43話 魔王と幸福の街1
荒涼とした岩山を越えた先に、突如としてその「楽園」は現れた。
「……嘘でしょ。幻覚?」
リリスが目をこする。
そこだけ季節が切り取られたかのように、色とりどりの花が咲き乱れ、甘い果実の香りが漂う盆地。
ある迷い人は、かつてこの迷い里をこう呼んだ。
ーーー常春の園エデン
アークは何度も地図と見比べるが、地図では何も記載されていない。
「さんだいめ、ちょうちょ」
ベルが、年相応の少女らしく目を輝かせて花畑へ駆けていく。 殺伐とした環境で生まれ育ったベルにとって、ここは夢のような光景だった。
「ヴァルガス爺、リリス、警戒を怠るな。
……美しすぎる場所には、棘があるのが相場だ」
アークは慎重に歩を進める。
ヴァルガスもまた、柄に手をかけたまま周囲を警戒していた。
がさり、と音がして一同は身構える。
しかし、現れた村人たちは、彼らの警戒心を解きほぐすように微笑みかけてきた。
「ようこそ、旅人さん。どうぞ、休んでいってください」
村人たちは皆、穏やかで幸福そうだった。
争いも、貧富の差もなく、ただ花を愛で、歌を歌い、今日という日を謳歌している。
アークたちは警戒心を保ちながらも、思い思いに村を散策していた。
特にベルは老人たちによく可愛がられ、これまでの旅では見せたことのない姿ーーーそれは子どもとしての必要な時間を取り戻しているようだった。
それを見たヴァルガスは、ベルに暗い道しか教えられないことに少しばかり複雑な気持ちを抱きつつも、また年相応の老人として、孫を見るような優しく温かい目で、遠くから見つめるのだった。
その夜、宿に再集合した一同は、ここが久々の「安全地帯」 であることを確認していた。
「あのね、クレアおばあちゃんは花でかんむり?作るの教えてくれて、マーサおばあちゃんはヒモの、あやとり?を教えてくれた!
でね、ミケおじいちゃんはね、見てないと、かってにクッキー食べちゃうの!あ、クッキーってね、すごくあまくて⋯」
ヴァルガスは、ベルが口べたなのかと思っていたが、こうして、あるべき環境に置かれて年相応に振る舞う姿を、慈愛に満ちた目で見ていた。
「三代目、この街は⋯偶然迷い込んでしまったとはいえ、僥倖でした。
大きな街のように配下を見つけられる雰囲気でもございませんが、次の目的地を思えば、ここで休息を取れたことは大きいと存じます。」
「……私は、正直気持ち悪いかも」
普段は空気を読まないリリスが、申し訳なさそうに、しかし、それでも口を挟む。
「この宿だって、普通、タダほど高いものはないわ。この村の経済はあまりにも綺麗すぎて、何か可笑しいわ。
まさか夜中に襲って臓器を売る気じゃ……」
「いや、悪意は感じられない。……だが、何かあるのは間違いない。」
警戒心を未だ解かない二人に、ヴァルガスは珍しくため息をつく。
「たまには気を抜いて休むことも、また王の務めです。
たしかにここまで厳しい旅が続いていましたから、仕方ない部分はございますが。
しかし、かつて初代が⋯」
くどくどと王の器について特にヴァルガスを見て、かつて天空魔城にいた頃を思い出してアークはくすりと笑った。
ふと窓の外を見る。
夜になると、村全体が淡い光の粒子――魔力の霧に包まれている。 おそらく外部からの侵入を阻んでいたのもこれが正体だろう。
それは、とても幻想的な風景とも言えた。
「爺や、そうだな。今日は休もう。」
アークはふっと息を吐くと、それぞれが眠りについた。いつもは決して忘れない見張りも決めないまま、一同は深い眠りに落ちていく。




