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ずっとずっと、好き。  作者: るうあ
ずっとずっと、好き。本編以前の小話
12/38

甘雨降りて

「ねぇ、聞いて!」

 リアネイラの、その一声から始まる益体のない相談事、あるいはたわいないお喋りに付き合うのは、幼馴染みであり侍従のキィノだ。

 リアネイラが意気消沈し、あるいは意気軒昂に、「ねぇ、聞いて」と話し出すその内容は、大半はセオドアスのこと。

「相談っていうか、のろけだよね」

 キィノは肩をすくめて、笑ってみせる。

 片想いをしていた頃から、婚約を交わした現在にいたっても、それは一向に変わらない。

 はたして、今日の「ねぇ、聞いて」。それに続くのはいったいどんな内容だろうか。意気消沈した口調ではなく、かといって陽気な風でもない。が、好奇心に富んだ目をリアネイラはしている。どうやら泣き言ではないようだ。

「何、リィラ? 何かセオさんを困らせるようなことでもした? って、セオさんがリィラ関係で心底困ることって、ないよね?」

「そう! そうなのよ、まさにそれなの、キィノ!」

 リアネイラは身を乗り出し、キィノが淹れてくれたお茶を一口も飲まず、話し出した。

「セオって、わたしが何をしても言っても、あんまり困った顔をしないでしょ? そりゃぁちょっとは困ったなって顔して苦笑することはあるんだけど、びっくりしたり慌てたりすることってないよね?」

「あー、うん。そういやそうだね」

 キィノは顎をかき、いくつかセオドアスの表情を思い浮かべてみた。たしかに、大慌てで焦りまくっている顔は見たことがない。

 キィノは空を見ていた茶色の瞳をリアネイラに戻した。

「つまり、リィラはセオさんのそういう顔が見てみたいんだ?」

「う、うん。平たく言えば、そうなんだけど……」

 自分の考えをあっさり読み取られ、リアネイラは面食らったような顔をしている。

 リアネイラは実に分かりやすい。気持ちが素直すぎるほどに表情に出る。感情を抑えきれないことにリアネイラ自身はがっかりしているようだが、キィノはそんなリアネイラを好ましく思っていたし、それがリアネイラのいいところでもあると本人に言っていた。

「セオさんが驚いて焦るとこを見たいっていうんなら」

「うん」

 リアネイラは期待をこめてキィノを見つめる。キィノはにっと笑った。

「いきなり押し倒して迫ってみたら? さすがのセオさんもそれならびっくりするんじゃない?」

「な……っ!? そんなのできるわけないじゃないっ!」

 打てば響くような反応を示してくれるリアネイラだ。頬を真っ赤に染め、言い返してくる。キィノは予想通りの反応をしめしてくれたリアネイラを楽しげに見やり、クスクス笑っている。

「そりゃそうか。体格的に無理があるし?」

「そ、そういうことじゃなくて!」

「セオさんには不意打ちもきかなそうだしなぁ。あ、それにリィラは押し倒すまではいかなくても、迫りまくってるか」

「迫ってるっていうとなんか……ちょっと、やらしいんだけど。キィノ、最近厳しいっていうか、ちょっと意地悪じゃない?」

 リアネイラは突き上げるようにキィノを睨みつけてみるが、ちっとも迫力がない。

 キィノは含み笑っている。

 リアネイラはむっとして、それからちょっと拗ねた顔をして見せた。慌てたり怒ったり拗ねたり、本当にリアネイラは表情が豊かだ。

 ふぅと短いため息をつき、キィノはごく僅かに自嘲めいた微笑を口元に滲ませた。

 リアネイラにもセオドアスにも言えない思いがある。それが複雑な微笑を呼んだ。

 秘しておかなければならない、深刻な思いではない。ただ単に照れくさいのだ。むろんそれだけではない感情もあるが、それとても子供っぽい、自己満足のような感情だ。苦い思いではない。

 こんな風に、他愛ないお喋りをリアネイラと交わしている時、キィノはほんの僅かだが、セオドアスに対して優越感を持つ。セオドアスの知らないリアネイラの一面を、キィノは知っている。友人という立場だからこそ知りえる一面だ。

 その逆も然りで、セオドアスだけが知るリアネイラもいるだろう。それに対し、キィノは妬心を持たない。当たり前のことだと割り切っている。

 キィノにとってリアネイラは、おこがましいからさすがに口には出せないが、妹のような存在だ。仕えている「主人」という感覚は薄く、友人のような気持ちでいる。勿論、リアネイラが「王女」であることは弁えている。だがリアネイラ自身がその立場を苦々しく思っていることを知っているから、普段は侍従としての自分を前面には出さない。

 キィノは苦笑を飲み込み、さばさばとした口調で言った。

 リアネイラが持ち出した話題から、少々ずれた意見ではあったが。

「意地悪なんて言ってないんだけどなぁ。リィラが素直すぎなんだよ。何でも真に受けてばかりいないで、もっと人の言葉の裏まで読めるようになった方がいいよ?」

「……うぅ、キィノ、やっぱり厳しい」

「そりゃぁリィラのためを思って言ってるんだから厳しくもなるよ。セオさんが飴なら、オレは鞭ってとこかな。けど、人には向き不向きってあるから、リィラは今のままがいいのかもね」

