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26話 梟の因縁

エルフの小規模拠点を急襲し、防寒コートと保存食を強奪した第9大隊は、山脈のふもとへと急行していた。


吐く息が白くなり、地面が凍土へと変わり始めた頃。

行く手に、黄色い軍旗を掲げた一団が現れた。


「あれは……第8大隊?」


ミラの警告に、レノは片手を挙げて部隊を停止させた。


第8大隊。オルグ少佐は名門貴族の嫡男としてお飾りの大隊長ではあったが、それでも権威主義的な振る舞いは貴族の子弟から一定の人気を集めていた。


だが、今の彼らにかつての栄光はない。鎧は煤け、数も半減し、兵士たちの目は飢えた獣のようにぎらついていた。


「おい!貴様ら、第9大隊だな!」


第8大隊の中から、オルグ少佐が進み出てきた。焦燥と疲労で歪んでいる。 レノは馬を下りず、冷ややかな視線を送った。


「いかにも。奇遇ですね、貴殿らも山登りへ?」


「森羅シルフヴェール帝国シルヴァン=アルべリオン皇帝陛下の命で、万が一の事態に備えて、自由部族連合の獣人や轟鉄工国のドワーフどもが侵攻してこないか防衛にあたるよう命じられた」


オルグ少佐の視線が、第9大隊の荷駄に向けられる。強奪したばかりの食料と毛皮だ。 ゴクリ、と第8大隊の兵士たちが喉を鳴らす音が聞こえた気がした。


「それは何か」  将校が命令口調で言った。


「我々は名誉ある森羅シルフヴェール帝国の正規軍に組み込まれた。貴様らのような薄汚い獣人部隊とは価値が違う。


その物資を献上し、我々の代わりを務めろ。そうすれば、情状酌量してやらんでもない」


あまりに傲慢で、時代錯誤な要求。 ゾラが殺気を放ち、牙を剥き出しにする。


「あぁ? 何言ってんだこの野郎……」


レノがそれを手で制し、静かに問い返した。 「断ると言ったら?」


「……獣風情が、エルフ族に逆らうつもりか?」


将校の手元に、魔法陣が展開される。


「ちっ、祈るものも縋るものもすげ変わっているのに、それでも祈って縋ってるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ」


第8大隊の魔導師たちが一斉に杖を構える。彼らにとって、獣人を殺すことに躊躇はない。これまでもそうしてきたし、これからもそうするつもりなのだ。


レノは、ふぅ、と白いため息を吐いた。  そして、冷徹な声で宣告した。


「ミラ、ゾラ。――仕方ない」


「了解ッ!」


レノの言葉が終わるより早く、ゾラが地を蹴った。

「半獣化」発動。身体能力が爆発的に向上し、残像を残して将校の懐へ飛び込む。


「なっ!?」  


オルグ少佐が炎を放とうとした瞬間、ゾラの大斧が一閃した。

魔法ごとかき消された首が、宙を舞う。


その顔は、自分が殺されるとは微塵も思っていない、間の抜けた驚愕の表情のまま雪原に転がった。


名門貴族の嫡男、オルグ。 数多の兵を捨て駒にしてきた男は、最期は誰よりもあっけなく、ゴミのように処理された。


「ひ、隊長!? 撃て! 殺せ!」


パニックに陥った第8大隊が魔法を乱射する。だが、第9大隊の動きは、実戦で鍛え上げられた「狩り」のそれだった。


バムの狙撃が詠唱中の魔導師の杖を砕き、眉間を撃ち抜く。

ミラが投擲したナイフが正確に急所を捉える。

ラナが展開した簡易結界が、流れ弾を防ぐ。


レノは一歩も動かず、戦場を俯瞰していた。

「魔法使いは初動が遅い。接近戦に持ち込めばただの的だ」


かつて同じ旗の下で戦った友軍同士の殺し合い。いや、これは一方的な蹂躙だった。

飢えと寒さで動きの鈍った貴族部隊と、生存本能を研ぎ澄ませた獣たち。勝負は見えていた。


数分後。雪原には、赤黒いシミが無数に広がっていた。


生き残った数名の第8大隊兵士が、雪に手をついて命乞いをしていた。


「いくつか質問がある。端的に答えるんだ。

まず、なぜ王国は負けた?」


「ヒライ要塞が落ちたらしい、何でも双剣の舞姫ってのが有能な指揮官を暗殺したとか」


「王都はどうなっている?」


「知らない、ただ噂では、敵の皇帝が使う大魔法でえらい被害だって…。」


「他の大隊は?」


「第1と第8以外は全部壊滅だ。


というか、第1は王都が落ちたらさっさとエルフ族に鞍替えしちまって、帰順しない他の大隊を次々と討伐したそうだ。正直、あんたらがここに現れて、びっくりした。」


その言葉に、レノは眉をひそめた。

(あのプライドの高い連中が、命惜しさに寝返る? ありえない)


逆侵攻作戦に同行していた3人を除くと…脳裏に浮かぶのは、ガラス玉のような瞳をした勇者ヤマトと、盤面を支配していたスメラギ。


(……なるほど。国が滅びようが、彼らにとってはどうでもいいことなのか。あるいは――『それすらも掌の上』か)


底知れない闇を感じ、レノは拳を握りしめた。


「……エルフ族について知っていることは?」


「正直詳しいことは聞いてないし、俺らはまだまともに奴らと話したこともないんだ。頼む、助けてくれ……俺たちはただオルグ少佐の命令に……」


レノは立ち上がると、彼らの横を通り過ぎざま、見向きもせずに言った。


「慈悲はかけないが、トドメも刺さない。俺たちのことを報告するかも、自分で決めろ」


そういって第9大隊は、第8大隊の残骸から使える物資を回収し、再び歩き出した。


しばらくして。


「悪いな、年をとると近いもんで」


そういって用を足すから、と離れていったバムは、ナイフで第8の隊員たちの首を音もなく掻き切った。その微かな音も赤い血も、吹雪の音と白い雪にかき消されていく。


「あの方は甘い。……だが、それでいい。あの方の手は、未来を掴むためにある」

バムはナイフの血を雪で拭った。


「わしの手はもう汚れ切っている。地獄に行くのはわし一人で十分じゃ。……なぁ、そうだろう?」


彼は空の彼方にいるはずの孫娘に語りかけ、静かにナイフを収めた。


もう後戻りはできない。彼らの手は、同胞の血で濡れた。


レノは前だけを見つめ、険しくなる山道へと足を踏み入れた。

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