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ずっとずっと、好き。  作者: るうあ
ずっとずっと、好き。(本編)
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scene.5

 月夜見の宴の会場は、王宮の一画にある小宮殿で執り行なわれた。招待客はせいぜい二百人程だが、その中には当然国王の実子もいて、賓客として特別の待遇を受けている。

 主催者である国王は、広間の奥の玉座につき、隣には正妃、その反対側の席には世継の王子がやはり妃を伴って座していた。

 とても近寄れるものではない。リアネイラは後込みをしたが、かといって挨拶をしないわけにもいかない。

 宴の出席者の大多数は、国王陛下と「お近づき」になるのが目的だ。夜空高く昇った主役であるはずの満月はもとより、宮廷楽団の妙なる演奏も、色とりどりの豪勢な料理も、それを堪能する者などいなかった。

「整理券でも配布しておけばよかったのに。挨拶すら、満足にできやしない」

 見る間に不機嫌になっていくリアネイラを、セオドアスは苦笑まじりに見やる。

 無事、国王陛下に挨拶を済ませた後のことだった。

(――父様に話したいことがあったのに)

 リアネイラは遠巻きに、ようやく玉座から離れた父を眺めやる。取り巻きの数は一向に減らず、一歩進むごとに増えているくらいだ。王妃の姿は見えないが、おそらくは別の場所にいるのだろう。

「大丈夫ですか、姫? 何か飲み物でもお持ちしましょうか?」

「うん」

 リアネイラは壁にもたれかかった。気難しい顔で腕組をしてさえいなければ、美しい「壁の花」だ。可憐な美姫という見た目を、しかめっ面が軽減させている。おかげで無遠慮に近づいて甘い蜜を得ようとする害虫の心配も、多少は減った。それでもやはり気遣わしげに、何度か肩越しに振り返りながら、セオドアスはリアネイラの側を離れた。

 そして、リアネイラも絶えずセオドアスの姿を探し、見えなくなると、背伸びをしたり、横に移動したりして、その背を追った。まるで、親に置いていかれた子供のようだ。リアネイラは苦々しく笑う。

(セオが離れてしまう。わたしの傍から……)

 たったそれだけのことが、こんなに心細いなんて。

 でも、わたしにいったい、セオドアスを引き留めておく権利があるというのか。

 リアネイラは、断ち切るように、その場から離れた。一人になろう。そう思い、おもてに出ようとした。

 その足を引きとめたのは、セオドアスだった。

 セオドアスが女性に引き止められ、何か話しているのが目の端に映ったのだ。そのまま立ち去ることはできず、リアネイラの足は、吸い寄せられるように、セオドアスに向かっていた。

「あの人……たしか」

 名前まではわからないが、たしかセオドアスの上司の娘だ。かなり前からセオドアスにご執心で、しつこく迫っていたのを何度か目撃したことがある。

 豊満な胸元、くびれた腰、豪奢なドレスが似合う体型はリアネイラには羨ましいかぎりで、つい見とれてしまう。泣きホクロが官能的な、派手な顔立ちの美女だ。その情熱的な性格に似つかわしい褐色の髪を、彼女は優美な手つきで梳きあげる。

