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14話 梟の休日

会議が行われている最中、ゾラは、憂さ晴らしに酒場へ繰り出したが、通りでトラブルに巻き込まれていた。 相手は、第4大隊の紋章をつけた一般兵3人組だ。


「おいおい、犬っころが人間の道を歩いてんじゃねえよ。首輪はどうした?」


「あぁ? テメェ、誰に向かって口きいてんだ」


「第9大隊の『不敗のゾラ』だろ? 知ってるよ。どんなに大敗しても自分だけは生き残るから、自分”だけ”は不敗なんだろ」


兵士の一人が、ゾラの足元に唾を吐きかけた。 ブチッ、とゾラの理性が切れる音。


「……後悔すんなよ」


ゾラの動きは神速だった。 魔法を使う隙も与えず、兵士Aの懐に飛び込み、鳩尾に拳を叩き込む。 そのまま兵士Bの腕をねじ上げ、地面に叩きつけた。 ものの数秒。圧倒的な身体能力差。


「はんッ、口ほどにもねえ。第4大隊っつっても、鎧がいいだけのカカシかよ」


ゾラが鼻を鳴らし、倒れた兵士を踏みつけようとした時だった。


「――あつっ」


唐突に、ゾラの身体が「熱」の壁に弾き飛ばされた。 直接触れられたわけではない。空間そのものが沸騰したような衝撃。


「……なんや、騒がしいな。昼の散歩してたんやけど」


通りの向こうから、あくびをしながら現れたのは、第1大隊の『薔薇』のレンジ=ロートフィルトだった。 やる気のない猫背。しかし、その周囲には、バラの花びらの形をした「紅蓮の炎」が舞っている。


「ッ……! レンジ=ロートフィルト……!」


ゾラは本能的にバックステップを踏み、距離を取る。 だが、レンジはゾラを見てもいない。


「お前ら、第4だから兄さんとこの部隊だな。一般人に迷惑かけんなよ。あと、そこの獣人」


レンジが指をパチンと鳴らす。 瞬間、ゾラと兵士たちの周囲360度から、花びら状の炎が殺到した。


「なッ!?」


第4の兵士ごと巻き込む、無差別な焼却。

ゾラは一定の理性を保つことができるスキル「半獣化」ーーここ数週間の訓練の末に身に着けた新技ーーを発動し、四つん這いで地面を這いずり回って炎を回避する。 髪の毛がチリチリと焦げ、軍服の袖が燃え落ちる。

一方、逃げ遅れた第4大隊の兵士たちは「ぎゃあああ!」と悲鳴を上げて両腕が黒焦げになっていた。


「おー、よく避けるな。ゴキブリみたいですばしっこい」


レンジは感心したように言うが、追撃の手を緩めない。 彼にとってこれは戦闘ではない。「掃除」だ。


(勝てねえ……! 近づくことさえできねえ!)


「不敗」の自信が、音を立てて崩れていく。 拳が届く距離ではない。技が通じる相手ではない。 ただの理不尽な自然災害。


「こ、ここで何をしているのですかレンジ様! 街が燃えます!」


駆けつけた王都憲兵隊に止められ、レンジはちっ、と舌打ちをして炎を消した。


「しゃーないな。……おい獣人。命拾いしたな。次は殺虫剤撒くから覚悟しとけよ」


レンジは興味なさげに去っていった。 残されたゾラは、煤だらけの顔で、拳を地面に叩きつけた。 血が滲むほど強く。


その圧倒的な実力差を前に、ゾラのなかでメラメラと燃え上がるものがあった。

==


大隊長会議が終わった数刻の後。


ミラは、かつて自分が奉公し、そして生まれ育ったヴァルグレイ伯爵家の王都の屋敷の前に立っていた。


母が病に倒れたという知らせを受け、レノに無理を言って外出許可をもらったのだ。


(大丈夫。私はもう、あの人の所有物じゃない。第9の副官だ)


自分に言い聞かせ、門をくぐる。 使用人通用口で待っていたのは、やつれた姿の母だった。


「ミラ……! よかった、生きていたのね」


「お母さん……」


再会を喜び合う二人。しかし、その時間は長く続かなかった。 コツ、コツ、と革靴の音が廊下に響く。


現れたのは、軍服を着た初老の男。第2大隊長であり、この屋敷の主であるヴァルグレイ伯爵だ。


「ネズミが入り込んだかと思えば……脱走兵が何の用だ」


「……脱走兵ではありません。正式な転属手続きを経て、現在は第9大隊に――」


「黙れ」


伯爵の平手打ちが、ミラの頬を打った。 ミラはよろめくが、反撃はできない。幼い頃から刷り込まれた恐怖が、身体を縛り付ける。


「貴様には莫大な訓練費をかけたんだ。それをドブ川のような部隊に行きおって。……母共々、屋敷から叩き出してやる。野垂れ死ぬがいい」


「旦那様……!」


母が泣いてすがる。ミラは唇を噛み締め、拳を握りしめることしかできない。


その時。


開け放たれた扉から、場違いにも手には果物カゴ(見舞い品)を持った男ーーレノが入ってきた。


「貴様……第9の小僧か。不法侵入だぞ」


「いやいや、副官が忘れ物をしたというので届けに来まして。ところで伯爵、今、彼女を叩きましたね?」


レノの目が、笑ったまま据わっている。


「ミラ副官は現在、軍務に就いている王国の将校扱いです。正当な理由なき暴行は『軍法会議』モノですよ? それとも、第2大隊は軍規よりも貴族の私情を優先する、無法者の集まりですか?」


「なッ……、こいつは私の家のメイドの子で……!」


「出自など関係ない。彼女は今、僕の部下だ。」


「……ふん、薄汚い獣人などくれてやる! あぁそうだ、セキフ平原に行くそうだな。……せいぜい、エルフの餌になってくるがいいさ」


伯爵は捨て台詞を吐いて去っていった。 レノはふぅ、と息を吐き、ミラに向き直る。


「行こう、ミラ。お母さんの治療は、ウチのラナに任せるといい。闇医者だけど腕は確かだから。非戦闘員枠で登録しておけば、うちの大隊が出立したあとも、郊外の軍病院で治療が受けられるはずだ。」


「……部隊長。ありがとうございます……」


「礼には及ばないよ。君が仕事に集中できないと、僕の書類仕事が増えるからね」


レノはぶっきらぼうに言い、歩き出す。 ミラは母の手を引き、その小さな背中を追いかけた。


この人の下でなら、私は「兵器」ではなく「人」として戦える。そう確信しながら。


そうして、各々が王都での短い滞在を思い思いに過ごしたのであった。

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