ラーメン
短編小説 ラーメン
1
男は福岡市天神8丁目のビルの1階の出入口から出て来た。
出張の打ち合わせの仕事が終わったばかりである。
「ああ.終わった終わった。」
男は腕時計を見つめた。午後4時46分を針は指していた。
「ちょっと早いが、飯でも喰うか。」
そうゆうと地下鉄の方に歩き出した。
今日は午後7時30分の新幹線に乗って、広島まで移動である。
広島に着いてからだと、ちょっと遅い。
かといって今からのビールは早いか。男はそう考えた。
福岡と言えば、ラーメン、もつ鍋、水炊きなど、食べたい物がめじろ押しである。「今日はラーメンにするか。」
博多駅に行ってラーメンを食べるのが一番楽である。しかし男は考えた。せっかく福岡に来たのだから美味いラーメンが食べたい。どこか地元の美味いラーメン屋はないものか?
その時テレビドラマ孤独のグルメを思い出した。あの主人公も美味い物をもとめて町々を旅している。
よし、ここは博多駅に行かずに美味しいラーメン屋を探すことにしよう。
さてネットで探すことにするか。男はスマートフォンを取り出したが、そこで手を止めた。
まてまて地元で美味いラーメン屋を探すのであれば、地元の人に聞くべきだよなぁ。男はスマートフォンをしまいながら頷いた。
地元の人に聞くなら、タクシーの運転手が一番だろう。
そこで歩道の端に立ちタクシーを探した。そうすると黒いタクシーが、こちらに近ずいてくるのが見えた。
男は手を挙げてタクシーを止める。
「タクシー!」
ほどなく目の前で、第一博多交通と金色で書いたタクシーが停車した。
後席の自動ドアが開く、荷物を抱えて乗り込んだ。
「どちらにいきます?」運転手が声をかける。
見れば年配の運転手である。私より年上、年齢は60代ぐらいに見える。タクシー帽の頭は、みるからに薄く白髪混じりである。
「すみません。どこか美味しいラーメン屋に連れて行ってもらえますか?」
「おたく出張?どんなラーメン屋がいいの?」
「はい、出張ですけど、どんなラーメン屋があるんですかね?」
わからないのでオウム返しで聞き返した。
「福岡でラーメンと言えば、長浜ラーメンに博多らーめん 久留米らーめんとあるけど。」
えーそんなにあるんだ。全然知らなかった。福岡と言えば、とんこつ
ラーメンとしか思ってなかった。
運転手は見つめながら言葉を続けた。
「時間はあるの?」
「いや2時間くらいですか。博多駅で7時30分の新幹線に乗るんです。食べたら博多駅に直行ですね。おすすめのラーメン屋に連れて行ってくれればいいです。」
そう答えると自動ドアがバタンと閉まった。
運転手は前方に視線を移しながらタクシーを走らせた。
「今、福岡で人気があるのは、親不孝通りの博多らーめんシンちゃんだね。でもあそこは大勢並ぶから時間がかかるよ。次は博多二双も人気だけど、ここも観光客で多いね。ここから比較的近くて、おすすめと言えば元祖かなぁ」
おぉ元祖とはいい響き、いかにも美味そうだ。
「運転手さん、その元祖に行ってもらえますか?」
「OK,それでは元祖 長浜ラーメン屋に、ごあんなーい。」
運転手は方向指示器を出すとアクセルを踏んだ。
「運転手さん、ここからどのくらいの時間でつきますか?」
「15分くらいかな。この時間ならそんなに並んでないと思うよ。」
ん、並ぶ?並ぶということは人気店の証だよな。ちょっと期待しちゃう。
「お兄さんは、福岡は始めてかい?」
「はい、始めて来ました。福岡でのラーメンを食べるのが楽しみですね。」
「じゃぁ、替え玉ってわかる?」
「聞いたことはありますけど、どういうシステム化はちょっと理解してないですね。」
運転手はニヤリと笑うと得意げに話しだした。
「簡単に言うと、麺のお代わり。ラーメンの麺が無くなったら、替え玉って言うと麺だけ茹でて持ってくるの。」
