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27話 梟の凶日

山脈への中間にあたる峡谷、「竜のあぎと


切り立った岩壁が両脇から迫るその天然の要害は、第9大隊にとっての墓場になろうとしていた。


「……完全に、先回りされたな」


レノは岩陰から双眼鏡を覗き、舌打ちを噛み殺した。


峡谷の出口、その高い岩棚の上に、緑色のマントを羽織った影が無数に展開している。


エルフ軍の中でも山岳戦に特化した精鋭、「森の守り人フォレスト・ガーディアン」たちだ。


彼らは第8同様に第三国の介入を恐れているのか、あるいは森のネットワークを使い、正規ルートを外れたレノたちの動きすらも予測して待ち伏せていたのか。


「数は約200。地の利は向こうにある。まともに突っ込めば蜂の巣だ」

報告を聞いた隊員たちの顔に、疲労と絶望の色が濃くなる。  弾薬は残りわずか。魔導師たちの魔力マナも底をつきかけている。対して敵は万全の状態だ。


「レノ」 泥と血に塗れたゾラが進み出た。その瞳は決意に燃えている。


「あいつらの注目を引く囮が必要だろ? 俺が突っ込む。その隙に、みんなは岩壁を登って迂回しろ」


それは事実上の特攻志願だった。「不敗のゾラ」といえど、集中砲火の中へ飛び込めば生きては戻れない。


レノは冷ややかな目でゾラを見下ろした。


「却下だ。お前の計算能力は小学生以下か?」


「なっ……! 俺は本気で!」


「戦力が減れば、その後の山越えでの生存率が下がるし、今さら誰かを切り捨てる策なんて、俺は選ばない。」


レノはゾラを押しのけ、地面に散らばる小石を拾い上げた。


「敵は高所にいる。それが奴らの強みだが、同時に弱点でもある。……ミラ、工兵部隊に残っている火薬と、魔導師の残存魔力をすべて集めろ」


「対地火力で押し切るつもりですか?魔術師はもう殆ど…なので、それだけの火力はもうありません」


「いや、きっかけだけでいいんだ」


第9大隊は直ちに動き出した。それは戦闘準備というより、土木作業に近かった。


やがて、ゾラの陽動に気付いたエルフたちが攻撃の合図である角笛を吹き鳴らした。  雨のような矢と魔法が降り注ぐ中、ミラが剣を抜き放ち、叫んだ。


「総員、衝撃に備えろッ!」


爆音。 しかしそれは敵に向かうものではなく、峡谷の支柱となる岩盤を砕く音だった。


レノの策は、峡谷の入り口付近の岩盤を崩落させ、人工的な雪崩を発生させることだった。 高所に陣取っていたエルフたちだったが、足元の岩棚ごと崩れ落ちる土砂の濁流には抗えない。

