出会いと塒(ねぐら)
少女は森の中を彷徨った。
初めて目にする世界で、突然のサバイバルを強いられた。
辛うじて家で食していた木の実と同じ物を見付けては食した。
少女は家が恋しかった。狭いながらも両親から愛情を注がれていた。
閉ざされた世界、それが無性に恋しかった。
しかし母の様子を思い出すと、戻る事は出来なかった。
本能的に、もう戻ってはいけないのだと察していたのだ。
夜は獣の声に怯え、雨露を避けるために木の洞で体を休めた。
そうして数日を乗り切り、森を抜け、ゴツゴツとした山の麓に辿り着いた。
少女の足はもつれ、フラフラと右へ左へと体が揺れる。
ドサッ。
少女は地面に倒れた。
「ハァ……ハァ……」
呼吸は乱れ、顔は紅潮し発熱が彼女を襲う。
限界だった。見ず知らずの世界へ放り込まれ、生き残れるほど現実は甘くない。
少女は薄れゆく意識の中で両親の面影を追い、やがて意識を失った。
ゴォォォォ!!バサリ。
空から飛翔し地に降り立ち、少女を見下ろすものが居た。
虹色に光る鱗。少女の何十倍はあろうか、その体躯。
「グルルルルル……」
喉を鳴らした。ドラゴンである。
太古より生きてきたエンシェントドラゴンであった。
ドラゴンは手を少女に翳すと
「すぅ……すぅ……」
少女の息は落ち着いた。
ドラゴンは少女を器用に咥え空へと飛び立った。
山頂の天辺には結界が張ってあり、その結界をすり抜け巣に降り立った。
少女を藁の巣に優しく寝かせ、少女を囲むように
体温が伝わる腹部で包み込むよう横たわり
ドラゴンもまた深い眠りについた。
翌日ドラゴンは体をぺたぺたと触られる感覚で目覚めた。
少女はすっかり元気を取り戻していた。
ドラゴンは首をぐるりと回すと、人語で話しかけた。
「お前は私が怖くはないのか?」
少女はキョトンとしつつ今度はドラゴンの顔をぺたぺたと触りだす。
エンシェントドラゴンには相手の目を深く見つめる事で
様々な情報をスキャンする事が出来る。
そしてドラゴンは少女の生い立ち状況等すべてを把握した。
その瞬間少女は捕食対象から保護対象へと変わった。
『今日から、そなたの名前はノエリアだ。私の名前はリムロス。』
『ノエ…リア…?』
上位古代語での会話の方が向いているだろうと予想した
ドラゴンの判断は正しかった。
人には難解な発音だが、少女は直ぐにオウム返しが出来た。
そうして、穏やかな二年の月日がたった。
ある日、リムロスの張っている結界に何者かが入り込んだのを感知した。
『ノエリア、キラキラのお部屋に入っていなさい。』
『良いの?!』ノエリアは瞳をキラキラさせながら言った。
そのまま小走りに、リムロスの巣の後方にある隠し部屋へと入っていった。
リムロスの巣がある火山ダンジョンは、冒険者を拒む砦の役割をしていた。
今、侵入者がこちらへ向かっているのが、各結界通過で認知できていた。
「さぁ!行くぜ!」扉の向こうで声がする。
ギィ……と扉が開き、冒険者と思われる一団が入ってきた。
「虹色のドラゴンじゃん!強そうだけど見掛け倒しって事は無いよな?」
剣を構えた男が言った。
「其方たちは私と戦いにきたのか?」リムロスは言った。
「いいや違うね。お前を殺して名声と宝を頂くんだよ!」
剣を構えた男は下卑た笑みを浮かべる。
「何ともくだらない理由だな。」リムロスは答える。
「ほざけ!」剣士が飛び掛かると同時に後方の支援からバフがかかる。
パキィン!!
男の剣戟は剣が折れるという結果に終わった。
「マジかよ!どんだけ硬いんだよ!」
「今すぐ撤退し、無駄な冒険者の欲を悔い改めるならば見逃してもよい。」
リムロスが答える。
「まぁ、これならどうかな?」
男はリムロスの提案を無視しもう一振りの剣を抜いた。
「ウラァッ!!」
そう言ってリムロスに飛び掛かり、切りつけた。
虹色の鱗が数枚削り落とされる。
「なるほど。ドラゴンキラーか。」
「ご名答~♪覚悟しなよ!」リムロスの推察に冒険者の男が答える。
リムロスはゆっくりと息を吸い込み始めた。
「ブレスが来るぞ!神官!ブレス軽減の呪文を!」
そういうと神官の発したブレス軽減の霧が冒険者たちを纏う。
「さぁ!こい!」剣を構えたまま男は笑みを浮かべる。
緩やかにブレスは吐き出された。
音はほとんどなく、ただ静かに、確実に。
ブレスを浴びた一行は異変に気付く。奇妙な寒気と倦怠感に眉をひそめる。
「……なんだ、このブレスは……?」
冒険者パーティーは別種ドラゴン討伐の経験はあっても
エンシェントドラゴンとの戦闘は未経験だった。
次の瞬間、声も出せぬまま、膝から崩れ落ちる。
「……なんだ……これは……」
「知らなかったようだな。これはソウルドレインブレスという。
通常のブレス対策ではなく、別の対策が必要だったな。」
「……そんなの……ありかよ……」
斬りかかってきた男を含めパーティーは息絶え床に崩れ落ちた。
『さぁノエリア出てきなさい。いつもの様に冒険者から
色々なキラキラを集めて、キラキラ部屋へ持って行って?』
『わーい!ノエリア!キラキラ集めるー!』
そう言うとノエリアは冒険者の持ち物からキラキラを集め部屋へと運んだ。
ノエリアは死を理解しない。ただキラキラが増えると嬉しいだけだった。
キラキラが好きなのだ綺麗で素敵で心がウキウキするのだ。
『ねぇねぇリムロス!もっと見ててもいい?』
『ノエリアが楽しいなら好きなだけキラキラを見ていてもいいですよ。』
『わーい♪』そうして少女は何時もの様にキラキラを気が済むまで堪能した。
人間の冒険者は欲深い。名声と財宝を求め、ここを訪れる。
リムロスは平穏に生きていたし、平穏に生きていたかった。
稀に家畜を拝借する事はあっても、敵意のない人に危害を加える事は無かった。
リムロスの人型生物、殊に人間嫌いはここに由来している。
が、今は心を許せるかけがいのない娘が出来た。
孤独の何千年に比べ、リムロスは今とても幸せだった。




