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3話 梟の狂犬

湿地帯を抜け、少し開けた荒野に出たところで、レノは部隊を止めた。


「休憩だ。15分後に発つ」


「おい、まだ進めるぞ。エルフ共の鼻を明かしてやるんだろ?」


噛みつくような口調でレノに詰め寄ったのはゾラだった。

トラの獣人である彼は、しなやかな筋肉を持ち、その黄色い瞳には常に反骨の炎が宿っている。

手には身の丈ほどもある大斧。


彼はスラムで盗みを働いたことから11歳で配属され、生まれ持った戦闘センスとジョブ「獣戦士」で類まれなる戦果を残してきた「若手ながら古参」は、第9大隊の中でも特に扱いにくい狂犬として知られていた。


「ゾラ、命令だ。休め。お前の筋肉はまだ動くかもしれんが、集中力が切れてる」


「はっ! 俺様をナメんじゃねえ。ヒト族に屈した野郎の指図なんざ――」


ゾラがレノの胸倉を掴もうとした瞬間、横合いから銀閃が走った。 ミラが抜剣し、切っ先をゾラの喉元に突きつけていたのだ。


「隊長への不敬は軍法会議ものよ、ゾラ。その手を離しなさい」

「やってみろよ、メイド崩れの混血が」


一触即発の空気。だが、それを断ち切ったのは、地響きのような轟音だった。


「……おっと、お喋りはそこまでだ」


レノが空を見上げる。 雲を割って現れたのは、ワイバーンに騎乗したエルフの「竜騎士」部隊だった。上空からの強襲。完全に不意を突かれた形だ。


「竜騎士だ! 散開ッ!」


兵士たちがパニックに陥る。上空からのブレス攻撃に対し、地上の歩兵は無力に近い。


ブレス一発で地面が抉れるが、レノの防壁展開が間に合い、幸いに奇襲での損害は避けられた。


だが、とりわけ近距離戦を得意とする獣人を中心に、恐怖の色が広がる。だが、ゾラだけは違った。彼の顔に浮かんだのは恐怖ではなく、凶悪な笑みだった。


「ヒャハッ! デカい獲物のお出ましだなぁ!」


ゾラは大斧を担ぎ、命令を待たずに駆け出した。


「待てゾラ!!」


「うるせえ! 俺の『獣』が疼くんだよッ!」


ゾラの全身から赤いオーラが噴き出す。ジョブ<獣戦士>のスキル<獣化>。


理性を代償に、身体能力を限界まで引き上げる狂戦士のスキルだ。彼は岩を蹴り、人間離れした跳躍力で低空飛行に入ったワイバーンへと飛びかかった。


「らぁぁぁぁッ!!」


一閃。ワイバーンの翼膜が裂ける。


だが、敵は一体ではない。別のワイバーンが背後からゾラに迫り、その巨大な鉤爪を振り下ろそうとしていた。


空中にいるゾラに回避の術はない。


「チッ……世話の焼ける駄猫が」


ミラが舌打ちと共に指を鳴らす。


――スキル発動:<器用ナル者>


ガギィィィンッ!!  ゾラの背中に爪が食い込む直前、凄まじい勢いで矢がワイバーンの腕を吹き飛ばした。


空中で体勢を立て直したゾラは、その反動を利用して二体目のワイバーンの首を刎ね飛ばす。


「ミラ、バム、メラ! ゾラが空けた穴を広げろ! 対空戦闘で確実に一匹ずつ仕留めろ!ほかは4~5人で物理攻撃に備えつつ、魔法攻撃は散開していなせ!」


「了解ッ!」


メラが魔法で翼を焼き払わんとし、竜騎兵が回避と展開のために速度を落としたところをミラの矢と狙撃手バムの銃弾が貫いていく。ゾラの切り開いた突破口を、レノの指揮で部隊全体がこじ開けていく。


圧倒的な劣勢だったはずの戦況は、一瞬でひっくり返っていた。


敵も獣人中心の部隊で反撃能力を甘く見積もっていたのか、貴重な竜騎士を温存するべく頑強な抵抗を受けて4騎ほどが落とされると、すぐに撤退を始めた。


戦闘終了後。ワイバーンの死骸の上に座るゾラの元へ、レノが歩み寄った。


「……おい、レノ」


「なんだ。あー、単独突撃の命令違反は、お前の給料から引いておく」


「ふん。なんでもいいけどよ、ミラには礼を伝えておいてくれないか。」


ゾラは不器用に顔を背けた。 レノは肩をすくめる。


「後ろにいるけど?」


「い?!」


「勘違いしないでください。あなたは貴重な戦力です。怪我したらレノの作戦に支障が出る。それだけです」


ゾラは小さく舌打ちをして、しかし、今度は大人しく隊列に戻った。


「しかしこの大隊、全員俺のこと呼び捨てだよなぁ」


レノの独り言が虚空に吸い込まれていった。


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