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5話 梟の帰還

泥だらけの「梟」たちが、セキフ平原の要塞基地のゲートをくぐった。


門番の兵士が目を見開く。


「おい、第9大隊だぞ…」

「全滅したんじゃなかったのか?」

「すげえ泥だらけだな…」


現場の兵士たちからは畏敬の念が向けられる中、現れた憲兵隊と綺麗な服の少佐――。


数日ぶりの味方の陣地。本来であれば、死地からの生還を祝う歓声があってもいいはずだった。 だが、彼らを待っていたのは、銃口を向けた憲兵隊だった。


「第9大隊! その場で武装解除せよ! 貴様らには敵前逃亡の容疑がかけられている!」


憲兵の怒号に、疲労困憊の獣人兵士たちがざわめく。


その中心を割って、あのオルグ少佐――アリン村の防衛戦で真っ先に逃げ出した、豚のような男――が現れた。彼は新品の軍服に着替え、勝ち誇った顔をしていた。


「よくもおめおめと戻ってこれたものだ、汚らわしい獣どもめ!どんなペテンを使ったか知らんが、私の命令を無視して敵軍が素通りさせたせいで、我が軍の作戦は台無しだ!」


「な……ッ! ふざけんな! 先に逃げたのはテメェだろ!」


ゾラが激昂するが、隣にいたメラが必死に引き留める。 周囲の憲兵たちが一斉に照準をゾラに合わせる。


「おっと、待て待て」


 殺伐とした空気に、気の抜けた声が割り込んだ。 レノが両手を上げて、ふらふらと前に出る。


「少佐殿。あなたの指摘には、少々――いや、致命的な誤解が見受けられます」


「なんだと? 口答えする気か、無能な守護者風情の獣人が!」


「軍法第1条。1項、下級者は上級者の命令に絶対服従しなければならない。2項、命令に対する異議申し立ては、任務完了後、軍法会議においてのみ許される。」


「ほらみたことか!」


「3項、但し、戦時下においては将官階級制を破棄し、各大隊の軍事裁量権は太陽王の信託と軍法遵守のもと不可侵とする。

侵攻が開始された時点で3項が適用され、太陽王の名のもとに保護された軍事裁量権をあなたが踏みにじることはできないはずです」


「ぐぅ…。しかし、敵前逃亡は禁止されているはずだ! 敵との交戦状態にある中、許可なく戦線を離脱する行為は「敵前逃亡」とし、階級を問わず死刑のはずだ。」


「軍法第28条ですね。しかし、戦時下において上位者の命令受領が見込めない場合、現場の最高位将校は独自の判断で「転進」の権限を持つはずです。


今回の場合、上位者はあなたではなく王国中枢の統合作戦部または第1大隊であり、我々は、判断権を有していた。それに、我々は劣勢のなか後方から敵部隊を奇襲し、貴軍が連携すれば十分に撃退する機会があったはずだ」


レノは懐から、泥で汚れた手帳を取り出した。


「そして軍法補足9項。『戦況維持が不可能と判断された場合、現場指揮官は兵の保全を最優先とする』。私の判断は、この条文に基づいた正当なものです。まして、あなたはあの時、戦況維持ができたにも関わらず、真っ先に現場を離れました。本来、敵前逃亡を問われるのはあなたでは?」


「う、嘘をつくな! あの時点で戦況は崩壊していたから、戦略的転進をしただけだ!」


「ほう、戦略的転進ですか。……部下も村民も放っておいて、一目散に馬で逃げ出すのが『戦略』といえましょうか?」


第9部隊に銃を向けていた憲兵隊や周囲の兵士たちからも、失笑が漏れる。オルグ少佐の顔が茹でダコのように赤くなる。


「き、貴様ァ……!そ、そうだ、第44条だったか、獣人族ら特別兵は、ヒト族と異なり生存権以外の権利は適用されないはずだ。もう何の罪でもいい、この男を捕らえろ!獣人たちも全員営倉にぶち込め!」


理屈で勝てないと悟った少佐が叫ぶが、憲兵たちの動きが一瞬、止まった。


彼らも軍人だ。レノの主張が正論であり、少佐の命令が私情にまみれた不正なものであることを理解してしまったのだ。


「な、何をしている! 命令不服従で貴様らも処罰するぞ!」


「っ……! か、確保!」


憲兵たちは苦渋の表情で、しかし命令には逆らえず、すまなそうにレノたちを取り囲んだ。


ミラやゾラなど配下の獣人たちに、またか、という失望の色が広がる。

ゾラが唸り声を上げるが、レノは彼の肩を叩いて制した。


「いいよ、ゾラ。暴れるな」


「あぁ!? このまま豚箱行きでいいってのかよ!」


「久しぶりに屋根のある場所で寝られるんだ。感謝したいくらいだよ」


レノは憲兵に手首を差し出しながら、オルグ少佐に冷ややかな視線を送った。


その目は、彼を捕らえる憲兵たちすらも怯ませるほど、静かで、底知れない光を宿していた。  第9大隊は「英雄」としてではなく、「囚人」として帰還した。


(……とはいえ、下手に第8の下で待機状態になると再び前線送りにされかねない。いずれ招集がかかるだろうし、それまで傷を癒す時間くらいは稼げるだろうか。)


野営装備を持たない第9にとって実際に軟禁状態であっても遥かにマシな状態であるというレノのしたたかな計算は、副官のミラを除いて誰も察することはなかった。


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