悲鳴と共に、数多のエルフが雪と岩の海へと飲み込まれていく。


「今だ! 混乱に乗じて突破するぞ!」


レノの号令で、泥まみれの第9大隊が駆け出す。だが、土煙の向こうから、雷鳴のような音が響き渡った。


「――相変わらず、面白い盤面を作るようだ、死神レノ」


空間が裂け、紫電を纏った一団が戦場に降り立った。


序列2位「雷鳴の覇者」スメラギ=ルキフェル、そして「零点下の貴公子」、「白銀」、「薔薇」がレノを見下ろす。


「スメラギ大将……!」  レノが足を止める。最悪のタイミングでの介入だ。


「地形を利用し、少数の兵で多数を制する。特に雪崩を引き起こすのは、雪山での戦いにおいては定石として教科書に載せたいくらいだ」


スメラギは指揮棒を振るうように指を動かした。


「だが、盤上の駒の性能差までは覆せないだろう」


スメラギから、雷撃魔法が放たれる。


ミラが咄嗟にレノを庇い、剣で雷を受け流すが、その衝撃で吹き飛ばされる。


「ぐぅっ……!」

「ミラ!」


ゾラが咆哮し、スメラギへ跳躍するが、見えない障壁に阻まれて弾き返される。格が違う。

一人一人が戦略級の戦闘力を持っている。


「チェックメイトだ。……と言いたいところだが」


スメラギはふと、空を見上げた。その瞳に、奇妙な色が宿る。侮蔑か、あるいは諦観か。


「もう一度聞こう、私の部下にならないか」


「スメラギ大将、あなたは何がしたい。」


「お前らにも真実を教えてやろう。この国の王家は偽物だ。いや、偽物だった。


かつて二代目魔王を討伐した勇者の子孫を僭称していたが、実際は勇者と姫は子を成さず、姫の兄弟の家系であることを隠し続けてきた。


だが、ヤマトは数世代ぶりに現れた本物の勇者であり、その実力も風格も王に相応しい。


私は、私たちは見たいのだ。ヤマトを頂点としたヒト族の国家が、この魔王なき世界で全ての国家を打ち倒し、世界を統べるのを。今この瞬間に君主が誰であるかは些事だ。」


レノは返答に詰まる。

百年以上前に全世界を統一したヴァンパイア族の魔王と、その弟にして二代目魔王が死して数十年。


ヴァンパイア族を裏切り一族もろとも滅ぼした有翼族は天空の魔王城エクリプスに鎮座したまま、沈黙を保っている。もはや、現世に何ら影響しない天上の話だ。


「…なら、聞きたいことはひとつだ。その世界で、獣人族の居場所はあるのか。」


「君の居場所は保証しよう。種族としての話なら、それはヤマトが決めることだ」


「…正直、交渉決裂と言いたいところだが、あいにく戦ってどうにかなる相手じゃないことも理解している。自分はスメラギ大将に帰順するから、こいつらは見逃してやってくれないか。」


「…ふん、相変わらず卑下がすぎて賭けの天秤が合っていない男だ。いいだろう。物資も渡して万全に…」


直後。 音はなかった。遥か数百キロ彼方の王都方面から、一筋の「白い光」が伸びた。


「ヤマトッ、なぜだ!!」

それは魔法と呼ぶにはあまりに無機質で、攻撃と呼ぶにはあまりに巨大すぎた。


カッッッ――――!!!!


視界が白一色に染まる。 熱も衝撃も遅れてやってきた。


勇者ヤマトによる、ただの剣での突き。


ただそれだけの動作が、空気を圧縮し、空間を歪め、一直線の「真空のトンネル」となって数百キロを貫通した。


その光が収まった時、そこにあったはずの峡谷の半分が「消滅」していた。


エルフ軍も、スメラギたちが展開していた足場も、レノたちの退路を塞いでいた岩壁も、すべてが円形にえぐり取られ、ガラス化した地面から蒸気が上がっている。


「……な、なんだこれは……」

ゾラが腰を抜かして呟く。戦術も技量も関係ない。


純粋な災害。


スメラギは、半壊した岩の上で肩をすくめていた。

彼はその攻撃の質よりも、むしろ意味合いに驚いたような顔を見せたが、すぐに冷静な表情を取り戻した。


「エルフども以外は死人なしか…全くヤマトの心は読めないが、逃がせと言っているんだな…」


そう呟いてスメラギはレノたちの方を一瞥し、そしてわざとらしく視線を逸らした。


「運のいい死神だ。それが命令ならば従うまでだ。また会おう」


スメラギは背を向け、雷が一閃すると他の隊員もろとも消え去っていた。


静寂が戻る。 レノは震える手で軍帽を直し、蒸気の晴れ間から見えた、抉り取られた新たな「道」を指差した。


「……勇者様の気まぐれで、親切にもトンネルを掘ってくれたようだ。進もう、考えるのは後だ。今は生き残ったことだけを考えよう」


「そうですね。……でも、次自分を犠牲にするようなことをいったら承知しません」


ミラの声が震えていた。振り返ると、彼女は大粒の涙を流しながら、剣の柄を握りしめていた。


「私たちが捨て駒じゃないように、あなたも捨て駒じゃないんです。


……家族です。だから、勝手にいかないで」


「……ああ、分かってる。悪かった」


レノはバツが悪そうに視線を逸らし、しかし、その手でそっとミラの涙を拭った。


第9大隊は、神の如き暴力に戦慄しながらも、その破壊の跡を通り、自由への道を再び歩み始めた。

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