「…………」

 リアネイラはちょっとだけ恨めしそうにキィノを睨みつけた。けれど顔に険はなく、ただちょっと情けないような顔をしていた。

 キィノは、さっきとは違ったやわらかい微笑みを浮かべ、リアネイラを見やった。



「セオさんの慌てふためく様はオレもちょっと見てみたい気もするけど、なんか今さらって感じもするんだよね」

 キィノは半ば強引に話を戻した。リアネイラは話を蒸し返してくるようなことはない。機嫌を損ねたとしても、根に持たないのがリアネイラだ。

「まぁ、セオさんはたとえ動揺しても、上手く隠せちゃう人だから分かりにくいんだけどね。それでも隠してるんだなってことくらいは分かるし」

「え、そう?」

 リアネイラは首をかしげた。赤みをおびた金の髪が、さらりと華奢な肩に流れる。

 わたしには全然分からないよ、と言った顔をし、リアネイラはまじまじと幼馴染みのキィノの顔を見つめた。

 キィノは小さく笑って返した。

「リィラに対しては、そりゃもう徹底的に隠してるってとこあるから、さらに分かりにくいかもね?」

「……なんかそういうのって、嬉しくないな」

「リィラ的にはそうかもしれないけど、隠したい男心も分かってあげなよ。リィラだって、セオさんにみっともないとこ見られたくないって思うだろ? それとおんなじ」

「それは、そうだけど……」

 リアネイラは不満げだ。むうっと口を尖らせる。だが、分からないでもない心情が、言葉の先を濁らせた。

「大袈裟に慌てふためいたりはしないけど、セオさんだってけっこう焦ってたり慌てたりしてると思うよ、リィラに対しては」

 感情の起伏が極めて平らかなセオドアスだが、無感情というわけではない。リアネイラが言うように、困ったり心配げだったり、微笑んでくれたりと、表情の幅はそれなりにある。そしてそれを、最近では見せてくれるようになった。ただの護衛役であった頃より、セオドアスの表情は格段にやわらいだものになっていた。

 リアネイラはそれが嬉しくてたまらなかった。嬉しくて、つい、もっと、と望んでしまうのだろう。

「セオさんの意外な……っていうか、めったにしないだろう顔を見たいってリィラは思ってるんだよね。そういう風に思うのも、リィラらしいけど」

「でも、やっぱりそれって、我侭?」

「我侭とは思わないよ。だってそれって、独占欲だよね? セオさんに対する。独占欲って言葉はキツいけど、もっと知りたいって思うのは、それだけセオさんが好きってことだよね。それ、セオさんが聞いたら、嬉しがるんじゃないかなぁ。セオさんだって同じことをリィラに対して思ってると思うし」

「そ、そうか……な?」

 ぱっと、リアネイラの頬に赤みがさした。素直な上、反応速度が速い。セオドアスのこととなると、リアネイラは他愛なく一喜一憂する。それもリアネイラの魅力の一端といえるだろう。

「リィラだけが知ってるセオさんの顔って、けっこう沢山あると思う。逆に、リィラの知らないセオさんもまだまだあって、だからリィラはもっともっとセオさんのこと知りたいって思うんだよね?」

「う、うん」

 こくんと、リアネイラは頷いた。あどけない少女のような顔をして。

 キィノはそんなリアネイラを可愛らしく思いながら、話を継いだ。

「もっと知りたいと思うから、これから先もずっと一緒にいたいって思うんじゃない? 知らない一面を少しずつ見つけていく、それが大切なんじゃないかとオレは思うな。もちろん、知らない面があるままだっていいと思うし。そうやってお互いの距離を確かめ合うのも、大事なことだよね」

「うん。うん、そうだね。そうだよね」

 リアネイラは感心しきって頷き、花がほころぶように、ふわふわと柔らかそうな微笑を浮かべた。

 そのあと、リアネイラはようやくキィノの淹れたくれた茶を飲み、「ありがとう」と言った。

 美味しいお茶への礼か、それともたわいないお喋りにいつも付き合ってくれる礼か、おそらく両方に対してだろう。リアネイラの晴れやかな笑顔に、キィノも笑顔を返した。


 ふと、キィノは窓の外に目をやった。

 ぽつぽつと、先ほどから細やかな雨が降り始めていた。

 冬間近い、晩秋の今日。晴天とはいかない空模様で、薄雲が紗のようにたなびいていた。風がほとんどないせいだろうか、気温はさほど低くなく、雨が降り始めても気温が一気に下がるようなことはなかった。

 セオドアスが軍務棟から戻る夕刻までには、雨も上がるだろう。

 木々の梢を僅かに濡らし、大地に多少の湿り気を与える程度のにわか雨だ。

 いつの間にか降り始め、気がつくと止んでいる。

 まるで、自分のようだな。――キィノは忍び笑った。

 自分を貶めてそう思うのではない。ただ、リアネイラにとっての自分の立場がそうであることを、キィノは自認していた。

 僅かにでも潤いを与える、ひと時の雨。

 リアネイラもきっと、自分の存在をそのように感じてくれているのだと思う。過不足なく降る、ささやかな雨のようだ、と。

 そう……呼び水のような存在なのだ、リアネイラにとってのキィノは。

 そういった存在でいられることをキィノは嬉しく思っている。


 キィノの微笑は、満足げなものだった。



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