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36話 魔王と欲望の街4

ーーーそして数日後。


「うーん、態度は悪いけど、腕だけはこの街一番のヒーラーだったんだけどな」


そう言ってリリスが首をかしげてベルをのぞき込む。


ここ数日、リリスは賭博にのめり込んでいた。ジョブ「経世家」の能力を悪用し、カジノの確率を読み切るという悪辣な行為を重ね、およそ普通の人間なら一生かけて稼ぐような金額を数日にして手にしていたのだ。


ヴァルガスも余興か趣味かと思い「ほどほどに」と釘を刺していたが、どうやらその莫大な金貨が、ベルの潰れた喉を治すための高額な治療費と薬代に消えていることに気づき、何も言わずに見守っていた。


「意外にリリスも情に厚いところがあるのだな」


アークが口を開くと、リリスが口を尖らせる。


「あなたが可能性を見たいって言ったんじゃない。


マイナス銅貨10枚の子が化ければ化けるほど面白いじゃない。今や金貨3200万枚よ。


それに、これは例の作戦の第一歩なの。」


それらの会話をキョトンと見てみたいベルが、小さく口を開く。


「……リ、リ、ス……?」


「あ、喋った! 喋ったぁ!!」


そういってリリスがガッツポーズで立ち上がる。



ーーーそれから更に数日の後、アジトの裏庭で、ベルがうずくまっていた。


「……ベル、 何をしているのですか?」


ヴァルガスが声をかけると、ベルはビクッとして何かを隠そうとした。


彼女の背後には、泥だらけで震えている、奇妙な「子犬」がいた。額に小さな角がある。


「……ひろった」


ベルが消え入りそうな声で言う。


「捨て犬……?


いけませんベル。我々は隠密行動中の身。ペットなど飼う余裕は……」


「飼おう」


アークが2階の窓から顔を出した。


「三代目!? ですが食い扶持が!」


「ベルが初めて自分から欲しがったものだ。


……それに、それは犬ではない。『カーバンクル(宝石獣)』の幼体だぞ」


宝石獣。成長すれば額の宝石に膨大な魔力を宿す、生きた宝物。


決して街中に出現することなど在り得ない幻獣ーーーおそらく金持ちのペットか危ない筋から逃げ出してきたのだろう。




その夜。


アークたちの泊まる仮宿が武装した男たちに包囲された。


「おい! そこにガキが攫った犬がいるだろう! 俺たちの商品だ、返せ!」


密猟団のボスが大声で喚く。


ベルが子犬を抱きしめて震える。


アークは静かに本を閉じ、2階の窓を開けた。


彼は眼下の男たちを見下ろす。ただそれだけの動作で、夜の空気が氷点下まで下がったような錯覚が場を支配した。


「騒々しい。……私の『家族』が怯えているだろう」


声量は大きくない。だがその声は、重低音のように男たちの鼓膜を震わせ、内臓の奥底まで響いた。


「あ、あぁ……!?」


ボスは反射的に後ずさる。窓辺に立つ青年の瞳――その深紅の光を見た瞬間、本能が警鐘を鳴らしたのだ。こいつに関わってはいけない、と。 だが、恐怖を打ち消すように彼は叫んだ。


「な、なんだその目は! 大した身なりじゃない、こ、殺しちまえ!」


男たちがボウガンを一斉発射する。 ヒュン、と風を切る音。


だが、矢が窓に届くことはなかった。


――パラパラパラ……


乾いた音と共に、切断された矢の残骸が地面に降り注ぐ。

遅れて、金属が擦れ合うような甲高い音が、キィィィン……と大気に響いた。


「……な?」


男たちが瞬きをした瞬間には、アークと密猟団の間に、老人が一人「最初からそこにいた」かのように佇んでいた。 抜刀の軌跡どころか、予備動作すら見せない神速の迎撃。


「よしよし」  アークが、震えるベルの頭を撫でる。


「さて、三代目の所有物に手を出した代償は高くつきますぞ」


ヴァルガスの魔力が膨れ上がり、2階の窓から地面に映る影が、巨大な悪魔のような形状をとった。


純粋な殺気によるスキル――【威圧プレッシャー】。


「ひ、ひぃぃぃッ!?」


男たちは心臓を鷲掴みにされたような恐怖で泡を吹き、次々と気絶した。


「……ヴァルガス爺。こいつらを衛兵所に突き出せ。理由は何でもいい」


「かしこまりました。……ベル、よかったですね」


「……ん!」


ベルは満面の笑みで子犬――ポチと名付けられた――を抱き上げた。

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