっとずっと、好き。(本編)
8/38

 晩夏の陽射しはじりじりと焼けるように熱い。

 リアネイラは額から流れる汗を拭い、それから再び柄を握る手に力をこめた。

 振り落とされた剣を受けるのは、リアネイラの護衛を勤める騎士セオドアスである。

 剣術を教えて欲しいとリアネイラに頼みこまれ、何度も断ったのだが、結局根負けし、やむを得ず引き受けた。

「わがまま言ってごめんね、セオ。でも、ありがとう! わたし、頑張るね!」

 満面の笑顔でそう言われ、セオドアスは苦笑し、頷くしかなかった。



 日々修練を続け、リアネイラの剣術の腕前は目を瞠る勢いで上達していった。それを喜んでいいものか、セオドアスは複雑な思いを抱えている。

 習い始めてからふた月の間は樫材の剣をリアネイラに持たせていた。今は真剣を用いている。細身で装飾の少ない、諸刃の長剣だ。

 剣をふるう機会など、リアネイラにはない。あってはならず、よしんば必要な事が起こったとしてもそのためにセオドアスがいるのだ。

 何ゆえに剣術を会得したいというのか。それをリアネイラに訊いても、曖昧な返答でごまかされてしまう。

「毎日じっとしてばっかりじゃ、身体なまっちゃうもの」

 馬術もセオドアスに習っているのだから、身体がなまってしまうことはないだろうに。

 ただ身体を動かしていたいという理由だけではないはずだ。リアネイラの、セオドアスに対峙している時の目に「お遊び程度」という軽さは微塵もない。

「やっ!」

 二度、三度、リアネイラは両手で剣を握り、上から、横から、足を踏み込み、思いきりセオドアスに斬りかかる。すべて受け止められるとわかっているからこそ、剣先をセオドアスに向けられるのだ。

 振り落とされるリアネイラの剣を、セオドアスは片手でいなしている。だがリアネイラに怪我をさせないよう、細心の注意をはらわなければならない。打ち込まれた衝撃をそのまま返せば、リアネイラに傷を負わせてしまうだろう。しかし反撃を与えねば、鍛錬にはならない。

 軍務棟で、やはり新米の騎士相手に剣術の稽古をつけてやることもあるが、そうした時のセオドアスは容赦なく、厳しい。相手を負傷させることも辞さない。もちろん軽傷で済むよう、必要な手加減はする。

 後輩の騎士達への「必要な手加減」はさほど難しくはない。だがリアネイラへのそれは、素人であることや女性であることだけが理由ではなく、セオドアスにとって、極めて困難なことだった。加減を誤ってしまうほどに。

「あっ」

 という声があがったのと同時に、剣がリアネイラの手から離れ、音をたてて地に落ちた。

「姫!」

 努めて顔色を変えずにいるセオドアスだったが、この時ばかりは慌てた。

「姫、お怪我は?」

「ん、平気。大丈夫だよ、セオ」

 リアネイラは笑って答える。言葉どおり怪我はないようだが、右手首を握っている。少しばかり、痺れがきたようだった。

「このくらい平気。本当に、どこも痛くないから」

 セオドアスに謝罪を言わせる間を与えず、リアネイラは落ちた剣を拾い、鞘に収めた。

「でも、ちょっと休憩」

 リアネイラは大きく息を吐き、長椅子に腰かけた。両手をつき、上半身をやや反らして、空を仰ぐ。

 風がリアネイラの赤みをおびた金の髪をなぶってゆく。後頭部で一つに束ねているのだが、動き回っているうちに乱れ、ほどけかかっていた。

「姫」

「え? あ、何、セオ?」

 暫時黙りこんで空を仰いでいたリアネイラは、傍に控えている騎士に顔を向けなおした。

「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃった」

「……姫、お疲れなのではないですか?」

 具合が悪そうには見えない。体調を崩しているようでもない。だが、いつもと様子が違った。

 今朝「お早う」の挨拶を言われた時にも、それは感じていた。

 心ここにあらずといった風で、何かにつけため息をこぼし、肩を落としていた。

 リアネイラは首を横に振って応えた。

「ううん、そんなことないよ。疲れてなんかないし、……元気だよ」

「何か、お気にかかることでもあるのでは?」

「……どうして?」

 リアネイラは小首をかしげ、セオドアスの顔を窺い見る。琥珀色の瞳には、何かを求めているような、あるいは探しているような色があった。

 セオドアスは返答に窮していた。「なんとなく、元気がなさそうに思えたのですが」と返せば、リアネイラはさらに気分を沈ませてしまうのではないか。余計な気遣いにも思われたが、セオドアスは上手く言葉を紡げないでいた。

