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12話 梟の死神

マホガニーの家具と紫煙が漂う、選ばれし者たちの社交場。


会場を後にしようとした二人を引き留め、奥の豪華絢爛なサロンへと招いたものがいた。

そこでは一層ボロボロの軍服を着たレノとミラが場違いな異質のものとして存在していた。


「……やっぱり帰りたい。布団が僕を呼んでいる」


「我慢してください、大隊長。さっきまで格好良かったのに…。お呼びいただいたのは同じく第1大隊の序列2位、スメラギ様です。」


サロンの奥で、優雅にクリスタルチェスを指している男がいた。


『雷鳴の覇者』スメラギ=ルキフェル。 妖艶な美貌と、猛禽類のような鋭い眼光を持つ男だ。


「来たか、"死神"。……待っていたぞ」


スメラギが手元の駒をパチンと倒し、ゆっくりと振り返る。


「先の遊撃戦、見事だったと聞く。味方を囮にし、敵の指揮官を逃すことで自軍損耗をゼロに抑えたとか。……実に『美しくない』」


「お褒めに預かり光栄です。では、これにて失礼を……」


「待て。座れ」


スメラギが顎で前の席をしゃくる。 テーブルには、巨大な戦略シミュレーションボード『戦場の譜クリークス』が置かれていた。


レイカとレンジが圧倒的な力を感じさせたのに対し、スメラギは威厳により空間を支配しているかのようだった。


「死神の噂、嘘か真実か、この盤上で証明してみせろ。余興だ」


『戦場のクリークス』は約400ページにもわたるルールブックがあるが、それを読み込むものは殆どいない。しかし、それだけ緻密に実際の戦闘を再現しており、多種多様な戦略を取ることができるシミュレーションボードで、軍事学校や将校の間で人気を博しているゲームでもある。


「余興ですか……。賭けをしましょう。僕が勝ったら、第9大隊に新品の毛布と、まともな食料を補給してくださいませんか」


周囲の貴族たちが失笑する。「乞食が」「身の程知らずな」という囁き。 しかしスメラギは口角を上げた。


「いいだろう。だが私が勝てば、貴様、私の下につけ。私の部下として使い潰してやる」


「なっ」


おそらくこの場で発言が許されていないミラが思わず声をあげるが、レノが優しく肩をたたいた。


「釣り合っていないので、先ほどの会場にあったローストビーフももらって帰っていいですか。隊員が喜ぶので。」


「些事だ、構わん。」


ゲーム開始。 盤面は「平原と河川」。兵力は互角。


「右翼前進」


スメラギの手は鮮やかだった。 騎兵を側面から突破させつつ、魔法部隊で盤面を制圧する。教科書通りの、しかし完璧なタイミングの「王道」。 観衆からは感嘆の声が上がる。


対するレノの手は、不可解極まりなかった。


「歩兵、全軍後退。……橋を落とし、村民を退避させて村を焼きます」


観衆から声があがった。


「なっ!? 戦う前から自国の領地を焼いたぞ!?」


レノは一度も交戦することなく、ひたすら逃げ回る。


川をせき止め、泥沼を作り、自分の陣地を更地にしていく。


「……逃げ足だけは速いな。だが、盤の端まで追い詰めれば終わりだ」


ターンが進むごとに、レノの青い駒はマップの隅、湿地帯エリアへと追い込まれていく。 スメラギの赤い軍勢が、それを半月状に包囲した。


「大詰めだ、死神。所詮は小細工、圧倒的な『力』の前には無力」


スメラギが勝利を確信し、最後の突撃命令のカードを切ろうとした時。


「……ルールブックの148ページ」


レノが気だるげに呟いた。


「……何?」


「『季節』の設定。今は初夏、そしてこの湿地帯。……そろそろ『アレ』が発生する頃ですよ」


レノが指先で、スメラギの主力が密集しているエリアをトントンと叩いた。


スメラギ 「アレだと……?」


スメラギが眉をひそめた瞬間、審判役の魔導士ゲームマスターが青ざめた顔で声を上げた。


審判 「は、判定! サイコロが偶数を出したため、赤軍に『疫病』発生! さらに『補給線断絶』による士気崩壊を確認!その被害は…ええと…えっ、あー」


会場がざわめく。 レノが序盤に焼いた村、せき止めた川。それは敵の進軍を阻むためではなく、「疫病の発生源を作る」ための工作だった。


そして、スメラギが大軍を密集させたその場所こそ、最も感染リスクが高い「培養地」となっていたのだ。


「いくつだ」

「えー部隊の4割が戦闘不能、士気も3割まで低下し、戦闘などのコマンドは受け付けません…」


「大軍は強い。でも、飯も食うし病気もする。補給路である橋は僕が最初に落としました。……今の貴方の軍は、腹を空かせて泥水を飲み、熱病で動けない」


レノが指一本で、自分の歩兵駒を一つだけ前に進める。


「ここからは私の番です」


盤上の赤軍(スメラギ軍)の駒が、次々と倒されていく。

戦闘による死傷ではない。「病死」と「餓死」判定による自滅だ。 スメラギの手元には、最強の騎兵カードがあるが、それを使うための「維持コスト」が払えない。


「……なるほど。疫病の効果は現存部隊へのだけではない。治療コストとして毎ターン魔力リソースを奪い続けるのか。 私が騎兵を出せば、あっという間に国庫は破綻する。見事だな。」


