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31話 魔王と老執事1

第2部もよろしくお願いします!

魔王歴177年


――燃えている。  灰色の雨雲を突き刺すように、紅蓮の炎が空を焼いていた。


アーク=ヴァン=エクリプスは、泥と灰にまみれた瓦礫の中で目を覚ます。


泥に塗れた顔を拭うこともせず、アークは視界に広がる光景を見つめた。


全身が軋むような痛みを訴えている。だが、それ以上に胸の奥が焼き切れるように熱かった。


視線を少し上げると厚い雨雲の切れ間、遥か上空に、黒煙を上げて浮かぶ巨大な影がある。


天空魔城エクリプス。


彼の家であり、世界の支配の象徴であり、ヴァンパイア族の誇り。


それが今、燃えている。


「………夢、ではないか」


掠れた声が雨音に消える。


昨夜の戴冠式。それは悪夢のような一夜だった。


同盟種族として魔王朝ユニの運営に深く関わり、アークの指南役をも務めていた有翼族の反乱。


祝宴のワインに混ぜられた毒。


そして、彼らの大魔法による一方的な襲撃。


世界最強を謳われたヴァンパイアの一族は、その慢心ゆえにし、一夜にして滅亡を迎えた。


ただ一人、三代目の魔王となるはずだったアークを除いて。


「……三代目。……遅くなりました、追手は全て。」


重厚な、しかしひどく弱々しい声が響いた。


アークは瓦礫を押しのけ、声の主を探す。


そこにいたのは、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ巨躯の老騎士だった。


普段は執事服に身を包んでいる巨躯の老騎士。兜の隙間から覗く隻眼が、痛ましいほどに鋭い光を放っている。


兜は砕け、邪眼として名を馳せた自慢の右目は潰れ、鎧の隙間からは夥しい出血が見て取れる。


ヴァルガス。初代魔王の時代から仕える最強の執事にして近衛騎士筆頭。


この老兵がいなければ、アークはあの地獄から抜け出すことすら叶わなかっただろう。


彼が命を賭した反撃が、アークの逃げる隙を作り出した。


「ヴァルガス爺……生きていたか……」


「お戯れを。この老骨、三代目の無事を確認するまでは死ねませぬ。」


ヴァルガスのいつもらしい口調に、アークの目に普段の優しさが少しばかり宿った。


「状況は…?」


「流石に小賢しい策ーーワインの毒でやられたものはおりませんが…


その後の小鳥どもの追撃は執拗を極めました。おそらく逃れたものは、残念ながら…。


我が方の手勢は、三代目と私のみ。対する有翼族の反乱軍は少なく見積もっても千は超えるかと。

さらに地上ではヒト族、エルフ族がここぞとばかりに反旗を翻して勢力を拡大しているようです。」


「そうか、再起は難しい、か。」


ヴァルガスは剣を杖代わりにし、苦痛を堪えて膝をついた。


泥水に濡れた頭を垂れ、主君に問う。


「殿下、ご命令を。ただ一言、裏切り者に死を、と仰ってください。


そうすればこのヴァルガス、残りの命を燃やし尽くしてでも、あの小鳥どもを刺し違えて城を墜としてみせましょう。ヴァンパイア族の誇り、そして初代・・・父王との栄光の日々の象徴である魔王城エクリプスを、奴らに汚されるのは我慢ならぬ。


この老兵にささやかな、しかし栄光の死を賜りたい。」


それは忠義ゆえの言葉であり、同時に、ヴァンパイア族としての最後の矜持だった。


裏切りには死を。血には血を。


アークは雨空を見上げた。


燃ゆる城。嘲笑うように旋回する有翼族の影。


怒りはある。はらわたが煮えくり返るほどの憎悪も、悲しみもある。


だが、アークの瞳に宿っていたのは、激情ではなかった。


「……ヴァルガス爺。もう少し私とともに生きてくれぬか。」


ともすれば弱気にも聞こえるアークの言葉は、10代後半の少年のものとは思えないほど静かで、冷徹だった。


「父上はドラゴン族と戦争を始めた。父上は帰ってこなかった。


代わりに王となった叔父上がドラゴン族を滅ぼすと、今度はヒト族が反乱が起こし、やはり叔父上も帰ってこなかった。


そして、私が即位するや否や、今度は有翼族だ。


……力による支配は、より強大な力と裏切りによって覆される。これは歴史の必然なのだ、ヴァルガス。」


「三代目……?」


ヴァルガスが顔をあげる。


「この連鎖を続けて、世界ごと滅ぼして、最後に生物無き世界に、廃墟の城にヴァンパイアが君臨して、何の価値がある? 」


アークは立ち上がった。

濡れた銀髪をかき上げ、その深紅の瞳で、老騎士を見下ろす。


彼は本来、書物を愛し、古今の歴史や芸術に耽溺することを好む穏やかな青年だった。


だが今、その穆然とした表情は消え失せていた。


「……新しい世界を作る。」


「世界、でございますか。」


「父上の興した魔王朝ユニはとっくに老いていたのだ。」


それは、復讐よりも遥かに困難で、遥かに傲慢な道。


だが、ヴァルガスは震える身体で、深く頭を下げた。


実はヴァルガスはアークの戴冠に最後まで反対していた一人だった。

この甘さを持った少年は、未だ王の器たりえないと考えていた。


だが、今、目の前の子どもが、奇しくも「王国」を失うことで、一夜にして「王」になった。


「……御意に。この命、尽きるまで三代目の覇道に捧げましょう。」


「行くぞ。すべてを取り戻す、ゆっくりと、ひとつずつ。」


アークは背を向け、南へと歩き出した。目指すは、文明の及ばぬ無法地帯、砂漠の果て。


何も持たざる王と、傷ついた従者。

世界を敵に回した二人の、国獲りの旅が始まった。

魔王歴177年 魔王城エクリプス陥落(第2部31話)

魔王歴200年 アリン村の撤退戦(第1部1話)

魔王歴202年 傭兵団「ふくろう」の旗揚げ(第1部30話)

の時系列となります


しばらくは毎日10時台の更新を頑張ります

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