「へぇーそうなんですね。おもしろいですね。」
なるほど、これは腹いっぱい食べれそうだ。
「あと茹で方もいろいろあってね。バリカタ カタ 普通 ヤワなどがあって好みで茹でてくれるんだ!」
運転手もラーメン好きなんだろう。テンションが高いのがわかる。
「運転手さん、おすすめの茹で方ありますか?」
運転手は右に方向指示器を出しながら答えた。
「私はカタかな。でもこればかりは人それぞれだからね。」
「なるほど参考になります。」
タクシーの時計は5時17分を指していた。
「はい着きましたよ。お客さんここです。」
タクシーの窓から元祖 長浜ラーメン屋の看板が見える。
タクシー代を運転手に渡して、荷物を持ってタクシーを降りた。
「お客さん、ラーメン楽しんでね。」そう言うと運転手は後席のドアをバタンと閉めた。
ここかぁ、見ればお客が5人ほど並んでいる。5人ぐらいなら、そんなに時間はかからないだろう。ドアの横に自動販売機がある。
まず食券を買うんだな。男は自動販売機の前に足を進めた。
2
男は自動販売機にお札を入れて食券を買おうとメニューを見入った。
チャーシュー麺、チャーシュー麺? ん? チャーシュー麺が無い。
見れば煮玉子も無い。あるのはラーメンと替え玉、替え肉、瓶ビール、焼酎、酒である。本当にラーメンだけとは逆にめずらしい。
しかしラーメンだけで勝負できるとは凄い店である。
「よし、ラーメンに替え肉と替え玉で、いざ勝負。」
私は3枚の食券を握りしめて列に並んだ。
店には2つのドアがあった。右は入り口 左は出口専用と書いてあった。右の入り口の前には5人が並んでいる。5分ぐらいして出口から2人の男女が出て来た。若いカップルである。
若いのにラーメンでデートとは、博多は面白い街である。
入口のドアが開くと豚骨のいい匂いが流れて来た。入口から列の先頭の2人が入っていく。次の男性の3人組の前で入口のドアが一端閉まった。あぁ、ニオイだけでお腹が鳴りそうである。
もうしばらく、まて、おちつけ。
そうこうしているうちに出口から7人出て来た。
入口が開く、前の3人に続き私も中に入った。
中は広い空間に赤い楕円形の大きなテーブルが4つあって、それぞれに木製の丸椅子が5つから6つ取り囲むように配置されていた。壁には走る子供とラーメンを持ってよける店員の絵があった。文字が一緒に書かれている。「あぶない!チビッ子は走らないで!」
実に面白い、他のラーメン屋では見たことがない店の造りである。
カウンターもないのは本当にめずらしい。ラーメン屋と言えばカウンター席のイメージだった私には斬新に思えた。
従業員は5人。厨房に1人、あとは配膳に4人である。
1人の店員が近寄ってきた。
店員が3人に声を掛ける。「茹で方どうしますか?」
「僕はカタ」「僕もカタ」「俺はヤワ」
3人が茹で方を店員に伝えた。
店員が厨房に声を掛ける。「3で2カタ1ヤワ」
なるほど、ラーメンしかないから入ったらラーメンを注文したことになるのか。だから茹で方のみ聞く。元祖長浜ラーメン屋ユニークで面白い。
今度は私の番、店員と目が合った。「茹で方どうします?」早速、キター。
「カタ麺でお願いします。」ちょっと渋めで注文してみた。
店員が厨房に声を掛ける。「カタいっぱい」
なぜか店員の声が心地よい。
冷水器で水を注いで空いている席に座った。
テーブルの真ん中にはコショウ、ゴマが筒に入っていた。
ラーメンのタレが白い大きめの金属ポットに入れてある。
赤い紅ショウガの存在感が半端ない。
次の客が入ってきた。
店員が声を掛ける。「茹で方どうしますか?」
「ベタ生で!」
店員の心地よい声が響き渡る。「ベターなまーいっぱい。」
ん? 生? 生で食べるの?しかもベタ生 ?????。
福岡のラーメン 恐るべし。
