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6話 梟の休息

営倉とは名ばかりの、地下倉庫のような場所に第9大隊は押し込められていた。湿っぽく、カビ臭い。壁からは地下水が染み出し、床の冷気が彼らの傷ついた体を芯から冷やしていく。


だが、彼らにとっては、いつ敵襲があるかわからない泥の塹壕と比べれば天国だった。


「はは、第8に護衛してもらって、第8の物資で手当てを受けられて、案外レノの言う通り感謝した方がいいかもしれねぇな」


誰かがそんな軽口をいうと、ドッと笑いが起きた。


「……はい、次。ゾラ、傷口見せて」


「ちっ、かすり傷だ。ほっとけよラナ。それより、メラの方を見た方がいいんじゃないのか。」


「メラは魔力補給が必要だけど、怪我はないわ。あなたの場合、化膿したら腕を切り落とすことになるわよ。そっちの方がいいの?」


 部屋の隅で、けだるげな目をしたウサギの獣人ラナが治療を行っていた。ジョブは獣人族では極めて珍しい「ヒーラー(治癒術師)」。 だが、彼女が使うのは教会が教える清廉な「聖魔法」だけではない。


得体の知れない薬草や、時には毒すら用いる独自の治療法だ。


彼女はかつて、貧民街で金のない人々のために「闇医者」をしていた。免許を持たず、禁忌とされる術を使ってでも命を救う。それが教会法に触れ、この懲罰部隊へと送られてきたのだ。


「隊長、あなたもですよ。こっちに来てください」


ラナに呼ばれ、レノは腰をかけていた木箱から起き上がった。


「俺は問題ないよ。ずっと後ろで見てただけだし」


「嘘ですね。顔色が死人のようです。魔力欠乏の一歩手前ですよ」


ラナはレノの手首を掴み、脈を診る。彼女の赤い瞳には、レノの全身を走る魔力線が、断線寸前の電線のように赤黒く点滅して見えていた。


あの撤退戦で、レノは数百人の敵の「殺気」を常時感知し、数十人の部下に同時並行で指示を出し続けていた。その脳への負荷は、魔法使いが極大魔法を放つのと同等か、それ以上だ。


「……無茶苦茶ですね。普通の人間なら脳が焼き切れてますよ」


「俺は天才だからね。脳のつくりが違うのさ」


「そういう減らず口は、健康な時に言ってください」


ラナは、怪しげな紫色の液体が入った小瓶をレノに手渡した。レノは小瓶を受け取ろうとしたが、指先が微かに震えて上手く掴めない。


「これ、なんの薬?」


「気付け薬と、魔力回路の鎮痛剤。あと、栄養剤を少々。……味は保証しませんが」


レノは彼は震える手で強引に小瓶をつかむと、一気に飲み干し、顔をしかめて悶絶した。泥水の方がマシな味だった。


「腐ったトカゲの尻尾を煮詰めたような味がする……」


「あら正解。トカゲの尻尾は滋養強壮に効くんですよ。ただ鮮度が問題で…」


そうはいいつつも、頭の中の霧が晴れていくのを感じた。


「……ふう。効くな、これ」


「私は教会のお偉いさんみたいに、『寄付して祈れば治る』なんて言いませんから。治せるなら、毒だって使います」


ラナは自嘲気味に笑った。 獣人だからと「聖女」になれなかったはみ出しもの。しかし、レノは空になった小瓶を振りながら言った。


「俺は祈りも奇跡も信じない。ラナは、第9部隊の聖女だな」


レノはラナの目をまっすぐに見つめた。


「お前が治したから、ゾラも他の連中も生きている。それが全てだ。……ラナはいい医者だよ、ラナ」


「……っ」


ラナは驚いたように目を見開き、それから少しだけ顔を赤らめて、帽子を目深に被り直したが、耳がピコピコと動いた。


「……お世辞を言っても、追加の薬は出しませんよ」


「ああ、二度も飲みたいような味ではないさ」


倉庫の隅で、獣人たちが安らかな寝息を立て始めている。不条理な扱い、冷たい床。  だが、ここには確かに「仲間」と呼べる体温があった。


レノは再び木箱の向きをかえて枕にして横たわり、目を閉じる。 つかの間の休息。

だが、それは唐突に破られた。


カツーン、カツーン……。


静寂な地下廊下に、重厚な軍靴の足音が響いてきたのだ。  憲兵のものではない。もっと重みのある武人の足音。


「……おや。予想より早いお客さんだ」


レノは閉じていた目を薄く開け、ニヤリと笑った。


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