 何を話しているかはわからない。露骨に近づくのも無作法な気がしたが、それでもどうしても気になってしまい、つい聞き耳をたててしまう。

 よく聞き取れないが、なんとなく、セオドアスが彼女の求愛を退けているらしいことは、彼女の表情から窺い知れた。

 眉をあげ、目もつりあげ、口元を歪ませる。信じられないとでもいった顔だ。

「俺に婚約者がいることは、もうご存知でしょう」

 セオドアスの、その声が聞こえた。

 だから、諦めてください。そういう意味あいでの、言葉だった。

 むろん、そんなことでむざむざひきさがる相手ではない。奮然と、彼女は言葉を返す。

 そのうちに、彼女は離れた場所で耳をそばだてていたリアネイラの存在に気がついた。セオドアスも、ほぼ同時に気がつき、少し困ったような顔を向ける。

「そちらが貴方の婚約者の、国王陛下の愛娘というわけですわね?」

 彼女は上体をそらせ、鼻を鳴らす。小ばかにし、毒気の強い嫌味を、皮肉な笑みとともに、吐いた。

 リアネイラを「身分の卑しい女の娘」と見下しているのがあまりにもあからさまだ。

 しかしリアネイラにとってそれは事実だったから、反論はしない。それに、その類の皮肉や嫌味には耐性がついていた。わずかに眉目を曇らせはしたが、涙ぐんで走り去るような無様なまねはしなかった。

「俺の婚約者を侮蔑するのは、やめていただきたい」

 気分を害したのは、セオドアスのほうだった。

 氷の刃ように冷たい口調に驚いたのは、彼女だけではない。

 肩を抱き寄せられたリアネイラは、とまどい、動揺した。

「たとえ誰であろうと、彼女を傷つける者を赦す気は、俺にはありません」

 冷厳な声と、眼。その迫力に、リアネイラも、身を竦ませるほどに気圧された。

「セッ、セオッ!」

 慌てふためいて、リアネイラは口を挟んだ。

「怒らないで、セオ、わたし、別に気にしてないから!」

「しかし姫」

「いいから! ね、もう行こ。外! 外行きたい、わたし!」

「…………」

 セオドアスの腕を掴み、強引に、リアネイラは踵を返し、歩き出した。

 唖然、あるいは茫然と立ち尽くす美女を、その場に置き去りにして。





 小宮殿の前庭は、それぞれ何箇所かに簡易なあずまやが設けられている。

 その一郭に、リアネイラとセオドアスは入った。屋根があるだけで、風は容赦なく吹きつける。

 月明かりが、二人の足元に黒い影を作っていた。

「すみません、姫。お気を悪くされたのなら、謝ります」

「……別に、気を悪くなんか、してないよ」

 リアネイラは背を向けたまま、応えた。両腕で自身の身体を抱きしめているのは、寒さのせいだろうか。

 セオドアスは上着を脱ぎ、それをリアネイラの肩にかけた。

「……ごめんね、セオ」

 小声で謝ってから、リアネイラは振り返った。そしてかけられた上着を、ぎゅっと掴んだ。

「ごめんね。立ち聞きなんかして」

「姫」

「やっぱり、ちょっと、気になって。でも、セオ」

 ようやく、リアネイラは笑った。きごちなく、硬い笑みだった。

「もうずっとあの女性から口説かれてるね? 綺麗な人なのに、セオは、ああいう人は嫌いなの?」

「嫌いというか、苦手、という感じで……」

「そっか。……そういうのって、あるよね」

 ほっとしていいものやらわからず、リアネイラは自嘲した。

「そういえば、婚約者って肩書きが役に立って、良かった。良いことも、ひとつくらいはあったっていうことになるよね?」

「姫、何を?」

「あのね!」

 リアネイラはセオドアスの声を遮った。

「あのね、セオ。言おうと思ってたの!」

 語尾に力がこもり、震える。

「わたしね!」

 言いさして、声が詰まった。けれどここで挫けてはいられなかった。

 リアネイラは顔を背けた。

「婚約のことは、父様に言って、取り消してもらうから。ごめんね、セオ。わがままで、こんなことになって。今夜も、つきあってもらっちゃって。でも、ちゃんと父様に言うから」

