44話 魔王と幸福の街2
小鳥の鳴く声で、アークは目を覚ます。窓からは朝日が差し込む。
そうして大きく伸びをしたときーーー自らの胸元のブレスレットを見て、アークはひどく狼狽えた。
そのブレスレットに埋め込まれていた魔王の秘宝ーーー致死性の攻撃から身代わりとなって一度だけ身を守ってくれる宝玉ーーーが割れていた。
「爺や、リリス、ベル!戦闘態勢だ!」
アークが即座に魔力探知を発動するのとほぼ同時に、リリスもスキルを発動するーーーが。
「なによ、何もないじゃない」
「この宝玉は一度だけ致死性の攻撃から身代わりとなってくれる。それが割れていた。
この夜に我々は間違いなく何かの奇襲を受けた。」
リリスは初めてアークが動揺しているのを見て、ことの深刻さを悟る。
「でも何も変わらないわよ、、、ベルはいつも通り朝の散歩だろうし、ヴァルガスが珍しく寝惚けてるくらいで。」
リリスがヴァルガスのベッドを見ると、騒がしさにゆったりと身を起こしていた。
「爺や⋯?」
恐る恐るアークが声をかけると、ヴァルガスは物珍しそうな顔でアークの顔を覗き込んだ。
「ゾルターク?あぁ飲み過ぎたのか、頭が痛いしいまいち昨日のことが思い出せない⋯。」
まるで若い男のような口調で、ヴァルガスは初代魔王の名前でアークを呼ぶ。
「……そういうことか」
アークは冷めた目で呟く。
「え、なになに。何がそういうことなの。」
リリスが不安そうに聞く。
「精神干渉魔法だ。魔王にとっては単なる混乱や自傷の魔法でも、その強力なスキル故に甚大な被害をもたらしうる。
だから、この宝玉はやたら精神魔法を致死性とみなす傾向にあるとマリアンヌ、、、私の指南役が昔よく言っていたな。」
アークはヴァルガスに向き直る。
「そして、おそらくこれは記憶を操作、または幻覚を見せるか、あるいはーーー。」
そこに勢いよく扉が空いて、ベルが飛び込んできた。
「たいへん、みんな記憶がないの!」
ーーーその日、ベルはいつも通り早起きをして、昨日仲良くなった老婆の家へと向かった。 その老婆、マーサは、昨日はベルにあやとりを教え、「亡くなった孫娘に似ている」と涙を流して喜んでくれたのだ。
「おばあちゃん! きのうの、つづき、教えて!」
ベルが元気に声をかける。
庭の手入れをしていたマーサが振り返った。
昨日と同じ、穏やかで優しい笑顔で。
「おや、可愛らしいお嬢さんだね。旅の方かい?」
ベルの笑顔が凍りついた。
「……え? わたし、ベルだよ。
きのう、一緒に、クッキー食べたじゃん」
「そうだったかねぇ。ごめんよ、最近どうも物忘れがひどくて」
マーサは悪気なく笑う。
ベルが村を見渡した。 昨日喧嘩をしていた村人たちが、今日は初対面のように挨拶をしている。
昨日怪我をして泣いていた子供が、痛みを忘れて笑っている。
不安になったベルは宿に駆け戻り、状況を把握したアークとリリスに合流したのであった。




