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4話 梟の鬼ごっこ

「……気になる報告が。」


「後方で攪乱攻撃を仕掛けてくる、忌まわしき幽霊部隊の件だな…」


森羅シルフヴェール帝国の前線指揮官、エルフ族の将軍エレンディルは、美しい眉間に深い皺を刻んでいた。


太陽王国に対する、ヒライ要塞を攻める西部方面軍、セキフ平原を攻める中央方面軍、ネシア商業都市を攻める東部方面軍による同時侵攻作戦は、これまで頑強な反攻に遭うこともなく進捗していた。


しかし、ヒライ要塞の攻略ー西部方面軍を指揮するエレンディルは、およそ軍事戦略上で合理的とは言えない位置で敵軍との突発的戦闘を繰り返し、兵站に大きな負担をもたらしていた。


「正規軍から迷子になったはぐれ部隊が無作為に食料を略奪しているのでは?」


「しかし、数百名規模でいずれかの大隊で、組織的に嫌がらせの攻撃を仕掛けていることは疑いようがなく…」


エレンディル傘下の将軍たちはその部隊の偶発か意図か分からない動きに頭を抱えていた。


「速報です!哨戒中の部隊が例のフクロウ部隊と交戦を開始」


「すぐに追撃するぞ!今回は私も直々に出よう」


疾風の如き迅速な進軍で名をはせたエルフ軍である。エレンディルは電光石火で敵軍の追撃を開始した。


しかし、接敵場所にエレンディルが辿り着くころ、先行した部隊が林の手前で追跡をやめ、狼狽えていた。


「閣下、敵軍がまた根性もなく逃走を始めたのですが、中央方面軍の管轄領域に逃げ込んでしまいました。追撃の許可を…。」


将校のひとりが地図上の『管轄境界線』を指でなぞって確かめる。


「ヒライ要塞方面軍とセキフ平原方面軍の『継ぎ目』を偶然跨ぐとは… まるで我々の指揮系統図が手元にあるかのような動きだな。おのれ、幸運な……!」


「偶然…ではなかろう。おそらく相当に頭の切れる指揮官がいるのだろう。各方面軍における管轄領域をあぶり出し、それをどこまで意識しているか確かめるのが目的だったのだろう…たいした大芝居だよ。


許可を求めて追跡が鈍った時点で、我々の指揮系統と戦略目標が駄々洩れだ。これ以降は敵の防衛ラインもより強固に構築されるだろう…。」


エレンディルは血の滲むような声で唸る。彼にとって、戦いとは芸術であり、誇り高い儀式であるべきだった。


だが、この敵――「梟」の旗を掲げる部隊は違う。


こちらの重要戦略物資ばかりを狙い、そちらに防御人員を割くと狙ったように食料などの一般物資が襲撃される。今度は全ての物資輸送に人員を割いたら、今度はあろうことか野営中に指揮官が暗殺される始末だ。


それでいて、こちらはただの一人も敵兵を仕留めることができておらず、現場では「幽霊」と恐怖するものまで出てきている。

まるで、こちらの思考回路に土足で踏み込み、神経を逆撫でするような戦い方だった。


一方、セキフ平原の西方。 レノは木の根元に腰掛け、目を閉じていた。


「隊長、エルフ軍の動きが止まりました」


「うん、やっぱり敵の戦略目標は西のヒライ要塞、中央のセキフ平原、東のネシア商業都市だ。最初のアリン村は東の方面軍、その後に接敵したのはおそらくヒライ要塞の方面軍かな。いずれにせよ、そろそろ彼らのプライドも限界だろう。潮時だ。」


レノは目を開けずに答える。 彼の脳内では、ジョブ<守護者>のパッシブスキル<敵意感知>が、広域レーダーのように展開されていた。


本来、このスキルは「護衛対象に向けられた殺気」を感知するものだ。だがレノは、自分自身を囮にし、さらに部隊全体を一つの「生命体」と見立てることで、森全体の敵の配置を感情の色として視覚化していた。


焦り、怒り、恐怖。 エルフたちの感情の揺らぎが、そのまま彼らの位置情報となる。


「ミラ、伝令。全軍、攻撃中止。撤退だ」


「よろしいのですか?今なら、敵部隊を奇襲で叩けるように思えますが」


「機嫌の悪い獣は怖いよ。特に、エルフみたいなプライドの高い連中はね。それに、そろそろ敵も太陽王国軍の戦力分析も終わるころで、下手に目立ち過ぎると、我々の撃滅が戦略目標になりかねない。」


レノはゆっくりと目を開けた。その瞳は、冷徹な計算で満ちている。


「一方で我が隊の目下の戦略目標は『勝利』じゃなくて『生存』だ。そして、それ以上に必要なのは――」


レノは立ち上がり、森の奥、エルフ軍がいる方向を見据えた。


「『恐怖』だ。『こいつらに関わると訳のわからない目に遭う』という呪いを植え付ける。そうすれば、次はもっと楽に勝てる」


エレンディル将軍は計十数回のハラスメント目的と思われる攻撃を受けながらも、ついに敵兵の死体のひとつも残さず、静かに撤退していく第9大隊の背中を見つめるのみだった。


現場判断で当初の侵攻計画を変更してでも追撃するべきだっただろうか。


そんな悩みを「もう終わったこと」と一蹴したエレンディルは、徒労に終わった気疲れからか、一本の大木に腰をかけた。だが、周囲の部下たちが非常に気まずそうな顔をしてエレンディルを見つめていた。


「なんだ、何か私に…」


ふと腰掛ける大木に何か刻まれていることに気付いた。ついぞ敵兵の正体すら捉えられなかったが、森に残された一本の木に、ナイフで刻まれた「梟」のマークと、エルフ語で書かれたメッセージが残っていた。


『いい鬼ごっこだった。次は全力で走れ。』


その侮蔑的なメッセージに、将軍は屈辱に震え、ナイフでその文字を削り取ろうとした。だが、その手が――剣を握るはずの将軍の手が、微かに震えて止まらないことに気づいてしまった。


彼は認めたくなかった。自分がここに腰掛けることが仮に偶然だったとしても、この森の暗闇のどこかから、まだ見られているような気がしてならないことを。



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