あとでネットで調べることにしよう。
そうこうしているうちにラーメンが運ばれてきた。いよいよ対決のゴングが鳴り響く。
3
テーブルの上にラーメンが置かれる。
見た目、シンプルなラーメンである。醤油ラーメンとは違うスープの色。キツイ豚骨臭いニオイではなく、麺は醤油ラーメンより細めという感じである。ネギの緑がいい色合いが実にいい。
レンゲはどこだ?キョロキョロと周りを探すと冷水器の横にあるのが見えた。おもむろに立って冷水器の横にあるレンゲを取って席に戻る。箸を割り食べる準備完了である。
「いただきます。」そう手を合わせるとレンゲでスープを取って口に運んだ。んー、うまい!率直な感想である。とんこつのギトギト ドロッと感はない、意外とあっさりしていて飲みやすいスープである。
どれどれ麺の方はどうかな?箸で麺を取って口に運ぶ。うん。カタメンで注文して正解である。スープとの相性も抜群でとても美味い。
「もっと濃い味でもいいかな。」ラーメンのタレが入ったポットを取ってタレを少し足してみた。さらに箸で麺を取って口に運ぶ。
んん、美味い、最高!納得の味に思わず笑みがこぼれる。
元祖長浜ラーメン屋にして大正解である。麺は少し多めだが、ペロリと食べあげた。うん、美味いので、いくらでも食べられるような気がする。よし替え玉を使用、食券を手に取って店員に見せながら声を掛けた。「すみません。替え玉お願いします。」
店員は「茹で方どうします?」と言いながらこちらを見た。
やはりここはカタ麺でいこう「あのーカタ麺でおねがいします。」
それを聞いた店員は厨房に向かって声を掛けた。「カタ、いっちょう」
その声がなんとも心地良い。
他にもラーメンや替え玉の注文が飛び交う。
そんな中、私の隣に男性客が座ってきた。
「やってますな!美味いでしょう。」その男性は声を掛けて来た。
見るとさっきのタクシーの運転手である。
「いやー、私も早めの夕飯に預かりに来ました。」
ニコニコしながらタクシーの運転手は水を一口飲んだ。
「いやー、美味いですな。乾いた喉にはとても美味い。」
「あぁ、先程はどうも。」私はお辞儀をしながら挨拶を交わした。
「私もここのラーメンを何十年と食べてましてね。しょちゅう来るんですよ。」ラーメンが好きなタクシー運転手であることはわかっていましたよ。私はニコリと微笑み返しで答えた。
「博多駅までタクシー使うんでしょ。私を使って下さいよ。」
「あぁ、ぜひお願いします。」そう答えりと私も水は一口飲んだ。
従業員がタクシー運転手の前にラーメンを運んでくる。
「さ、きたきた。」そう言うと運転手は箸を割ってラーメンを食べ始めた。
私の方にも小さな金属の鍋焼うどんに使う一人前用の鍋に入った麺が運ばれてきた。それを店員は私のラーメンどんぶりに注いで移した。
私はおもむろに腕時計を確認した5時46分、時間はまだ十分にある。
隣のタクシー運転手が声を掛けて来た。「懐かしいですな。セイコーのタイプⅡですか?実は昔、私も持っていたんですよ。」
タクシー運転手は口に麺を運びながら私の時計を眺めていた。
「40年前に買った始めての腕時計なんですよ。動くんで電池交換しながら使っております。」
「物持ちがいいんですな。腕時計も、さぞ喜んでいることでしょう。」
タクシー運転手は関心したような表情を浮かべた。
私は再びラーメンを食べることにした。ラーメンのタレを入れて、ゴマとコショウそして紅ショウガを更にトッピングした、替え肉を入れていざ勝負。
「いただきます。」麺を口に運ぶ。美味い。紅ショウガと一緒に食べてみる、味変も美味い。うん、食欲が止まらない。隣で声が聞こえる
「替え玉カタで!」タクシーの運転手もあっという間に食べ挙げて替え玉の注文をしていた。は、はやい!さすが博多のタクシー運転手!
