42話 魔王と快楽の街5
煌びやかなネオンが届かぬ場所。 アークたち一行は、地下深くへと続く旧坑道の暗闇を歩いていた。
そこはかつてドワーフたちが誇りを持って鉱石を掘り出した聖地であり、今は体制に逆らった者たちを幽閉する「忘れられた牢獄」だった。
「……ひどい有様ですな。空気まで澱んでいる」
ヴァルガスが顔をしかめる。坑道の奥から響くのは、水滴の落ちる音と、時折聞こえるうめき声だけ。
だが、その最奥。鉄格子で幾重にも閉ざされた「特別独房」からだけは、リズミカルな金属音が響いていた。
カン、カン、カン。 それは囚人の出す音ではない。職人の、それも超一級の技師が奏でるハンマーの音だ。
「ここか」
アークが足を止める。 鉄格子の向こうは、独房というよりは、薄暗い工房のようだった。 壁一面に乱雑な設計図が書き殴られ、床には解体された機械部品が散乱している。
そして、その中心に「男」がいた。
「……何用だ。見世物にするつもりはないぞ」
男が振り返ることなく、低い声で唸る。 その姿に、ベルが息を呑んだ。
彼の四肢は、生身ではなかった。 右腕は無骨なピストンと回転ノコギリを備えた重機のような義手。左足は蒸気機関を内蔵した鋼鉄の義足。 全身の半分以上を黒い鋼で覆われた異形のドワーフ。
かつて機工都市最高の頭脳と呼ばれた男、グリムバール。 またの名を――『巌窟王』。
「俺の技術が目当てなら帰れ、エルフの犬ども。俺は誰にも従わん。
……俺の魂まで機械仕掛けにするつもりなら、この場で舌を噛み千切ってやるがな」
グリムバールは義手の整備を止めず、背中で殺気を放った。
その言葉には、幽閉生活で培われた、世界への怒りが煮えたぎっている。
「従属を好まないか。……なら、『取引』として話を聞いてほしい」
アークが鉄格子越しに対峙する。
「私は空にある城を落としたい。貴様は耳長どもからドワーフ族の国を取り戻したい。 ……利害は一致しているはずだ」
グリムバールの手が止まった。 ゆっくりと、鋼の巨体がアークの方を向く。
油と煤にまみれた顔の中で、眼光だけがギラリと光った。
「なんだ、耳長のクソ野郎かと思いきや、コウモリか。
全く馬鹿が、どいつもこいつも天を堕とすなんて馬鹿なことを考えやがる。」
「あーもう男ってなんでこう不器用かしら、これを見たほうが話は早いと思うわ。
プレゼント、フォー、ユー、よ」
リリスが進み出た。 彼女が鉄格子の隙間から差し出したのは書類の束だ。
グリムバールは無造作にそれを拾い上げ――数秒後、その義手がガシャリと音を立てて書類を握り潰した。
「……なんだ、これは」
「読んでの通りよ。
エルフの総督と、ドワーフ政府高官が交わした『エンジェル・ダストの輸入契約基本書』。
それから、こっちは商人になりすましてこの国に入り込んでいる、森羅シルフヴェール帝国の諜報部員リスト」
グリムバールの目が走る。 そこには、彼が投獄される原因となった「薬物汚染」が、単なる腐敗ではなく、他国による組織的な「ドワーフ弱体化政策」であった証拠が並べられていた。
「政府高官が裏金を受け取って、自国民を薬漬けにし、労働力として売り渡す……。
⋯あの高潔な耳長の王が意図的にやるとは信じがたいが、 ドワーフの高官が籠絡されちまうのは想像に容易いな。
貴様ら、どうやってこれを。」
「それは正しい問いではないな。その魔法印が本物であることは証明している。問題は使い道だ。
他にも、金でエルフ側に寝返ったドワーフの裏切り者リストや、地下で秘密裏に薬物を精製している工場の地図も提供しよう」
それは、グリムバールが喉から手が出るほど欲していた「復讐の翼」だった。
これさえあれば、必ずともに立ち上がってくれるドワーフの同胞たちがいる。薬を嫌って国外に脱出した者たちを、呼び戻すこともできる。
グリムバールは書類を地面に置くと、改めてアークを睨みつけた。
「……ヴァンパイア族は滅びたと聞いたが、俺が投獄されている数年間で情勢が変わったのか。」
「残念ながら世界は何も変わっていない。
私はアーク=ヴァン=エクリプス。三代目魔王。
……といっても、今はまだ『魔王』というのは、ただのジョブの名前に過ぎないがな」
アークが不敵に笑うと、グリムバールは口の端を歪め、ニヤリと笑い返した。 それは機械油の匂いがする、獰猛な共犯者の笑みだった。
「いいだろう、魔王。 ……だが、勘違いするな。俺はこの情報を利用するが、貴様の力をこれ以上借りたくはない。
俺の国は、俺たちドワーフ自身の手で取り戻す」
「構わん。貴様がこの国の膿を出し切ってくれれば、私の目的も果たされる」
「交渉成立だな。……それで? 取引と言うからには、貴様も何か欲しいものがあるんだろう?
武器の一つくらいは叩いてやってもいいぞ。
これでも巌窟王と呼ばれたドワーフの親方の一人だ。金貨数億枚が動く武器だって作れるぞ。」
「ああ、正確にはひとつ貸して欲しいものがある」
アークが目配せをすると、リリスがもう一枚、古びた図面のような書類を取り出した。
グリムバールはそれを見ると、眉をひそめ、やがて呆れたように鼻を鳴らした。
「……どこでこいつの存在を知った。 いや、これだけ政府が腐っているんだ、どこから情報が漏れても不思議ではないか。
先に耳長が見つけると思っていたがな。」
それは、かつてグリムバールが開発し、とある理由から開発凍結した「ある兵器」の設計図だった。
「いいだろう。これは我々ドワーフには不要の長物だ。これで手を打とう。」
ガキンッ、と硬質な音が坑道に響く。 それが、小さな革命の狼煙だった。
「行くぞ。……まずはこの狭苦しい鳥籠をぶち壊す」
グリムバールが義手の出力を最大まで上げる。 蒸気が噴き出し、ドリルが唸りを上げた。 数秒後、分厚い鉄格子が飴細工のようにねじ切れ、吹き飛ぶ。
そうしてグリムバールが鋼鉄の義手を差し出す。 アークがその冷たい手を握り返した。
「魔王よ、貴様らはさっさと行け。ここから先は、俺たちドワーフの問題だ」
「ああ。……吉報を待っているぞ、巌窟王」
アークたちは背を向けた。
背後では、解き放たれた鋼の怪物が、牢獄中に響き渡る咆哮を上げていた。
「聞けェェェ!囚われしドワーフの同胞たちよ! 時が来たァ!!」
その声を背に受けて、リリスが歩きながら小さく呟く。
「……本当に、何も手伝わなくてよかったの? 結構な修羅場になりそうよ」
「ドワーフの国はドワーフで取り戻すべきだ。それに⋯」
アークは上を指差した。
「我々には我々の戦場がある。 手に入れたぞ。……空を堕とす方法をな。」
革命の火が灯る。 だがアークたちはその結末を見届けることなく、次なる目的地へと足を向ける。
あらすじでは早々に第1部と合流する予定でしたが、書いてみると1話じゃアークたちの魅力が伝わらない!となり、すでに12話に突入・・・
なかなか、あらすじ通りに進まないものです。
時間軸もややこしいため、第2部は完全にアークのお話としようか迷っていますが、そうするとエピソード数を増やす必要もあり、思案中。
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