49話 魔王と平和の街3
「……下がっていろ、ヴァルガス。」
アークが静かに制止する。 バハムートから放たれる魔力の奔流は、肌を切り裂く暴風のようだった。だが、アークはマントを靡かせながらも、一歩も引かずにその圧力の中を歩み出る。
「龍王よ。私は父王ゾルタークの影ではない。 そして、組み込まれた歯車でもない。」
アークの瞳の深紅が、バハムートの金色の瞳と交差する。
「私はアーク=ヴァン=エクリプス。 この止まった世界を、再び回すために来た。龍王が動かぬというなら、私が先に進む。」
アークの全身から、バハムートの圧力に拮抗する覇気が立ち上る。それは力による威圧ではなく、王としての「格」による存在証明だった。
数秒の、しかし永遠にも感じる睨み合いの後。
フッ、と唐突に空間の圧力が消えた。
「……似ているな。魔王に就任する前の、あの馬鹿真面目だったゾルタークに」
バハムートは玉座に深く腰を下ろし、興味を失ったように手を振った。
「去れ。これ以上、我らが眠りを妨げるな。 我らは此処で滅びゆく定めに従う。其方の覇道に加担することはあり得ぬ。」
「交渉決裂か。……残念だ」
「だが、敵対もしない。我らは石だ。石は転がる者に関心を持たぬ。 ……ただし」
バハムートの鋭い視線が、イグニスに向けられた。
「イグニス。お前は龍人族の調和を乱す異物だ。 王として、この国に置いておくわけにはいかん。」
「お父様……?」
「『追放』を命じる。 二度とこのアガラムアの地を踏むことは許さん。そのか弱き魔王と共に、野垂れ死ぬがいい。」
それは絶縁の言葉だった。しかし、その声の響きには、拒絶ではなく、隠しきれない祈りのような感情が混じっていた。 ここに留まれば、彼女もまた「死んだ魚の目」になる。だから、突き放すことでしか、愛娘の翼を守れなかったのだ。
イグニスは唇を噛み締め、涙をこらえて父を睨みつけた。
「……上等よ! 言われなくても出て行ってやるわ! 見てなさいよクソじじい! 私は絶対にあんたより自由に、高く飛んでやるんだから!」
「……行け。気が変わらぬうちに」
バハムートは背を向けた。その背中は、最初よりも少しだけ小さく、そして寂しげに見えた。
***
アガラムアの国境を出たあたりで、一行は足を止めた。 イグニスは一度だけ振り返り、白い塔の街を見つめると、乱暴に涙を拭って前を向いた。
「さぁ、湿っぽいのは終わり! ねぇ魔王! 私を雇うんでしょ? 安くないわよ!」
「ああ。歓迎しよう、イグニス。 ……君の『火』は、これからの旅に不可欠だ」
アークが手をかざすと、イグニスのステータスが顕現する。 【名前:イグニス】 【現在ジョブ:戦士】 【適正ジョブ:竜騎士、砲撃手、……アイドル?】
「あいどる? なにそれ?」
「……いや、気にしないでくれ。とにかく、これで戦力は揃った」
アークは地図を広げた。 ナラクで資金と情報を得て、ドワーフの国で技術を得て、ここで最強の矛を得た。
「ここで得られなかった答えを確かめに行きたい。父上が落命された場所。」
「それに、かの地はどこの国にも属さない無法者、傭兵団、亜人の部族がひしめく群雄割拠の都市。傭兵を雇うには最適でしょう。」
ヴァルガスが答える。 アーク、ヴァルガス、リリス、ベル、ポチ、イグニス。精鋭揃いだが、たったの5人と1匹だ。天空魔城を落とすには、もっと戦力が必要になる。
「あの無法都市かぁ」
リリスが地図の一点を睨みながら嫌がることを隠さない。
「『自由部族連合』。 力こそが全て、実力さえあれば一兵卒が将軍になれる、世界で最も野蛮で自由な土地。」
「力こそ全て、か。……我々にはお誂え向きだな」
アークが笑う。 イグニスが翼を広げ、空気を震わせた。
「いいじゃない! 暴れ甲斐がありそう! 全員黒焦げにして、私の下僕にしてやるわ!」
「お姉ちゃん、すごい……」
ベルが目をキラキラさせて見上げる。
「勝手に騒ぎを起こすなよ。リリス、道中で街での振る舞いや常識は教えてやってくれ。いずれにせよ、次の目的地は決まりだ。 その『自由部族連合』を平らげて、新時代の礎とする」
アークたちは歩き出す。 背後には静寂の龍の国。前方には、戦火と喧騒の荒野。
明日で2部完結となります
ようやくレノが出てきます




