47話 魔王と平和の街1
南の山岳地帯「神龍アガラムア郡」へと足を踏み入れていた。
ここは、かつて大陸最強の生物と呼ばれた「ドラゴン族」が住処とし、現在はその眷属であった龍人族が守り抜いている聖域だ。
「ね、ねぇ、ここって龍人族の聖地よね?彼らの崇めるドラゴン族って先代魔王が滅ぼしたんだよね?
それって、その、すご~く怒っているかもしれないような」
「いや、予想が正しければ・・・」
そこまで言ってアークは眼下に現れた光景に息を呑んだ。
白い石灰岩で造られた塔、整備された水路、そして空を舞う飛竜たち。
神話の時代から切り取られたような龍の街アガラムア。
「……綺麗ね。でも、なんか変。」
リリスが腕をさすりながら呟く。
「静かすぎますな。」
ヴァルガスも声を上げる。
街に入ると、その違和感は確信に変わっていく。
龍人族の住人たちは皆、美しい衣服を纏い、穏やかな笑みを浮かべている。
だが、そこには生活の「音」がなかった。
子供が走り回る声も、商人が客を呼び込む声も、職人が鉄を打つ音もない。
彼らはまるで精密な時計仕掛けの人形のように、決められた動線を行き交い、ただ静かに挨拶を交わすだけだ。
街路を行き交う龍人たちは、皆、彫像のように美しく、そして無機質だった。
道端で、一人の幼い龍人の子供が、ふと空を見上げ、背中の小さな翼を広げようとした。
だが、即座に母親がその翼を押さえつけた。叱るのではない。
ただ悲しげに首を振り、無言で子供の目を覆ったのだ。
子供は抵抗することなく、諦めたように瞳の光を消し、俯いた。
そうした異常な日常に慣れ始めたころ。
「……そこの貴方。少し話を伺いたい」
アークが老人の龍人に声をかける。 「王に謁見したい。過去について伺いたいことがあるのだ。」
老人は立ち止まり、穏やかに微笑んだ。
「過去、ですか? 旅人さん、そんなことどうでもいいではありませんか。
今日もつつがなく日が昇り、日が沈む。それだけで十分ではありませんか」
誰もが同じだった。過去を問えば微笑みで躱し、未来を問えば首を振る。
王への謁見に関する方法もやんわりと躱され、会話にならない。
そんな中。
「あーもう! 退屈ッ!!」
突如、広場の静寂を切り裂くような叫び声が響いた。
人々が眉一つ動かさずに通り過ぎる中、一人だけ色彩の違う存在がいた。
燃えるような赤髪に、立派な二本の角と大きな龍の翼。
「どいつもこいつも、死んだ魚みたいな目をして! 退屈で死にそうなのよ!」
イグニスが石畳を蹴り飛ばすが、彼女の慟哭は、誰にも届かない。
住人たちは「哀れな病人を労る」ような目で彼女を一瞥し、静かに通り過ぎていく。
彼女だけが、この停滞した世界で唯一、鮮烈な「生」を放っていた。
「……あなたたち、外から来たのね?」
イグニスがアークたちに気づき、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「匂いでわかるわ。泥と、血と、トラブルの匂い! ねえ、教えてよ。
外の世界にはもっと『マシな何か』があるんでしょ!?」
「……あるにはあるが、ここより騒がしくて汚いぞ」
この街で初めて食い気味に声をかけられて少し戸惑いながらアークが答えると、イグニスは花が咲いたように笑った。
「最高じゃない! それで、この街には何しに来たの?」
何度も質問が空振りに終わっていたからか、そういえば、とアークが問いかける。
「王に謁見したいのだが・・・」
「お父様に会いたいのね、ほら、着いてきて!」
そう言って龍王の娘ーーーイグニスは走り始めた。