だが美味いからだろう私もあっという間に半分を食べていた。
これは博多のラーメンにはまりそうだ。ラーメンは回転が速い、次々に客が入れ替わっといく。今日は来て良かった、当たりだ!満足の夕ご飯である。私とタクシーの運転手はラーメンを食べ終えると揃って店を後にして駐車場に向かった。
4
タクシーのドアがパタンと閉まる。運転手がバックミラー越しに、こちらを覗き込んだ。
「博多駅でいいんですよね!」
「お願いします。」
そうしてタクシーは駐車場を出て出発した。
夕方の博多の街並みも、また美しく見える。
タクシーの運転手は陽気な方で福岡の、うんちくをいろいろと話してくれた。
その話をひと通り聞くと、今度は福岡に個人旅行に来てもいいと思い始めていた。
お土産は明太子、ラーメン、博多とおりゃんせ(お菓子)が人気だね!タクシーの運転手の話は、とても参考になる。
そうこうしているうちにタクシーは博多駅の博多口に着いた。
「お客さん着いたよ。」
タクシー代を払うと扉が開いた。
「また福岡に来てね!」タクシーの運転手はにこやかにそう言うと
福岡の街に吸い込まれていった。
腕時計を見る、時間は6時36分を指していた。
「まだ時間がある、コーヒーでも飲むか。」ひとり言が思わず出てしまった。
博多口から駅に入るとスターバックスが見える。
その足でカウンターレジに向かう。
カフェオーレを片手に近くの席に着いた。
カフェオーレを口に流し込むとスマホを取り出した。
気になっていた、元祖長浜ラーメン屋のベタ生について検索をかけた。
まず生は茹で方の硬さで、バリカタより硬い麺らしい。そしてベタ。
ベタは油の量で、ベタ、普通、無しの三段階あって多めに油を入れてもらうことらしい。
なるほど、更に硬い麺に油多めということなんだ!
これを頼むのは、ちょっと勇気がいるな。と男は考えた。
更に口にカフェオーレを流し込んだ。ちょっとゆっくりした時間を楽しむ。
よし新幹線に乗る前にお土産でラーメンでも買おう!
そう考えて残りのカフェオーレを口に流し込んで席を立った。
店を出ると目の前に、博多土産銘品店というお土産屋が見える。
新幹線は反対の筑紫口だから、ここでお土産を買って10分くらいだ。
時間は6時57分を指している。男は博多土産銘品店に入っていった。
5
籠を持って店の中を見て回る。
お、これはお土産お菓子「通りゃんせ」だ。
男は「通りゃんせ」を手に取った。うん、これは会社仲間へのお土産にちょうど良い。あと家には、福山の明太子。
男は店の奥に目を向けるとラーメンのコーナーがあった。
「へえー、いろいろあるな。」
見れば、「博多らーめん しんちゃん」が置いてある。
よしこれを買おう、パッケージを取って籠に入れる。
その横を見ると「元祖 長浜ラーメン屋」のラーメンのパッケージ。
おぉ、これも買いだ!ひと通り店内を見て回るとレジに向かった。
レジには8人程が並んでいた。一番後ろに並んでふとレジの後ろの時計を見る。
「ん、んん!」男は自分の目を疑った。
何と7時18分を指している。慌てて自分の腕時計を見る。
腕時計の時間は7時6分。 しかし明らかに秒針が遅い、しまった
電池が切れかかている。この腕時計、10分ぐらい遅れている。
このままでは、新幹線に乗り遅れる。レジはほとんど動いていない・
男はお土産を元の場所に戻していった。
「あぁ、ラーメン買いたかったな!」しかし時間がない、明日は広島で仕事だ!この年で座れないかもしれない自由席はしんどい。やはり7時30分の新幹線の指定席に乗るべきだ。
店を出ると筑紫口に向かって走り出した。ゆっくりしてられない、
でもこの年で走るのはさすがにキツイ!
エスカレーターを駆け上がってホームに出た。
新幹線は来ている、発車のベルが鳴り響く、パルルルルル。
そのまま近くのドアになだれ込んだ。
「ま、間に合った!」ゼエゼエと肩で息をする。
新幹線が走り出した。
男はドアの窓から流れていく福岡の街並みを眺めた。
まさか、腕時計が10分近く、遅れているとは。
しかし、お土産のラーメン、買いたかった!
男は少し考えた、まてよ、今日は木曜日、明日は金曜日で土・日は休みだ。
「よし、決めた。」
明日、仕事が終わったら土・日は福岡に来よう。このままでは、悔いが残る。福岡に戻ってラーメンを食うぞ!お土産も買うぞ!
福岡をもっと楽しむんだ!
男は叫んでいた。
「待ってろ!!福岡!待ってろ!!博多!待ってろ!!ラーメン!」
新幹線はプヮーーンと警笛を鳴らしながらトンネルに入っていった。
終わり




