32話 魔王と老執事2
大きな野望を掲げた2人の逃避行は壮絶の2文字に尽きた。
有翼族の放った追手は、生物ですらなかった。
天使型ゴーレム。 白磁の肌に、無機質な翼。痛みを感じず、ただ対象を排除するまで追跡を続ける殺戮人形。
その激しい追撃により、何度も傷を負いながらも撃退し、ときに隠れ、ときに休み、短命種族であれば決して耐えられないような長い時間をかけて、アークとヴァルガスは当てもなく南部の砂漠地帯を旅している。
そして、植生は疎らになり、赤茶けた荒野が広がる「渇きの砂漠」。
照りつける太陽の下、ボロボロのマントを羽織った二つの人影が歩いていた。
アークは乾いた唇を舐めた。
魔王といえど、肉体は生物だ。水も食料も必要だし、疲労もする。
かつて最高級のワインと美食に囲まれていた生活は、遥か彼方の夢のようだ。
「三代目、少し休みましょう。この先の岩場なら日差しを避けられます」
「すまない、ヴァルガス爺、私が気を遣わねばならないのに。老人を労われとよくマリアンヌに言われたのを思い出すな。」
「ふ、お戯れを。老人扱いしないでくだされ。」
岩陰に座り込み、アークはボロボロになった地図を広げた。
「我々が持ち出せた資産は装飾品程度、戦力は私とヴァルガスの2名。領土も信用もなく、世界のお尋ね者。
……笑えるほど何もないな」
「ですが、三代目には『血』がございます」
ヴァルガスが何かの生物の皮で作られたであろう水筒の水をアークに差し出しながら言った。
「血、か」
「はい。ヴァンパイア族の王家のみに継承される固有ジョブ。
三代目が『魔王』と呼ばれる所以です」
アークは自分の掌を見つめた。
そこには、複雑な幾何学模様の紋章が薄っすらと浮かび上がっている。
「ヴァルガス爺、講義の続きだ。この力で私は何ができる?」
「はっ。……この世界の生物は皆、生まれながらに『適性』を持っています。
剣が得意な者、商いが得意な者、魔法が得意な者。
しかし、多くの者はその才能に気づかぬまま、農夫や兵士として平凡な一生を終えます」
ヴァルガスは、自身の鎧の胸元を指差した。
「ですが、魔王のスキルは、対象の魂に干渉し、その眠れる才能を『ジョブ』として強制的に覚醒させることができます。
もとは『戦士』という平凡なジョブであった私に『黒騎士』という稀有なジョブを与えたのも、初代…あなたのお父上でございます。」
「……つまり、ジョブ『魔王』が最強たる所以は、仲間の強化ということか」
「左様でございます。ただし、適性のないジョブを与えることはできません。
農夫の才能しかない者に、剣聖のジョブは与えられぬのです」
「なるほど。適性、か…。」
そうしてアークが手のひらをヴァルガスに向ける。
ヴァルガスの身体の上に、半透明の文字が羅列されるのが見えた。
【名前:ヴァルガス】 【現在ジョブ:黒騎士】 【適正ジョブ:重戦士、近衛騎士、……料理人】
「不思議な感覚だ。ヴァルガス爺、戦士と黒騎士のほかに料理人のジョブもあるようだぞ。」
「父王にはよくそれで揶揄われました。
もっとも、ジョブの付与(上書き)は一度しか出来ないと聞いておりますので、今や選び得ぬ道ですがな」
ヴァルガスは少し寂しげに、しかし誇らしげに笑った。 彼は料理人としての平和な人生よりも、魔王の盾として生きる道を選んだ。
アークは乾いた笑いを浮かべると、水場で出会った隊商から買い上げた地図のある一点を指差した。
砂漠のオアシス都市「ナラク」。 犯罪者や密輸商人が集まる、大陸有数のスラム街だ。
「再起の条件は3つだ。経済力、軍事力、そしてそれらを支える『仲間』」
「ナラクへ向かうおつもりですか? あそこは人の住む場所ではありませんぞ。裏切りと欲望の坩堝です」
「だからこそだ。まともな国では、私はただのお尋ね者だ。だが、あそこなら身分も過去も問われない。泥の中にこそ、磨けば光る原石が転がっているかもしれない。」
アークは立ち上がった。 疲労はあるが、その瞳には光が戻っている。
「……御意に。」
(…若き日の初代にそっくりでございますな)
老執事は嬉しそうに目を細め、主君の背中を追った。
ジョブ「魔王」ーーーそれは万物を導き、管理する、統治の力。




