40話 魔王と快楽の街3
都市の中枢、総督府の最上階。
豪奢な応接室で、エルフの総督は脂汗を流しながら、目の前の美女――リリスが渡した書類に釘付けになっていた。
「ご覧の通りですわ、総督閣下。
我が商会が提案するように森羅シルフヴェール帝国と、ドワーフの国と、獣人族の国、この三角貿易に先物取引の市場を設立すれば、元締めには大きな儲けがございます。さらにエンジェルダストについてもドワーフ貴族の邸宅や宝物を担保として決済猶予を本国から認めていただければ、取引量は少なく見積もっても4倍。
もちろん閣下にはささやかではありますが、いくらかはキックバックをお渡しする案も・・・」
リリスが扇子で口元を隠し、妖艶に微笑む。 彼女のジョブ『経世家』のスキルを駆使して相手の欲望を見抜き、その「最も魅力的な商談」を詐欺として仕掛ける、もはや精神干渉に近い交渉術だ。
「今の4倍と……! 素晴らしい、素晴らしいぞ! しかし、そなたらは何で儲けるのじゃ?」
「ええ、実はキックバックが本国からは見えないように特殊な取引スキームを行うのですが、そこに仕掛けがあるのです。
ぜひそのお話もさせていただきたいので、よろしければ契約内容の確認に入っても?……その、少々お時間がかかりますが。」
「構わん! この後の予定など全てキャンセルだ!」
総督は完全にリリスの掌の上で踊っていた。彼が契約書の幻影と格闘しているその裏で、総督府の裏庭では別の「騒ぎ」が起きていた。
***
「全く、暴漢のフリをするのも骨が折れますな……」
ズドン、という重低音と共に、重装備の衛兵が壁にめり込んだ。 ヴァルガスだ。 彼は「道に迷った好々爺」を装って裏口に近づき、職務質問をしてきた衛兵小隊を、杖一本で壊滅させていた。
「な、なんだこのジジイは!? 増援を呼べ!」
「冥土の土産に、老いぼれの舞踏にお付き合い願いましょうか」
ヴァルガスがわざとらしく耄碌したフリをして大立ち回りを演じ、警備兵が裏庭へと殺到していく。
***
警備の手薄になった執務室の前。 空間が不自然に歪み、そこから少女の姿が滲み出るように現れた。
【隠密】スキルを発動したベルだ。
目の前には、壁一面を覆う巨大な魔導金庫。
表面には複雑怪奇な文字が刻まれ、物理的な鍵穴すら存在しない。本来なら、登録されたエルフの魔力紋でなければ開かない代物だ。
ベルは瞳を閉じ、扉に小さな耳を当てる。
(……きこえる)
魔力の奔流。ルーン文字の結び目。そのわずかな「隙間」を、野性の勘が嗅ぎ分ける。
彼女は魔力の結び目に爪を突き立てた。
『はかい……!』
ベルの口から、珍しく威嚇の声が漏れる。 彼女が流し込んだのは、アークから教わった「魔力破壊」の微弱な波動。 完璧に計算されたセキュリティの、ほんの一点の不整合を突く。
カチリ。
静寂の中に、硬質な音が響いた。 重厚な扉が、音もなく開いていく。
「……ん。にんむ、かんりょー」
中には、金塊などとともに、彼女が探していた「汚れた書類」の山が眠っていた。




