閑話(0.5話)梟の初陣
0.5話相当
第9の初陣です
第9大隊結成から数日後。
彼らに与えられた初任務は、辺境の開拓村を荒らす武装盗賊団「赤錆の牙」の討伐だった。
相手は元傭兵崩れを含む、50人規模の荒くれ者。
敵に動向を悟らせない意味でも、第9は精鋭20名で夜分に村に入り、こっそりと防衛を開始していた。
村の入り口に築いた急造で拙いバリケード。さも村民が自分たちで作ったかのように見せかけるカモフラージュだ。
「おい指揮官殿。本当に『待て』でいいんだな?」
裏で、ゾラが焦れたように唸る。 夜闇の向こうからは、松明を持った盗賊たちが、獲物を見つけたハイエナのように奇声を上げて迫ってきていた。
「ああ。獣人族の夜目は優秀だ。お前たちには見えているだろうが、人間である奴らの目は、松明の光で潰れている」
レノは懐中時計を見つめ、秒針を追った。
「距離100。……まだだ」
「チッ、早くあいつらの喉笛を食いちぎらせろよ」
「我慢しろ。……距離50。……30。……よし、作戦開始だ。」
そう言ってレノは弱々しくバリケードから身を乗り出す。
無防備に立ち尽くす一人の人間――レノを視界に捉えた盗賊たちは歩調を早める。
「見張りか、やれぇ!」
盗賊の先頭集団が、勝ち誇った顔でレノに殺到する。
剣が、槍が、レノの身体を貫こうとした、その瞬間。
「――展開」
ガギィィィンッ!!
レノの周囲に、不可視の「壁」が出現した。
『防御障壁』
守護者の基本スキルだが、レノのそれは異常なほど硬く、そして展開速度が速かった。
刃が弾かれ、盗賊たちがバランスを崩す。
「な……魔法障壁!? こいつ、魔導師か!?」
「いいや、ただの壁役さ」
レノは冷徹に告げた。
「そして、壁に張り付いた虫は、叩き潰しやすい」
レノが指を鳴らす。それが「狩り」開始の合図だった。
レノの合図と共に、副官のミラが火矢を飛ばす。
ドォン!!
村の入り口手前、地面に埋設されていた簡易爆弾が炸裂した。
殺傷力は低いが、派手に光を放って爆音と煙が盗賊たちの視界と聴覚を奪う。
「な、なんだ!? 爆撃か!?」
「ひるむな! 相手はただの村人だ、突っ込め!」
混乱し視界を奪われながらも突撃してくる盗賊たち。彼らが煙を抜けて目にしたのは、
「食らい尽くせ、第9大隊!」
メラの魔法で水が押し寄せ、松明の光を奪っていく。
閃光からの暗転。
そうして生まれた完全な闇の中から、獣人たちが飛び出した。
彼らは武器を持たず、四つん這いで走り、信じられない跳躍力で盗賊たちの頭上を飛び越え、背後に回り込む。
ゾラが大斧を一振りすれば、三人の盗賊が宙を舞った。
熊の獣人が盾ごと敵を粉砕し、猫の獣人が音もなく喉を掻っ切る。
「ば、化け物だ! 逃げろ!」
「ひぃぃ! 暗闇から目が、目が光って!」
パニックに陥った盗賊団に、統率などない。彼らにとって夜の森は恐怖だが、獣人にとっては我が庭だ。
一方的な蹂躙。悲鳴と骨砕く音が、夜の村に響き渡る。
数分後。 村の広場は静寂を取り戻していた。転がっているのは盗賊たちの動かなくなった身体だけ。
第9大隊の被害は、かすり傷数名のみ。
「……ふん、手応えのねぇ連中だ」
ゾラが賊の頭目の服で剣の血を拭いながら、つまらなそうに吐き捨てる。
だが、その目はちらりとレノの方を見ていた。
(……あの障壁。あいつが指揮官っぽく振舞って注目を惹きつけつつ、ときどきわざと揺らぎを作って「やれるかも」と敵に思わせていたのか…)
レノは、腰を抜かしている村長に歩み寄ると、淡々と言った。
「盗賊団は壊滅しました。……ああ、感謝の言葉はいりません。我々は軍務を遂行しただけですので」
村長は震えていた。盗賊への恐怖ではない。盗賊を「肉塊」に変えた、この異様な部隊への恐怖だ。
「あ、悪魔……死神だ……」 誰かがポツリと漏らした。
レノは背を向け、村での野営は得策ではないと判断し、部下たちに撤収を命じる。
「帰るぞ。……ゾラ、お前の動きは雑だ。もっと最短距離で急所を狙え」
「……へっ、次は善処するよ、レノ」
初めて、ゾラがレノを名前で呼んだ。
村人からの感謝も賞賛もない、ただ「恐怖」だけを残した勝利。
だが、それは彼らが初めて手にした「軍人としての勝利」だった。 第9大隊の兵士たちは、誇らしげに泥だらけの胸を張り、闇夜へと消えていった。




