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9話 梟の凱旋

王都へ続く街道は、前線の泥濘とは無縁の石畳だった。 だが、レノにとってはこの場所のほうがよほど息苦しかった。


「おい、邪魔だと言っているだろう! この薄汚い獣が!」


怒号が響く。

行軍の足を止めたレノが幌の隙間から外を覗くと、検問所でトラブルが起きていた。


正規軍の鎧を着た人族の兵士数名が、獣人の行商人の荷馬車をひっくり返している。散乱する野菜。怯えて震える獣人の親子。


「くっ……!」


すぐさま、後方から影が飛び出した。ゾラだ。 彼の全身から殺気が立ち昇る。ジョブスキル「獣化」を発動する前兆で、その瞳を赤く染めていた。


「やめろ、ゾラ」


しかし、その肩を掴む手がひとつ。 レノだった。


いつの間にか馬車から降りていた彼は、ゾラの殺気などどこ吹く風で、兵士たちの前へと歩み出る。


「あ? なんだお前ら。第9大隊……ああ、あの懲罰大隊かよ」


兵士の一人が、レノの階級章を見て鼻で笑う。


「おいおい、部下の躾もできねえのか? 獣は鎖につないどけよ」


「ええ、躾のなっていない部下を持つと苦労しますよ。……お互いにね」


レノが冷ややかな声で言い放つと、場の空気が凍りついた。


「なっ……貴様、誰に向かって」


「軍法第13条。作戦行動中の友軍に対する進路妨害、および物資徴発の阻害行為。……そこの荷馬車、我々が現地調達した『重要物資』なんですがね」


レノは散らばった野菜を靴先でつついた。もちろん、そんな予定はない。ただの言いがかりだ。

だが、レノは懐から分厚い軍規の冊子を取り出し、ペラペラとめくる。


「……どうします? 今は戦時下なので、即決裁判ならあなた方の階級剥奪と、前線送りは免れませんが。もしかすると我々の部隊に着任できるかもしれませんよ。」


レノが追撃の一言を放つと、兵士たちの顔から血の気が引いた。彼らは安全な場所で威張り散らしたいだけの小者だ。前線の地獄など、想像するだけで震え上がる。


「ちっ……運が良かったな、獣ども!」


兵士たちは捨て台詞を吐き、逃げるように検問所の中へ引っ込んでいった。


「……ちっ」


ゾラが舌打ちをして、散らばった野菜を拾い集め始める。

行商人の親子が涙ながらに礼を言おうと近づくが、レノはそれを手で制した。


「礼ならいりませんよ。ただ邪魔で通れなかっただけだ」


そっけなく言い捨て、再びボロボロの馬車へと戻るレノ。 その不器用すぎる「守護者」の姿に、ミラは小さくため息をつき、ゾラは気まずそうに耳をかいた。


ミラは懐から財布を取り出すと、中身を見て一瞬、眉を下げた。入っていたのは、薄っぺらい銀貨が数枚だけ。彼女の全財産に近い。


だが、彼女は迷わずそこから3枚を取り出し、行商人の荷台にそっと置いた。行商人の荷台にそっと置いた。 「野菜の代金です。」 彼女はそう微笑みかけると、颯爽と馬に乗り隊列を追いかけた。


獣人の子供が、去り際の第9の背中を見て、「かっこいい……」と目を輝かせているのが聞こえた。ゾラはばつの悪そうに肩をすくめて振り返らなかったが、耳が少しだけピンと立っているのを隣に並んだメラに気付かれていた。




ーーそして数刻、太陽王国の王都「ヘリオス」。


白亜の城壁に囲まれ、魔法灯が輝くその都市は、繁栄の象徴だった。


しかし、第9大隊の面々にとって、そこは敵地よりも一番居心地の悪い場所だった。


前線の鉄と腐臭とは違う、香水と馬糞が混じったような都会の匂い。行き交う人々は清潔な服を着ているが、その目は泥の中の兵士よりも濁って見えた。


結果的に2日早くついたため、彼らは王都の倉庫に駐屯することとなったそうだ。


大通りを行進する彼らに向けられるのは、恐怖、侮蔑、あるいは「汚いもの」を見るような冷ややかな視線。

煌びやかなドレスを纏った貴婦人が、泥にまみれたミラの軍服を見て、扇子で口元を覆い目を細める。


「……視線が痛いですね」


馬上のミラが、表情を殺して呟く。レノはあくびを噛み殺しながら、空を見上げた。


「気にしたら負けだ。」


レノの視線の先には、街の中央にそびえ立つ王城があった。

その最上階からは、強烈な魔力の残滓を感じる。規格外の、あまりに清廉潔白で、それゆえに不気味な光。


(……差別、腐敗、無能な上層部。そして、エルフ族の未曽有の大規模侵攻…。この国もどうなることやら)


レノは心の中で毒づく。 幼い頃から感じていた違和感が、確信に変わりつつあった。

この世界は、まるで誰かが書いた三文小説のように「出来すぎている」。善と悪が単純化され、持たざる者が踏みつけられるように設計されている。


「……反吐が出るな」


小さく呟き、レノは王城の頂を見据えた。 そこには黄金のオーラを纏う第1の化け物たちと、軍上層部が待ち構えているはずだ。


「行くぞ、ミラ。……化け物屋敷への招待状だ」


死神レノは、その双眸に暗い光を宿し、光輝く闇の中へと足を踏み入れていくのだった。

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