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17話 梟の準備

「貴様ら第9大隊には、セキフ平原中央部における『遅滞戦術』を命じる。


おそらく会敵は1週間後。そこから1日でいい、陣地防衛により敵主力を釘付けにしてほしい。敵の攻勢があった翌日、日の出とともに第4が左翼から、第1が右翼から敵への奇襲攻撃を仕掛ける。」


豪奢な天幕の中で、脂肪を蓄えた第4大隊の将校が地図の一点を指差した。


髪が赤いので、ロートフィルト家の人間だろうか。その指には不釣り合いな宝石のついた指輪が食い込んでいる。 指し示された場所は、遮蔽物ひとつない広大な平原にある丘だった。


「……遅滞、ですか」


レノはあくびを噛み殺しながら、気のない声で応じた。 隣に控える副官のミラが、眉ひとつ動かさずに殺気を放っているのが背中でわかる。彼女の手はワナワナと、背中の短剣へと伸びかけていた。


「そうだ。敵側面を突くまでの間、敵主力の足止めを行え。貴様らのような薄汚い獣人部隊ペシェシュエットでも、肉の壁くらいにはなるだろう?」


将官は嘲笑を隠そうともしない。 これでは作戦ではなく、ただの「捨て駒」だ。


敵の精鋭騎馬隊が押し寄せる平原に歩兵を置けば、数分ですり潰されて終わる。それは軍略のイロハを知らない士官候補生でもわかることだった。


「承知しました。ピクニックにはいい場所だ。日当たりもいい」

「は……?」


「失礼、軽口です。任務を受諾すると言ったんです。即時移動を開始します」


レノは軍帽のつばを指で押し上げ、踵を返した。 天幕を出た瞬間、待機していたゾラが唸り声を上げて詰め寄ってくる。


「おいレノ! 中の話、聞こえてたぞ! あんなふざけた命令、受けるつもりかよ! 平原の真ん中で立ち往生なんて、自殺志願者のやることだぜ!」


「ゾラ、声がでかい。僕だって自殺なんてごめんだよ。」


レノは懐から地図を取り出し、平原の地形図を睨んだ。その瞳から、先ほどまでの眠たげな色が消え、冷徹な光が宿る。


「上層部は言ったな。『遅滞戦術』と。つまり、敵をそこで足止めすれば手段は問わないってことだ」


「だから、どうやって止めるんだよ! 向こうはエルフの精鋭だぞ! 足の速さが桁違いだ!」


「速いなら、足を折ればいい。ああいう態度だけど、第4が前線で奮戦してくれたから接敵まで1週間はある。それまでに敵の機動力をどう奪うか、そして大魔法をどう防ぐかの2つを考えなければいけない」


レノは地図上のセキフ平原に、赤いペンで大きくバツ印をつけた。


「ミラ、工兵部隊とメラを呼べ。それから輜重車しちょうしゃにある『ドワーフ製の鉄線』を全部出すんだ」


「……鉄線ですか? あれは本来、資材固定用ですが」


「使い道を変えるんだ。これから3日間で、あの丘を地獄に変える。あとは…バムを呼べるかい?」


レノはニヤリと、悪戯を思いついた子供のように笑った。


「歓迎会の準備だ。お客様が帰りたくても帰れないような、とびきり熱烈なやつをな」


夜の帳が下りる平原。  第9大隊の兵士たちは、レノの指示の下、昼夜を問わず泥と土にまみれて作業を続けていた。 愚直で生真面目なメラが、杖を地面に突き刺して叫ぶ。


「隊長! 指定されたエリアの土壌液状化、完了しました! 魔力がもうすっからかんですよ……!」


「よくやったメラ。次は敵が大魔法を使用する場合の候補地をすべて洗い出そう」

「鬼ですかあなたは!」


文句を言いながらも作業を続ける部下たちを見やり、レノは携帯糧食の固いパンをかじった。


地平線の向こう、エルフ軍の陣地にかがり火が無数に見える。

明日の朝、彼らは意気揚々とこの平原を駆け抜けてくるだろう。  ここが自分たちの墓場になるとも知らずに。


「さて……毒入りの餌は撒いた。食いついてくれるかな」

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