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ずっとずっと、好き。  作者: るうあ
ずっとずっと、好き。(本編)
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scene.4

 乾いた青空が眩しい、秋の午後。キィノは悪戯っぽく笑って、リアネイラに訊いた。

「今夜宮廷である月夜見の宴、行くんだよね?」

 今夜、王宮で月夜見の宴があるらしいことは、昨夜、ハンナから聞いた。国王陛下主催の、私的な客だけを招く小規模な宴らしいが、その会にリアネイラも招かれたのだ。

「行かない」

 ふてくされたように、リアネイラは短く答えた。そう言うと思った、とキィノはさらに笑う。

「でも陛下もいらっしゃるんだよ? 顔出さなくて、大丈夫?」

「今から病気になる」

「またそんなことを仰って!」

 ハンナが大きな箱を抱えてやってきた。

「このように新しくドレスも新調したんですよ! 着ていただかなければ困ります」

「ドレスが困ったりするはずないじゃない。だいたい、似合いもしないドレス着たって、誰も喜んだりしないよ!」

 リアネイラは脱兎のごとく私室から逃げ出したが、脱走は失敗に終わった。セオドアスに引き止められてしまった。セオドアスが、リアネイラの腕を掴んでひきとめたのは、階段から転げ落ちそうになったからだ。

 助けてもらった礼を言うのを忘れない律儀なリアネイラは、「ありがとう」と「ごめん」を言い、セオドアスの背に回り込もうとする。

 セオドアスは困り顔をリアネイラに向けつつ、掴んだ腕を放さなかった。

 ハンナに協力するためではなく、リアネイラの身を守るためだ。

 このまま手を放してしまえば、慌てふためいている少女は、階段から転倒しかねない。

「姫様、今日こそ逃がしませんよ! 否が応でもこちらのドレスに着替えていただきますからね」

 ハンナは手早くドレスを箱から引っ張り出し、追いかけてきた。

「だから、やだっていうのに!」

「いいえ。もう陛下には招待を受ける旨、返事を差し上げました」

「ハンナ、横暴っ!!」

「なんとでも仰ってください」

 リアネイラと母ハンナのやりとりを愉快そうに眺めていたキィノだったが、ふと思いついて、口を挟んでみることにした。

「ねえ、リィラ。セオさんも、着てもらいたいんじゃないかなぁ、そのドレス」

 不意をつかれて、リアネイラとセオドアスは同時にキィノに顔を向けた。

「セオさん、リィラがドレス着ているところ、あまり見ないでしょ? だから見てみたいんじゃないかと思ったんだけど」

 セオドアスは少なからず困惑したが、キィノの真意をすぐに察し、その言葉に乗ることにした。

 リアネイラの腕を放し、微笑を向けた。

「そうですね。せっかくの機会です。着飾った姿を、是非見てみたいものです、姫」

「……っ」

 思わずのけぞったリアネイラだ。

「だってさ、リィラ」

 キィノはにやついて、乳兄弟の困惑顔を見やる。

 さあ、どうする? 悪戯な、キィノの甘言だ。

 セオドアスは、単にハンナの気苦労を思い遣って、キィノの言葉に乗っただけなのだろう。リアネイラは唇を噛んで俯いた。

 国王の招待を断らせないため、そう言ったにすぎないのだろう。でも、もしかして、少しは、本当に少しくらいは、着飾った姿を見たいと思ってくれているのかもしれない……

「……わかった。わかったよ!」

 ほとんど、やけくそだ。

「……行く。ドレスも着ればいいんでしょう?」

 リアネイラは振り返り、両手を腰にあてた。

「その代わり、セオも同行してもらうから!」

「それは、護衛なのですから」

「そうじゃくて! 同伴者として、一緒に行ってもらうの! だからセオも正装しなきゃダメだからね!」

「いや、それは……しかし」

 セオドアスは返答に窮した。リアネイラはお構いなしに続ける。

「だ、だって、セオは、今のセオは、……わたしの、こっ、婚約者なんだからっ」

 それだけ言うと、リアネイラは踵を返した。ハンナも慌てて後を追う。

 そして、押し切られ、反論する余地を与えられなかった困り顔のセオドアスと、笑い声を堪えている、急展開のきっかけをつくったキィノが、廊下に残された。



「まいったな、こんなことになるとは」

 大きなため息をつくセオドアスを、キィノは興味深げに見やる。

「母の分も、お礼を言いますよ、セオさん」

 リアネイラとはまた異なった視点で、キィノも長年、セオドアスを見てきた。今起こりつつある変化を、キィノは敏感に感じ取っていた。希望的観測というヤツかもしれないけどね、と楽観的な自分を抑えながらではあったが。

