別離は突然に
とある山間の名もない村に幼い少女がいた。
ショートボブにシルバーブロンドヘアの愛らしい見た目
ただ、その少女には変わった点があった。獣耳と人型の耳を持ち、尻尾があった。
人は彼らのような者たちをハーフワーウルフと呼んだ。
ワーウルフとは普段は人型でいるが満月の夜、それを見る事で
二足歩行をする狼男の獣人へと変貌する。
人間と交わり、子を宿した時生まれるのがハーフワーウルフである。
ハーフワーウルフは満月の夜に変身する事は無いものの
常時毛の生えた狼耳を携え尻尾もあった。
性格には個体差があり人間の遺伝子が強く出る気の弱い者から
ワーウルフの遺伝子の強い極めて狂暴な者もいた。
話を戻そう、その少女の父はワーウルフで母は人間であった。
幼い少女はまだ言葉も理解できず、物心もついていなかった。
ワーウルフは気性が激しく度々人に危害を加える事件が起こっていた。
が、その少女の父親は満月の夜には決して外に出ず、人として生きていた。
その秘密を知るものは妻のみ。
幼い少女は、ずっと自宅の中で過ごしていた。
何故ならば外へ出たなら村人にハーフワーウルフである事がわかってしまうからだ。
少女はひっそり自宅の狭い世界こそが彼女の全てであった。
父は勤勉であった、畑を耕し懸命に働いた。
村人が困っていることがあれば率先して手を貸した。
とても評判の良い男であった。
一方母親は常に家の中にこもっていた。
最愛の娘の正体が村人にばれてしまったならば大騒ぎになる事は必須。
娘をかくまう為、家に尋ねてきた村人の目に娘が目につかないよう
細心の注意を払って生きていた。
家族との交流がない事もあるが
人と違い、ハーフワーウルフは人語の習得を本能的に苦手とする。
だからこそ4歳になる少女は言葉を話すことができなかった。
自我もまだ形成されていないが、父と母に愛情をたっぷり注がれ生きていた。
ある時、国ベースでワーウルフによる被害が多発した。
事の重大さに王国騎士団が動き出した。
そして名もなき小さな村にも、王国騎士団の一隊が訪れた。
村人たちは集められ部隊長の言葉に耳を傾けた。
「今この国ではワーウルフによる人的被害が出ている!
我々は君達を護るためにやってきた!
だが、先ず、獅子身中の虫が居ないか調べる必要がある!
今宵は満月、皆広場に集合せよ!
この村にワーウルフが潜んでいたら速やかに駆除を行う!
それでは夜まで皆のもの解散!」
そう言うと部隊長は村長宅へと入っていった。
男の額からは汗が滝のように流れていた。
こんな日が来るのではないかと思っていた。覚悟もあった。
が、それが今日この日突然やってくるとは夢にも思っていなかった。
恐らく周囲からはぎこちなく映ったであろうが、男は落ち着きを装い注意を払いながら
帰途へ着いた。
男は家のドアを開けるが、いつも口にする「ただいま!」の言葉が
喉に詰まって出てこない。
娘におやつを与えていた妻がいつもと違う夫の様子に駆け寄る。
男は小声で妻にひとしきり話をすると2人はうなだれ、妻はすすり泣きだした。
男は小窓から外の様子を見ると夕日の中、王国部隊が周囲を警邏している。
逃げる隙はないようだ。男は覚悟を決めた。
日が沈み、満月が顔を出す。男は外へ出た。
見る見るうちに体毛が毛皮の様になり身長は二倍になる。
十数年ぶりの変身だ。しかし男の本能は波のない海の様に穏やかであり
一つの目標の為だけに動いていた。
男はわざと騎士に見つかるよう高らかに叫んだ
「ワオオオオオオォォォォォォ!!!!!」
騎士たちは突然のワーウルフ襲来に怯んだが
すぐさま抜刀し襲い掛かった。
瞬く間に囲まれたワーウルフは襲い掛かる剣を悉く爪で弾いた。
「くそっ!こいつ強いな!」
騎士団の部隊はざわつきながらも攻撃を続けた。
元々のフィジカルに加え十数年の畑仕事の鍛錬にクリアな頭脳
騎士を十数人相手にしても、それらの相手をするのは造作もない。
その中、男の家の扉が開き二人が森へと駆けだす事に気づいた者はいなかった。
戦いは一時間に及んだ。
「グルゥゥゥ……」
流石にワーウルフに疲労が滲み始める。
「行けるぞ!押せ!畳みかけろ!」
騎士たちの怒号が飛び交う。
ガギィン!ガッ!ギィン!
初めは軽快に剣を弾いていたが、それは徐々に鈍くなり
既にギリギリの所で反応をしていた。
ザグッ!
その時は訪れた。ワーウルフの二の腕に騎士の剣が突き刺さる。
その瞬間騎士たちは歓声を上げた。
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
その一撃を皮切りにワーウルフは次々と騎士達にその体を切り刻まれていった。
薄れゆく意識の中で、妻との約束が浮かぶ。
『私と一緒になる限り絶対に人に危害を加えない事。約束できる?』
『もちろんだよ。そもそも僕は人間が好きだから、そんな事はしないよ。』
ザグシュッ!!
最後の一突きがワーウルフの心臓を捕らえる。
『君との誓いは守ったよ……アイーシャ……あとは……頼んだよ……』
ワーウルフはその死と共に、元の男の姿へと戻っていった。
村人たちは驚き、声をそろえ言った。
「フィデリス?!」
そうその男の名はフィデリスという名であった。
騎士団部隊長が村人たちに問う。
「この男の家族は!」
皆気まずそうにする中、村人の一人が答える。
「へぇ、クスティナという嫁が一人…」
言い終わるや否や
「今すぐ家へ案内せい!」
村長は驚きと共に嫌な予感の入り混じった面持ちで
家へと案内した。
「家探しせい!」
「はっ!」
そういうと部下の騎士たちが家中を捜索した。
「隊長!誰もいません!」
「逃げたか……女の足だ!そう遠くへは行っておらん!追え!」
「はっ!!」
騎士たちは方々へと散らばり、捜索を始めた。
一方その頃……
「はぁ……はぁ……。」
ハーフワーウルフのオオカミ少女を背負ったクスティナは森の中
必死に遠くへ逃げようとしていた。
月明かりだけの森の中、後方にちらほら松明の光が見える。
暫くすると遠くから人声も聞こえてくる。
追手だ。
このままでは追いつかれるのは時間の問題だろう。
背負っていた子を降ろし
いつも穏やかなクスティナは森の奥を指さし怒鳴りつけるようにして言った。
「この森の奥へ逃げるのよ!」
しかし少女は母の言葉の意味が理解できない。
キョトンとした様子で母を見つめる。
クスティナは悲しい顔をし、泣きそうになった。
が心を切り替え彼女に似つかわしくない鬼のような形相で
少女を張り倒した。
「行きなさい!!」
母親の目には涙が浮かんでいた。
そうして叩きつけるように手を振り下ろされた娘も意味が解らなく
こんな怖い母親を見たのは初めてで
恐ろしくなって泣きながら森の奥へと走り去っていった。
母親は娘とは逆に村の方へと歩き出す。
そうして捕まったクスティナは王都へと連行されていった。
満月の夜、少女は意味も分からないまま森の奥へ泣きながら進んで行った……。




