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ずっとずっと、好き。  作者: るうあ
ずっとずっと、好き。本編以後の小話
21/38

愛しくて苦しくて…嬉しい

 窓ガラスを叩くのは、誰――?


 まどろみから覚め、リアネイラはゆっくりと目を開けた。

(――ああ、雨が降っているんだ)

 風雨が窓ガラスを打ち、雨粒を滴らせている。

 雨、いつ降り出したんだろう……。ずいぶんと激しく降っている。風も強い。

 窓ガラスを打つ雨音が室内の静寂さを際立たせていた。

 リアネイラは目だけを動かし、部屋の様子を窺った。

 装飾品の少ない、簡素な寝室。暖炉と椅子とテーブルが目に入った。

 暖炉の火は消え、薪は全て灰に変わっていた。椅子には衣服がかけられていて、テーブルの上にはティーカップとポットが使われたまま片付けられず、忘れ去られたかのように並んでいる。

 見知らぬ部屋ではないが、自分の寝室ではない。

 一瞬、思考が停止した。

(……え、え? ここって、もしかして――?)

 ここが誰の部屋か。その答がひらめいてからようやく顔の横にある「手」に気づいた。

 毛布を抱え込んで横向きに眠っていたリアネイラの顔のすぐ横に、大きな手がある。リアネイラが枕にしていたのは、「腕」だ。

 現状を知覚した瞬間に、身体が硬直した。

 腕の先には肩があり、当然のことだがその上には頭部がある。

 リアネイラは顔だけ振り返り、その頭部をちらりと見やった。

「……は……わ……っ」

 動揺のあまり奇声が漏れ、慌てて口を塞ぐ。

 リアネイラの見開かれた目に映ったのは、自分の護衛を務める騎士であり、そして婚約者でもある青年、セオドアスだった。



 セオドアスの目は伏せられ、まだ眠っているようだ。

「……っ」

 セオドアスの寝顔は、衝撃だった。衝撃のあまり、動悸息切れ眩暈が同時に起こり、心臓が情けない悲鳴をあげる。バクバク鳴り続ける心音が、異様なほど耳につく。

 とにかく落ち着かなくちゃ。落ち着け心臓っ! 深呼吸よ、深呼吸っ! と独語し、リアネイラは毛布を頭までかぶり、その中にもぐりこんだ。

 しかし、落ち着けるわけがない。

 昨夜のことを思いだすだけで、全身が熱くなる。

 目に浮かぶのは、セオドアスの甘やかなとび色の瞳。耳に残っているのは、熱のこもったセオドアスの囁き声。身体が痛むのも、胸が高鳴るのも、すべてセオドアスが残した情熱の刻印のためだ。

 リアネイラはそろりと毛布から顔を出し、改めてセオドアスの寝顔を見やった。

「……う」

 そしてまた鼓動が跳ね、絶句する。



 セオドアスとともに朝を迎えるのはこれが初めてではない。

 だが、セオドアスの寝室で眠ったのは初めてだった。……セオドアスの寝顔を見たのも。

「ひゃぁ、……どっ、どうしよっ」

 ためらいと恥じらい。その感情に、嬉しさが上乗せされた。

 もそもそと、身体を近づける。そしてセオドアスを見つめる。

 寝乱れた金の髪が顔の三方を縁取っている。リアネイラと違い、くせのないしなやかな髪質だ。

 髪より少し濃い色の眉と睫。セオドアスの優しげなとび色の瞳がリアネイラは特に好きなのだが、隠されていても、目元に優しさが浮かび上がっているようで、やはり好きな思いにかわりはない。

 眠るセオドアスに向かい、リアネイラはうっかり呟きそうになった。

「……セオ…………かわいい……」、と。

 言葉を飲み込んだのは、男性を形容するにはいささかためらわれる言葉のような気がしたからだ。それに、生意気な気もした。十も年上のセオドアスに対し、「かわいい」だなどと。