 幼馴染みの姫が幸せになること。

 そのために、できることはできうるかぎりでしようと思っているキィノだが、結局はリアネイラ次第なのだ。

「ともあれ。リィラを、今夜はよろしくお願いします、セオさん」

「……ああ、わかっている」

 余計な口出しだったな。

 キィノは、どうやら失言したらしい自分を笑った。



 夜の宴に間に合うよう、リアネイラの支度は大急ぎで整えられた。まさか湯浴みから始められるとは思わず、支度が済んだ頃には、リアネイラはすっかり疲れきってしまっていた。

 髪は結い上げられ、薄っすらと化粧を施された。裾の長いドレスは、下部にいくにしたがってひろがり、後方がやや長い。浅緑のドレスだが、金糸が織り込まれ、きらきらと光る。胸元は鎖骨が見える程度にあき、華奢な作りの金鎖の首飾りが、胸元に彩りをもたせる。

 一人の美しい淑女が、そこにいた。

 これで淑やかに笑んでいれば、王女として、一点の落ち度もないだろう。

 だが、美しく着飾った「王女」は、いかにも窮屈そうに顔をしかめ、ドレスの裾を邪魔臭そうに摘まんでいる。

「長いよ、これ。転ぶ。わたし、絶対転ぶ!」

 年に数えるほどしかドレスなど着ないリアネイラは、無様に転ぶことばかりを心配して、鏡に映る自分の姿より、床にひろがるドレスの裾ばかりを気にしている。

「キレイに仕上がったね、リィラ」

 とキィノが褒めてくれても、耳に届いていないようだった。

「姫様! そのように大股で歩かないように。躓きますよ」

 ハンナの助言に従おうにも、上手くいかない。ドレスの裾が足にからまって、今にも転びそうだ。

「面倒だなぁ、もうっ」

 裾を摘まんで楚々と歩けばよいものを、そのような歩き方に不慣れなリアネイラは、両手で思いきり裾をたくし上げて部屋を出た。

 が、ふと足を止めた。裾をたくし上げていた手の力が抜ける。

 正装姿のセオドアスが、そこにいたのだ。

「……姫」

 黒を基調とした礼服に着替えてきたセオドアスは、階段を昇る途中で、部屋から出てきたドレス姿の美しい「王女」を、まぶしげに見上げた。

「セ、セオ、お待た……せっ、とっ、とと」

 踵の高い靴にも慣れず、つんのめって、リアネイラは危うく階段から転げ落ちるところだった。

「大丈夫ですか、姫?」

「……ありがと、セオ」

 セオドアスは慌てる様子もなく、リアネイラを軽々と抱きとめた。

 セオドアスの広い胸には、乗馬や剣技の練習の時に、何度もこうして助けられてきた。それなのに、いつもと違う互いの格好のせいか、あるいは別の何か違う「変化」のためか、リアネイラの胸の鼓動はいつになく速く、息が詰まるほどだった。

「ごめんね、セオ。もう……、無様なとこ見せちゃった。やだなぁ、とてつもなく不安だよ……」

 照れ笑いをみせるリアネイラに、セオドアスは手を差し伸べた。

「転ばれないよう、私ができうる限りで守ります」

「…………」

 セオドアスは時々、リアネイラを耳まで赤くさせる台詞をさらりと吐く。

 セオドアスの微笑に、くらくらする。気が挫けそう。

 ……けど、もう迷わない。後悔しないために、行動を起すと決めたのだ。母の遺言の通りに。

 リアネイラは挫けかけた気を、必死で取り直す。そして毅然と顔を上げた。

「それじゃ、セオ、行こう!」

 セオドアスは、肩を僅かにすくめ、笑みをこぼした。

 決闘場に赴くかのような、リアネイラの口調だ。

 リアネイラは恥じらいを押しやって、セオドアスの腕を掴んだ。

 キィノは気楽そうな顔で「がんばれよー」と、ひらひらと手を振って見送る。慌ててついてきたハンナには、「しゃんと背筋を伸ばしてお歩きなさいませ」と窘められた。ハンナは宮廷まで付き従い、帰宅時まで控えているとのことだ。

 一歩屋敷を出ると、もう夜の帳は降り、空には豊満な月が昇っていた。

 月夜見の宴に相応しい、白々と輝く満月の夜だ。

 リアネイラは深呼吸をした。しんと冷えた秋の夜風と、凛と美しい月の光を、その胸の中に取り込むかのように。


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