「姫、待ってください」

「わたしね、セオが好きだから。一等、セオが好きだから、セオを縛りたくないの。こんな形で、セオを縛りつけたくないの」

 全身の震えが、もう、止められない。せめて泣いている顔だけは、見られたくない。

 リアネイラは耐えきれず、再びセオドアスに背を向けた。

「だから、もうセオは自由になって。そうしたら、もう無理にわたしの傍にいることもないよ」

「…………」

「今までありがとう。セオのおかげで剣技も少しは上達したし、もう、一人で、大丈夫。護衛なんて、必要ないよ」

「嘘はやめてください」

「嘘……じゃ、ない」

 全部が、嘘ではない。

 一人で平気なわけはないが、護衛は、もう要らない。

「母様の、遺言なの。後悔するような生き方はするなって。望むままに、生きなさいって。わたしが望むのは……」

 もう、それはずっと変わらない。

 セオが好きだから、セオが幸せであることを望んでいた。その幸せの中に、自分も一緒にいられれば嬉しいけれど、無理に縛りつけることを、望んではいない。

「このままでいたら、きっと後悔する。セオを、逆らいようのない命令で縛って、それで幸せになんかなれないもの」

 リアネイラの足元に、幾粒も、涙が落ちる。それをセオドアスに気付かせないよう、声の震えを必死で、堪える。けれど、息遣いの荒さを隠すことはできなかった。

「だから、婚約は、破棄するよう、ちゃんと父様に言うから。すぐにでも、取り消すよう、言ってくるからっ」

 リアネイラは、勢いづけて歩き出した。宴の会場へ戻り、父である国王に面会するためだ。

 だが不慣れなドレスと踵の高い靴が、それを邪魔した。

「――ッ!」

 つんのめって、足首を捻り、転んでしまったのだ。

「痛…っ…」

 無様なこと、この上ない。その場にへたばり、立ち上がることさえままならない。

 泣き面に、泥団子でも投げつけられた気分だ。

 もう、ヤだ。格好悪い。だからドレスは嫌だって言ったのに。

 泣き言が、頭の中でぐるぐると回っていた。

 そんなリアネイラを我に戻したのは、セオドアスのたった一言だった。

「リィラ」

 短く、セオドアスはリアネイラの名を呼んだ。

 リアネイラは反射的に振り返った。次の瞬間に、セオドアスは片膝をつき、リアネイラの腕を掴んで、そして抱き寄せたのだ。

「リィラ」

 いつ以来だろう。セオドアスがリアネイラを愛称で呼ぶのは。

 リアネイラの鼓動が、さっき以上に速まる。

「……約束を、反故にするつもりか、リィラ」

 口調も、いつもと違う。懐かしいセオドアスのその口調に、さらに心拍数があがる。

「いつかの約束を、忘れたとは言わせない」

「約束……」

「…………」

 セオドアスは、首からさげていたそれをはずすと、リアネイラの手に握らせた。

 留め金の直った首飾りの、その先に下がっているのは、琥珀を嵌め込んだ銀の指輪だ。

「……これ」

 渡された指輪が、月光の下でわずかに光を弾かせる。

「この指輪、は……」

 母からもらった「お守り」だ。父王が、リアネイラを出産した時に贈ったという、琥珀の指輪。

 生まれた娘の瞳と同じ色の貴石を嵌め込んだ指輪は、母と娘を祝福した証だった。

「いつか返してくれと。その時は、俺の妻になるのではなかったか」

「……セオ、でも」

「俺の望みを、叶えてくれないか」

「セオ、でもわたし」

 嬉しいはずの瞬間だった。それなのに、まだどこか疑っている。

 リアネイラは困窮し、泣き顔を隠すこともせず、迷い、揺れる琥珀色の瞳をセオドアスに向ける。

「リィラの傍に、いさせてくれ」

「でも、でもセオ」

「でも、は、なしだ。答えて」

「…………」

 言葉では、答えられなかった。

 リアネイラはセオドアスの胸元をぎゅぅっと握りしめ、抱きつくしかできなかった。

「……セオ……」

 涙が、とまらない。

 冴える月光の下、もう不安も、寒さも、感じない。

 リアネイラは、抱きしめてくれるセオドアスの温もりで、ゆっくりと、静かに満たされていった。


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