 ――けど……、とリアネイラは小さく笑う。

(やっぱり、なんか、かわいいな。無防備なセオって、初めて)

 胸が熱くなる。ほわっと、暖かな火が灯ったようだ。

 自分の傍らで、安らいで眠る恋人。その恋人の寝顔を見つめる自分。

 それだけのことなのに、こんなにも心が満ち足りて、幸せな気分になれるなんて。

 幸せすぎて……なのだろうか。

「――……っ」

 ふいに目頭が熱くなり、涙腺が緩んだ。

 リアネイラは慌てて毛布の中にもぐりこんだ。セオドアスに背を向け、身体を縮こまらせる。

 顔を覆い、声を殺す。全身に力を込めて涙を堪える。だが、上手くいかない。

(やだ、もう、どうしよう。どうしていきなり泣きだしたりなんか……!)

 焦り、困惑しているリアネイラの身体の上に、かぶさるものがあった。

 包み込むようにして毛布ごとリアネイラを抱く。その逞しい腕はセオドアスのものだ。

「リィラ、泣くのなら俺の胸でと言っただろう」

「……っ」

 セオドアスの低い囁き声に、リアネイラは身を竦ませた。全身にさっと鳥肌が立つ。

「あの、これは、そのっ、ちがくてっ! そのっ、悲しくて泣いてるんじゃ……っ」

「わかってる」

 わかってるから、とセオドアスは繰り返す。その声があまりに優しくて、またリアネイラは泣いてしまう。

「ごっ、ごめん、ごめんね、セオ」

「リィラ」

「なんか……いきなり泣けてきちゃって……もうっ、ほんとなんだろ、わたしっ」

「……リィラ、こちらを向いてくれ」

「セ、セオ、あのっ」

「頼む。背を向けたままでいないでくれ」

 セオドアスの切なげな声に、リアネイラは逆らえない。

「――……っ」

 リアネイラは身を投げ出すようにして、セオドアスに縋る。

 せめて泣き顔だけは見られたくない。リアネイラは毛布を掴んだまま、顔を胸に押し付けた。



 自分を支え、守り、包んでくれるセオドアスの腕があまりにも温かすぎて、泣けてしまう。

 セオドアスの優しい腕が離れてしまったら。

 セオドアスのとび色の瞳が自分を見つめてくれなくなったら。

 不安はとめどなく湧き上がってくる。

 だけど――、そんな贅沢な不安さえ凌駕する想いがある。

 切なくて、苦しくて、不安で……でもそれ以上に、セオドアスが傍にいてくれることが嬉しくてたまらない。

 ――セオが好き。

 尽きることなくこみ上げてくる、その想い。

 ずっとずっと、好きだった。唯一人、セオドアスだけを。

 もうずっと、この気持ちだけは変わらない。

 震える声を抑えて、リアネイラは繰り返し告げる。

 窓ガラスを打つ雨ように、何度も、何度も。

 ――セオが好き。

 涙の理由を、その一言に含ませて。


「落ち着いたか、リィラ?」

「う、うん……」

 上半身を起こし、セオドアスは問う。まだその腕にリアネイラを抱きしめたままで。

 リアネイラは涙を拭って、笑う。

「ごめんね、セオ。……それと、ありがと」

 そしてセオドアスの胸に頬を寄せた。

 心音が聴こえる。少しだけ速まっていて、自分の鼓動と重なっている。

 いつまでもこうしていたい。ずっと一緒にいたい。

 セオドアスも同じ想いだった。ただ、もっと物理的な意味もそれには含まれているのだが。

 セオドアスはリアネイラをさらに抱き寄せ、耳朶に接吻した。

「愛している、リィラ」

 セオドアスの甘い囁きに、一度は収まりかけた涙がまた溢れてしまう。

「…………もうっ、意地悪セオ」

 リアネイラは拗ねたように言い返すのが精一杯だ。

 セオドアスのやわらかな微笑には敵わないと、わかっているから。




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