 いつの頃からか、セオドアスはリアネイラに対して言葉を選ぶようになっていた。礼節を守った態度をとり、当たり障りのない言葉をリアネイラに返した。

 弁えねばならない事実が、セオドアスの前に線を敷かせていた。

 セオドアスは沈黙を抱え、困惑顔を向けている。

 リアネイラは深いため息をつき、そしてぽそりと小さく呟いた。

「このまま、時間がとまっちゃえばいいのに」

 リアネイラは視線を落とした。

 そこに見えざる境界線を見つけたリアネイラは、切なげにため息をつく。

 すぐ傍にいるのに、と。



 愚にもつかないことを言っている。

 リアネイラは大きく息を吐き出した。

 訊き返してきたセオドアスに対し、リアネイラはおどけた笑い顔を向ける。

「そう思ったこと、セオはない? 時間、とまっちゃえばいいのになって」

「…………」

「このままでいたいって思うこと、ない?」

 セオドアスは眉を僅かにしかめた。

 何故そのようなことを言い出すのか。リアネイラらしくない思考だった。

 思い当たることといえば、……それこそリアネイラらしくない理由だが、一つだけある。

 十日の後、リアネイラは十七歳を迎える。

 だが――……

「姫は以前、早く大人になりたいと仰っていましたが、今は、そうではないと?」

 セオドアスは問いを返した。

 幼い頃、リアネイラは常々そうこぼしていた。

 その理由は口にしなかったが、早く大人になりたかったのは、セオドアスに釣り合う年齢になりたかったからだ。

 リアネイラもまた、いつの頃から素直な気持ちを口にしなくなっていった。

 閉塞した環境の中にあって、リアネイラは遠慮がちになり、怖れることを知ってしまった。

「そんなことはないけど、でも、時々ふっと、時がこのまま止まったらいいなって思うの」

 リアネイラはセオドアスを見つめる。

「このままセオとね、ずっと一緒に、こうしていられたらいいのになって」

 リアネイラは肩をすくめ、悪戯っぽく舌を出して笑った。

「って、そんなわけにもいかないよね? 時間が止まるわけはないし、それに成長しないままでいたら、剣術の腕前だってあがらないもんね?」

 そう言ってから、リアネイラは勢いをつけて立ち上がった。その拍子に、髪を結わえていた浅緋色の細布がほどけた。

「あ、とっ」

 リアネイラとセオドアスは同時に布を掴み取ろうと、手を伸ばした。

 布を掴もうとして失敗し、よろけたリアネイラの身体をセオドアスは素早く支えた。手には、浅緋色の布が掴み取られていた。

「ご、ごめん、セオ。ありがと」

 肩を抱かれる格好となり、リアネイラは顔を赤くした。

「大丈夫ですか、姫?」

「う、うん、大丈夫」

 リアネイラは顔を背けたまま頷き、それからすぐに身を離す。

「わたし、行くね。汗かいちゃったし、着替えてくる」

 そして、踵を返した。セオドアスの顔を見ぬままに。

「じゃ、また後でね、セオ」

 リアネイラは振り返らず、駆け出した。甘い香だけをそこに残して。

 引き止めることもできず、リアネイラの残り香をその手に握ったまま、セオドアスは立ち尽くしていた。

「……リィラ……」

 浅緋色のそれを、セオドアスは口元に寄せた。

 時間が、止まればいい。

 セオドアスこそ、それを望んでいた。あるいは、戻ればいい、と。

 だがそれは空しい願いだった。叶うはずもない、願い。

 セオドアスはきつく目を閉じる。

 時は止まらず、戻りもしない。

 幼かった少女は美しい娘へと成長し、その琥珀色の瞳に宿る想いもためらいがちに募ってゆく。ひたむきなまなざしに誰が映っているのか、セオドアスは知らないではいられなかった。同様に、己の瞳に誰が映り、消せないでいるのかも。

 セオドアスは軽く息をつき、瞼を上げた。

 長椅子に置き去りにされたリアネイラの剣を掴むと、セオドアスは身を翻し、歩き出した。



 時間は止められない。

 想いもまた、止められはしない。

 だが抑え、隠さねばならない。

 戒めに心を締めつけられ、たとえ苦しくなっても。

 セオドアスは振り返らず、護ると誓った姫の許へと向かう。

 ――浅緋色の想いを、その胸に秘めて。


もともとこちらの「お題」は、口説きバトンとしていただいたものでした。

『雪』 『月』 『花』 『鳥』 『風』 『無』 『光』『水』 『火』 『時』

以上10点のキーワードをもとに気障台詞満載で口説き文句を考えようという「バトン」

せっかくなので、一本の話にまとめてみようと思い立ったものです。

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