レノは直接戦うことなく、退路を冷静に絶っていく。


「……くっ、くくっ」


静まり返るサロンで、スメラギが肩を震わせ、そして高らかに笑い出した。


「はははは! 酷い、実に酷い! 騎士道も美学もない、泥と汚物まみれの勝利か!」


スメラギは自身の「キング」の駒を掴むと、自らパシリと横倒しにした。 投了の合図だ。



「負けだ。私の完敗だ」


観衆から 「そ、そんな馬鹿な! あんな卑怯な手が……!」との声が上がる。

貴族たちが騒ぎ立てるが、スメラギは冷ややかな一瞥でそれを黙らせた。


「戦場に卑怯も何もあるか。貴様らは『試合』を見ていたつもりだろうが、私は『戦争』をしていたのだ。流石だな、軍人学校時代にあらゆる戦術・戦略シミュレーションで無敗を誇り、その敵軍死傷率の高さからついたあだ名が『死神レノ』。噂は本当だったか」


スメラギは立ち上がり、レノの目の前に立つ。 その瞳には、侮蔑ではなく、強烈な執着の炎が宿っていた。


「死神レノ…本名はなんだっかな?」


「ただのレノです。獣人族なので、苗字はありませんし、レノは略称でもありません」


「そうか。貴様は私の美学とは対極にいる。だが……嫌いではない。噂には聞いていたが、貴様が獣人族として生きることを選んだのが惜しいな。」


スメラギは懐から上質な葉巻を取り出し、レノの胸ポケットにねじ込んだ。


「約束の物資は倍にして送ってやる。……生き延びろよ、死神。貴様の首を狩るのは、敵ではなくこの私かもしれないがな」


「あれ、もう終わったのかい?見逃しちゃったな…どうだい、もう一勝負…」と誠実さを感じさせる顔立ちの男ーー同じく第1大隊にて「零点下の貴公子」と呼ばれるタケル=グレンフィールが現れたが、レノは固辞すると尻尾を巻くように帰路につく。


タケルの横を通りすぎるその一瞬、猛烈な寒気がした。(本当に第1は化け物揃いだな…)とレノが心の中でつぶやいた。


そうして夜風に吹かれながら、兵舎へと戻るレノとミラ。 レノはひどく疲れた顔をしている。


「……すごいです、大隊長。『雷鳴の覇者』に勝つなんて」


ミラが興奮気味に言うが、レノはため息をついた。


「実戦だったら負けていたよ、ミラ。あれは……


あの人は、ゲームだから笑って許した。でも、本物の戦場なら、あの策ごと盤面を物理的に吹き飛ばしていただろうね。レイカとレンジもそうだったけど、スメラギもタケルも、第1大隊は圧倒的すぎる個だ。


例え部隊が壊滅しても、一人いれば戦術を覆せるレベルだ。5人でも、普通の大隊よりも高い戦力を有している。」


レノは自分の震える指先を見つめる。


「大隊長?」


「…ま、とりあえずは毛布ゲットだ! 今日は枕を高くして寝よう」


そうして握りなおした手ぬぐいには山盛りのローストビーフが包まれていた。


==

レノとミラが退出し、衝撃的な敗北を前にして何を話題にすればよいか定まらず、静まり返っていた頃だった。 サロンの扉が、音もなく開かれた。


「素晴らしい対局だったね。感動したよ」


その声が響いた瞬間、サロンの空気が一変した。


先程までレノを嘲笑り貶していた貴族たちが、弾かれたように椅子から立ち上がり、床に膝をつく。 スメラギでさえも、背筋を正し、深く頭を垂れた。


現れたのは、黄金の髪に、青空を溶かしたような瞳を持つ青年。 『勇者』ヤマト=ライオス。 彼の背後には、まるで後光のような淡い魔力光が漂っている。


「スメラギ、君がそこまで楽しそうな顔をするのは久しぶりだ。そして……彼が軍事学校を歴代トップの成績で卒業した獣人、第9大隊のレノ隊長だったかな?明日会うのが楽しみだね」


知略だけでは覆せない壁。 その壁の最たるもの――第1大隊長の序列1位「勇者」と死神の邂逅が、すぐそこまで迫っていた。

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