2話 梟の守護者
レノの率いる第9大隊は、ジョブ「獣戦士」を持つ虎の獣人ゾラを先頭にして、第8大隊を眼前に捉えたエルフ族の連隊に後方から突撃した。
敵も追撃中の後背からの攻撃は予想もしていなかったのか、足取りの重い魔法使いが最後列に多かったため、接近戦で大斧で薙ぎ払っていくゾラとの相性は最悪だったといえる。
突撃してから半刻ほど散々にエルフ軍を打ち破ったが、敵軍も統制を取り戻して「数の有利」を活かし始めるようになると、第8大隊と連携するでも合流するでもなく、雨に紛れて蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。
状況がつかめない豚少佐は援軍が来たと思って嬉しがっているのが遠くから見れたが、あっという間に撤退していくのを見て今度は散々に怒り狂っているようだった。
その数刻の後、雨は小降りになったころ、アリン村より更に南、エルフとの国境付近で第9大隊は再集結し、行軍を開始していた。
湿気と腐葉土の匂いで満ちる森の中、道なき道を進む。本来の撤退ルートとは真逆、エルフ軍の支配領域ギリギリをかすめる獣道だ。
「隊長、この先は湿地帯です。馬車はもちろん、馬も通れません」
副官のミラが地図もなしに正確に報告する。 レノは濡れた前髪をかき上げながら頷いた。
「だからいいんだ。エルフの主力は魔導騎兵だ。あいつらは綺麗好きだからな、泥沼には入ってこない」
「ですが、軽装の追撃部隊が来る可能性は?」
「確実に来る。……と、噂をすれば。」
レノが指差した瞬間、後方の茂みから風切り音が響いた。 ヒュンッ! 最後尾を歩いていた兵士の足元に、緑色の羽根を持つ矢が突き刺さる。 敵の斥候だ。
「迎撃! 作戦通りに散開しろ!」
獣人たちが木に身を隠して武器を構える。だが、森の中でのゲリラ戦はエルフの独壇場だ。姿の見えない木の上や茂みから、正確無比な矢と魔法弾が飛んでくる。
「くそっ、どこだ! 見えねえ!」
「落ち着け。見えなくていい」
レノの声は、戦場とは思えないほど平坦だった。
彼の視界には、世界が青白いグリッド(格子)で覆われて見えていた。
――ジョブスキル:<守護領域>
本来は守るべき対象を把握するための空間認識能力だが、レノはこれを戦術マップとして脳内変換している。
敵の殺気、魔力の揺らぎ、風向き。全てが数値となって彼の脳に流れ込む。
「バム。2時の方向、距離350、高い樫の木の枝分かれ部分。」 「……了解」
部隊の最古参、白髪交じりの人間の男、バムが長銃を構える。 彼のジョブは「狙撃手」。
老眼が進んでいるはずの彼だが、レノの座標指示を聞いた瞬間、その銃口は吸い込まれるように虚空を捉えた。
ズドンッ!
乾いた銃声と共に、遥か彼方の木からエルフ兵が一人、人形のように落下した。
「メラ。9時の方向、岩陰。範囲魔法で炙り出せ」
「はいっ!あそこの岩陰ですね……耳長のクソ豚どもを消し炭にします♡」
眼鏡をかけ、この部隊には似つかわしくないほど品の良さを感じる少女ーーーのような少年「魔法使い」メラが杖を振るう。
彼女の放った火球は、レノの指定した岩の裏側で炸裂。
隠れていたエルフたちが悲鳴を上げて飛び出してきたところを、待機していた獣人兵たちが狩る。
(メラって魔法を行使するときだけ異常に口が悪くなるよな…)
「右翼は撤退。左翼、45°に障壁展開。あわよくば跳弾を狙うか、それを警戒させて攻撃を鈍らせるだけでも十分だ。」
レノの指示は機械的だった。 感情も、熱意もない。まるで詰め将棋でも指しているかのような淡々とした声。
だが、その指示に従うだけで、第9大隊の兵士たちは誰一人傷つくことなく、一方的に敵を排除していく。
「な、なんだこいつら……動きが読まれているのか!?」
エルフたちの焦りが聞こえてくる。「ここを攻めれば有利だ」と思う場所には、すでにレノの罠がある。「ここで守れば安全だ」と思う場所は、先回りされて狙撃か魔法の射線が通っている場所だ。
「守護者っていうのはな、何も盾を構えて耐えるだけが仕事じゃないんだよ」
敵の攻撃ルートを限定し、味方の有利なキルゾーンに誘導する。それが彼の「防衛」だった。
「隊長、敵影消失。撤退したようです。やはり読み通り、西のヒライ要塞都市にも既に侵攻を開始しており、後方は兵站維持のための哨戒部隊のみでしたね。…ジョブスキルの負荷は大丈夫ですか。」
ミラの報告に、兵士たちから歓声が上がる。
彼は再び、冷めきった泥水のようなコーヒーを口に含むと、コンコンとコップを叩いた。
「コーヒーで少しは頭痛も和らぐってもんよ。」
周囲から「死神レノ」――そんな呼び名が囁かれる中、レノは一つ溜息をついた。
「はあ……学生時代につけられた最悪の二つ名で呼ばれるのは慣れないなぁ。まぁ、梟の罪も同じようなものか。」
「あまり軽口を叩かない方がいいですよ。素敵な罪、私はけっこう気に入っているんです。」
ミラの冷静な突っ込みにレノは両手を挙げて見せる。
「別に罪を犯したわけじゃないだろ、僕も、君も。」
「私は……いえ、今は友軍との合流を優先すべきです。早く合流しないと第8大隊の豚になんて言い触らされるか分かりませんよ」
「はぁ、ちょっとした雑談もできないもんかね、戦時下っていうのは。」
二人の会話をまるでラジオのように周囲が聞き入っているのに気付かないまま、二人を先頭に数百人の部隊は泥濘のなか、歩みを進めた。
ペシェシュエットはフランス語で「梟の罪」と「素敵な罪」って二つの意味があるとか。
蔑称として使われるうちに、自分たちでも使い始めたようです。
X(Twitter)@kuroneko_renjiで主要キャラクターのビジュアルイメージを公開しています。




