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20話 梟の深謀

エルフのネシア商業都市への東部方面軍は第1が殲滅、セキフ平原の中央方面軍でもエルフ軍の将軍ガリアスが第9に討ち取られ、更に第1と第4の奇襲が成功した。


この情報は、瞬く間に戦場を駆け巡った。


総崩れとなったエルフ族の東部方面軍と中央方面軍は、散り散りになって森羅シルフヴェール帝国領へと撤退を開始した。


王国軍本陣は、この予想外の戦果に沸き立っていた。


「見たか! 我が軍の圧倒的な力を!」 「エルフなど恐るるに足らず! 今こそ積年の恨みを晴らす時ぞ!」


安全な後方で観戦していた貴族将校たちは、第9大隊が作った勝機を、さも自分たちの手柄のように語り始めた。


また、同時期に、約束通り獣人の地位向上を訴える新聞も多く発行された。


「おい見ろよ、この記事!」


すれ違った他部隊の一般兵が、新聞を広げて興奮している。

『第9大隊、エルフ将軍を討つ! 獣人の勇気が国を救った!』


「すげえな獣人! 俺たち第3大隊が逃げ腰だった時に、あいつら踏み止まったのかよ」


そうして王都は勝利の余韻のままに大きな渦に巻き込まれていくなか、最も愚かな命令が下された。


『全軍、追撃せよ! エルフの森を焼き払い、彼らの都まで進軍するのだ!』


その無謀な命令を一番に実行したのは、第4大隊「ピルプラメニ(炎の宴)」だった。

代々、炎魔法の名門ロートフィルト家が率いるこの部隊は、武功への執着が凄まじい。


「抜け駆けは許さんぞ! 第9大隊ごときにはした金星をくれてやったが、森の攻略は我らの仕事だ!」

第4大隊長グレン=ロートフィルトは、一時は敵将軍の首という最大の戦果を奪われたことに気を落としていたが、この追撃命令が出てから意気揚々とレノたちの横を馬で駆け抜けた。


彼らは敗走するエルフを追い、鬱蒼と茂る「深緑の森」へと雪崩れ込んでいく。


その様子を、レノは冷めた目で見送っていた。


「……愚かだ。エルフは非常に用意周到な侵攻作戦を練ってきた。反攻作戦も時間の問題とはいえ、まだヒライ要塞も包囲されているような状況だ。無謀な勢い任せの逆侵攻は心理的な効果以上の何かは見込めない。」


「隊長、我々も追撃命令が出ていますが」


ミラの問いに、レノは首を振った。


「命令は『追撃』だが、スピードまでは指定されていない。我々はゆっくり行くぞ」


レノは周囲を見渡すと、それから半日ほどかけて死者の埋葬を行った。


もともと498名で構成されていた部隊は、この戦闘を経て304名に減っていた。それでも奇跡的な勝利と言えるが、部隊として初めての大損害であり、レノたちは獣人族の権利のために散ったものたちを丁重に弔った。


「隊長、あなたが掘る必要はありません。我々に命令してくだされば」


「いいや。こいつらに死地を命じたのは俺だ。最後くらい、俺の手で送らせてくれ」


レノはスコップを握り、黙々と土をかけた。 その背中を見て、生き残った兵士たちは涙を流し、誓った。 この人のためなら、次は地獄の底までついていくと。


その後、第9はしばし休憩をとると、レノは手元の地図を開き、森への侵入ルートではなく、戦場に散らばるエルフ軍の輜重車を指差した。


「まずは『戦利品の回収』だ。エルフの保存食、それに上質な矢、魔石。全部拾え。使えるものは何でも、だ」


「……略奪ですか?」


「現地調達と言え。この先、本国からの補給なんて期待できないからな」


レノの予感は確信に近いものだった。 あの森は、エルフの庭だ。勢いだけで突っ込めば、視界と地の利を奪われ、今度はこちらが狩られる側になる。


それに、第1大隊のあの異常なまでの破壊力を実際に目の当たりにして、ひとつの確信を得ていた。あれほどの圧倒的な戦力は周知のもので、森羅シルフヴェール帝国だって何かしらの「切り札」を用意しているはずなのだ。


「ゾラ、怪我の具合は?」


「あ? こんなのかすり傷だ。早く行こうぜレノ! 森のエルフも皆殺しにしてやる!」


「元気なことだ。だが、ここからは力押しじゃ勝てないぞ」


レノは空を見上げた。森の方角から、不穏な風が吹いてくる。第4大隊が放った炎の煙が上がっているが、それはすぐに森の深淵に飲み込まれ、消えてしまった。


「深入りすれば、戻れなくなる。……まあ、俺たちには元々、帰る場所なんてないようなもんだがな」


レノは、回収したばかりの高級なエルフワインの栓を抜き、ラッパ飲みした。  苦い勝利の味と、これから始まる泥沼の予感が、喉を焼き付けた。


第9大隊は、他の部隊が功を競って森へ突入する中、最後尾でのろのろと、しかし確実に物資を蓄えながら進軍を開始した。

今年最後の投稿となります。

正月も含めて1部完結までは1日1投稿(10:00)を続けます。


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