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34話 魔王と欲望の街2

リリスが案内したのは、街の地下にある奴隷市場だった。


そこは、この世の地獄を煮詰めたような場所であった。


鉄錆と排泄物の臭い。檻の中に押し込められた亜人や獣人たちの虚ろな瞳。彼らの首には、「労働用」「愛玩用」「実験用」といった札に、雑にジョブや値段が書きこまれて、ぶら下げられている。


「……信頼できる仲間が欲しいなら、ここは悪くないわ」


リリスが扇子で鼻を覆いながら解説する。


「金さえ払えば奴隷は裏切れない。絶対の忠誠心、信頼できる部下なんて魅力的でしょ?


……ほら、あそこのオークなんてどう? 荷物持ちには最適よ」


(信頼、か……)


アークは自嘲気味に口元を歪めた。 裏切りこそが「魔王」の宿命であり、最大の弱点だ。


なにより、今の自分たちが置かれた現状がそれを痛いほど物語っている。


「違うな。私が求めているのは『可能性』だ」


リリスの指差す檻を見遣ると、アークは首を横に振った。


アークは市場の最奥、廃棄寸前の商品が入れられた小さな檻の前で足を止めた。


そこに、ボロ布のように丸まっている小さな影があった。

黒い髪、頭頂部にある猫の耳。体は痩せ細り、喉には焼印の痕がある。声帯を焼かれた黒猫族の少女だ。


「やめときなさいよ。声も出ない、力もない。いつ処分されてもおかしくないわ。」


リリスが冷たく言い放つ。 肉体的な才能も見つからない。戦士にも、魔法使いにも向いていない。


その少女は怯えていた。


しかし、その金色の瞳の奥には、決して消えない「生への執着」と、世界への「呪詛」のような静かな怒りがあった。 そして、アークの魔眼には、彼女の上に文字列が浮かび上がる。


「……ほう。」


その魔力回路は奇妙なほど「薄く」、そして「鋭い」。


(気配がない……いや、世界に溶け込んでいるのか?)


アークはリリスの方に振り返る。


「この娘を買う。……リリス、交渉してくれ」


「はぁ!? 正気? 私に戯れで死体一歩手前の奴隷を買う手伝いをしろって?


第一、交渉するほど高くないわよ。」


「君ならタダ同然で手に入れられるだろう。我々はさっきの金貨で一文無しなのはさておき、だ。


……それに、君も気づいているんだろう? この娘の『目』が、かつての君と同じだと」


リリスが息を呑む。 彼女もまた、かつては大国の宮廷商人だったが、陰謀により全てを奪われ、この街に流れてきた過去がある。


「……チッ。何で知ってんのよ。


全く損な役回りね〜」


リリスは舌打ちをすると、店主に向き直り、ニッコリと――悪魔の笑みを浮かべた。


「店主さんも悪どいわね。この子、疫病を持っているでしょ。毛並みの艶と眼球の濁りでわかるわ。


このままだと他の商品にも感染るし、この地域は⋯たしかマッサノファミリーのシマだから、処分するにも処理屋に銅貨30枚は払わなきゃいけないはずよ。


それを、玩具用として銅貨20枚で売るなんて。本当に鑑定かけたのかしら。


……ちょうど人体実験用に子供を攫ってほしいって依頼がうちに持ち込まれていたから、今回は特別にウチが銅貨10枚で引き取ってあげましょうか?」


数分後にはリンゴほどの値段で売られていた少女を一銭も支払うことなく、むしろ銅貨10枚を「処理費」としてもらって檻から連れ出し、アークの元へ連れてきた。


「この銅貨は手数料だからね」


銅貨を握りしめるリリスをよそに、アークは少女の前に跪く。


「名は?」


少女は首を振る。


「そうか。なら『ベル』だ。」


そういってアークが手をかざすと、魔王の紋章が輝いた。


【ジョブ・エンチャント:隠密ニンジャ


ドクン、とベルの心臓が跳ねた。

身体の中に、今まで感じたことのない力が満ちていく。風の音、人の気配、影の濃淡が、鮮明な情報となって脳に流れ込んでくる。


彼女は理解した。その本能で、自らの才能を。そして、使えるべきおうを。


少女の輪郭が、陽炎のように不確かに揺らいだ。


次の瞬間、目の前にいるはずの彼女の存在感が「希薄」になる。そこに居るのに、意識を向けないと認識できない――まるで、世界から切り離された影そのものになったかのように。


彼女の体が、音もなく周囲の闇に溶け込んでいる。


それは「誰にも見つけられたくない」という彼女の願いが、ひとつの極みのスキルへと昇華された瞬間だった。


「……あ……う……」  


ベルは声にならない声で泣き、アークの足に額を擦り付けた。


それは奴隷としての服従ではない。魂の救済者に対する、崇拝に近い誓いだった。


「ヴァルガス爺。今日から師匠を務めてやってくれ。ベルに戦いのイロハを叩き込んでほしい。」


「はっ。……ふむ、意外に素材は悪くありませんな。死神のような暗殺者に育ててみせましょう」


老騎士が顎髭を触りながら納得するように何度か頷く。


「さて、次は君の番だ」  アークは立ち上がり、リリスに向き直った。

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