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39話 魔王と快楽の街2

道を歩くドワーフたちは、全員「笑っていた」。


重労働にあえぐ苦悶の表情ではない。

恍惚とした、とろけるような笑顔で、鉄塊を運んでいる。


「……へへ、幸せだなぁ。今日も働ける、素晴らしい仕事だぁ」


ガシャン、と鈍い音が響く。 一人のドワーフが足を踏み外し、運んでいた巨大な歯車の下敷きになったのだ。 バキリ、と骨の折れる音が聞こえた。膝があらぬ方向に曲がっている。


普通なら絶叫する激痛だ。だが――


「あは、あはは! こりゃあ刺激的だな!」


ドワーフは涙を流しながらも、口角を限界まで吊り上げて笑い続けていた。

それを見た周囲のドワーフたちも笑う。


「なんでえ、足がオシャレな盆栽みたいじゃないか」


誰かのツッコミで、男たちはさらに爆笑する。


そこへ、白衣に幾何学模様の刺繍を施した、背の高い種族――エルフが現れた。

彼らの耳には通信用のインカム、目にはデータを表示するバイザーが装着されている。


「市民番号2604、ドーパミン値の低下を確認。」


エルフの男は、ドワーフの怪我を心配する素振りすら見せない。

懐から注射器を取り出すと、ドワーフの首筋に無造作に突き刺した。


プシュッ、とピンク色の液体が注入される。 天使のエンジェル・ダストの精製液だ。


「あ……あぁ……! 最高だ、感謝します!!」


ドワーフは折れた足を引きずりながら、再び笑顔で歯車を担ぎ上げた。 痛みは消え、脳内は再び強制的な多幸感で埋め尽くされる。


「対処完了。」


エルフはタブレット端末に何かを記録すると、アークたちには目もくれずに去っていった。


「……前言撤回、ここはこの世の地獄だわ。」


リリスの細めた目は、呆れと、怒りと、悲しさの混ざり合ったドロドロとした感情を物語っていた。


アークの目も、凍てつくように冷え切っていた。


「リリス。君のスキルで、この街はどう映る?」


「・・・ドワーフたちから何の欲望も感じられない。そんな生物初めて見たわ。いや、ナラクが欲望に塗れているのもあるけど、基本的な食欲や性欲すら・・・


いずれにせよ、彼らは労働の対価として金を求めていない。ただ快楽で満たされている。


これじゃ搾取ですらないわ。その、何と表現すればいいのか」


「左様。ここはさながら巨大な牧場ですな」


ヴァルガスもまた、嫌悪感を隠そうともしない。 痛みも、苦しみも、悩みもない世界。


それは当人にとっては、一種の理想郷ユートピアかもしれない。だが、そこには生物として最も根源的なものが欠落していた。


思考停止した幸福。強制された楽園。


「皮肉だな」


アークが呟く。 彼が見上げる巨大なホログラム広告ーー魔法と技術を組み合わせた傑作ーーには、美しく加工されたエルフの女性が微笑み、『幸福は万人の義務である』というキャッチコピーが踊っていた。


「もっとドワーフ族はエルフ族を嫌っていたイメージだったのにな。」


「リリス、どうやらここで仲間を探すのは難しそうだ。」


アークは街の中枢、蒸気を吐き出し続ける巨大な塔を見据えた。


「だが、この偽りの楽園は、我が治世において存在することは許し難い。 ……いつかやるなら、今やっても同じだろう?」


アークの真紅の瞳が、ぼんやりとしたネオンの光とは対照的に、鋭く輝った。

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