側溝の中の兕
僕は兕と言うらしい。
なぜ生まれたかはわからない。 しかし気づけば何年もこの側溝に居る。 恐ろしい、湿っぽく、臭い。 光の射さないこの場所は、僕のすべてだ。それが僕自身だとは、誰も知らないだろう。
数年前、僕はまだ人間だった。転職を繰り返し、当時は鉄工所でアルバイトをしながら、なんとか生き延びていた。いつか、夜遅くに帰ろうと五番町の小さな道を歩いていた。路地裏はどこも薄暗く、足元さえおぼつかない道。目に見えてきた古びた祠が、通り道邪魔だった。めんどくさいな、と思いながら、近くに転がっていたブロック塀を押し倒して、祠をふさいで立ち止まった。
…が、それがすべての始まりだった。
その夜、寝苦しさで目が覚めた。
身体がおかしい、寝返りが打てない。 ワキが…痛い。 暗闇の中で僕は手を伸ばし、周囲を探る。臭う空気、そして床を流れる冷たい水。 まさか――側溝の中?
必死で体をよじり、上を向いて覗きこむと、ぼんやりとした月明かりが差し込んでいる。 その瞬間、僕の目の前に「もう一人の僕」が立っていた。ヤツは冷ややかに、
そして不敵な微笑みを浮かべていた。
「くっくっくっ…私を知っていますか?」
「誰だ…お前は?」
「私?私はお前だよ。そしてお前は、禁忌を犯した罰を受けている最中さ」
訳が分からなかった。彼は続けた。
「君は帰宅途中にブロック塀を倒して祠をふさいだだろう。あれは『一兆神社』の朧神様を祀る祠だ。その不敬が朧神様の怒りを買った。だからこうして側溝の中で」神罰を受けているんだよ」
「神罰…?」
「そうだ。そしてこの罰から逃れるには、五体の御神の試練を乗り越えなければいけない。靴神、足神、亀神、玉神、鰹神。それぞれの課題をクリアしろ」
最初に現れたのは靴神だった。側溝に靴置いて足が落ちてきたかと思うと、どこからともなく低い声が響いていた。
「私の課題をクリアするには、あなたの『一番大切なもの』を差し出しなさい」
一番大切なもの?僕は何を持っているのか。
「お前のプリウスいわゆる魂だ。それを捨てて、側溝の中を四つん這いで這いずり回れ。それが課題だ」
僕は泥まみれになりながら側溝を這いずり回った。
足の試練は「道なき道を歩く」というものだった。 側溝の中には鋭利な石や壊れたガラスが広がっている。僕は歩いた…
さいたままで歩き続けた。
亀の課題は持久力を試すものだった。甲羅を背負って、側溝を無限に歩けと言う
悟空やクリリンがやっていたアレ…。
玉の試練は最も限界を越えるものだった。僕の「存在意味」を問いかけてくる。君はなぜ生まれたのか、
「私を知っていますか?」と、ただ玉神は
わたしを見つめ問いかけ続けた…。
半年を過ぎた頃ようやく許され次に
進みました。
最後に待っていたのは鰹神だった。側溝に水が流れ込む中に、鰹の形をした映像が僕に問いました。
「お前が何度も問う理由はわかった。でもブロックする理由は?」
僕は答えられなかった。ただ静かに頭を下げ、祈るような気持ちで待ち続けた。その時、鰹神が静かに言った。
「それでいい。それはあなたの憧れだ」
全ての試練を乗り越えた僕は、禿げ鷲の頭を持つ両生類――朧神様の使いにより、人間の姿に戻された。
「もうこれに懲りて不敬すんな」
「次は兕エンドやど」
そう宣言された、僕は現実に戻された。
今でも五番町の側溝を通るたびに恐怖する。
祠の跡地に無惨に魂を抜かれたプリウス…。
それが唯一の償いだと思っている。
僕の胸には魂を抜かれた跡が残っている。
試練と神々の恐ろしさを忘れないようにしています。
兕end